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2018年08月30日

サマーキャンプ

日本在住ベトナム人協会サマーキャンプ2018

 先日、日本在住ベトナム人協会主催のサマーキャンプに参加してきました。今年のキャンプにはテレサ・チャン・キウ・ゴック氏とナンシー・ハン・ヴィ・グエン氏が特別ゲストとして参加し、日本に住む大勢の若いベトナム人たちと議論会をおこないました。一番槍の姉妹ブログ[ベトナムウゥッチ]に、その討論の要約を日本語で記してあります。私はこのお二方とお話しする事が出来てとても光栄です。彼女たちが持つ祖国ベトナムと国民への愛情、思いやりは、必ずや善良な人々の心に届くものと信じています。

またキャンプではリクリエーションとして、口にくわえたスプーン同士でビー玉を渡してリレーし、かつ水鉄砲で紙の的を破くという、けっこう難易度の高い競争をしました。


実は私はナンシーさんと同じチームだったので、ずっとナンシーさんにビー玉を渡す役でした。まさかあんな有名人とこんなに顔面近付けて遊ぶことになるとはね。けっこう本気で照れちゃいました(笑) 下の写真のピンク色の服着ているのがナンシーさんで、黒いのが私。

 

バーベキューでは日本各地に住んでいる、初めてお会いする方々ともお話しする事ができて良かったです。


キャンプファイヤーでは皆で輪になって踊りました。


この時私は酒が入っていたので、ボビナム(ベトナム格闘技)やってる友達に酔拳で戦いを挑み、何度も投げ飛ばされたので服が泥だらけになりました。また来年も参加したいと思います。



ニュース:ヴェト・ルォン少将、在日米陸軍司令官に就任

 当ブログでは旧ベトナム共和国出身のベトナム系アメリカ軍人ヴェト・ルォン(ベトナム名 ルゥン・スァン・ヴェト)少将が2014年に、アメリカ陸軍第1騎兵師団副師団長に就任した事をお伝えしましたが、この度ルォン少将は在日米陸軍(USARJ)司令官に任命され、2018年8月28日に神奈川県のキャンプ座間米陸軍基地にて司令官交代式が執り行われました。ベトナム系初の米軍将官であるがルォン少将が、北朝鮮とも近い≪実戦的な≫在日米軍の陸軍司令官に任命されたニュースは、世界のベトナム移民系メディアで大きく取り上げられています。


動画: U.S. Army in Japan / Facebook


過去記事にも載せていますが、改めてルォン少将の経歴を記します。

ヴェト・ルォン氏は1965年、ベトナム共和国ビエンホア生まれ。
彼の父はベトナム共和国海兵隊(TQLC)第6海兵大隊『聖鳥』大隊本部所属のルン・スァン・デュウン少佐で、1972年の"クアンチの戦い"ではベトナム戦争で最大の対戦車戦闘を指揮し、多大な戦果を挙げた人物でした。

ン・スァン・デュウン ベトナム海兵隊少佐

デュウン少佐と子供達(左端がヴェト・ルォン)

しかし1975年、敗戦に伴いルン一家はサイゴンからの脱出を余儀なくされ、政治難民としてアメリカに移住します。この時、ヴェト・ルォンは9歳でした。
カリフォルニア州マウンテンビューで成長したルォン氏は、父の影響で軍人を志し、勉学に勤しみます。
そして南カリフォルニア大学(USC)で生物学の学士号を取得後、同大学院で軍事科学の修士号を取得。1987年、アメリカ陸軍歩兵中尉に任官しました。

【ルォン少将の軍歴】

第8歩兵連隊第1大隊/小銃小隊長・対戦車小隊長・副中隊長・大隊管理将校 〔コロラド州フォート・カーソン〕
第82空挺師団第325空挺歩兵連隊第2大隊/大隊S-3(作戦参謀)補佐・A中隊長 〔ノースカロライナ州フォート・ブラッグ〕
Theater Quick即応部隊/指揮官 〔ハイチ〕
JATC(統合即応訓練センター)/総監部員 〔ルイジアナ州フォート・ポーク〕
陸軍指揮幕僚大学/参謀教育受講 〔カンザス州レブンワース〕
SETAF (南欧タスクフォース)/SETAF G-3(作戦参謀)主任参謀 〔イタリア ヴェニツィア〕
第173空挺旅団第508空挺歩兵連隊第1大隊/副大隊長 〔コソボおよびボスニア・ヘルツェゴビナ〕
JTF North (北部統合タスクフォース)/計画参謀・国土安全保障省訓練開発部門主任 〔テキサス州フォート・ブリス〕
第82空挺師団第3旅団戦闘団第505空挺歩兵連隊第2大隊/大隊長 〔イラク〕
第101空挺師団第3旅団戦闘団第187歩兵連隊/連隊長 〔アフガニスタン〕
スタンフォード大学/国家安全保障研究員 〔カリフォルニア州スタンフォード〕
統合参謀本部J5(戦略計画・政策)パキスタン・アフガニスタン調整部/副部長 〔ワシントンDC〕
第1騎兵師団/副師団長 〔テキサス州フォート・フッド〕
在日米陸軍/司令官(現職) 〔日本キャンプ座間〕




  


2018年07月12日

鉄砲撃ちの動画

もう1年半以上経っちゃいましたが、2016年12月にアメリカで銃をいろいろ撃たせてもらった時の動画をまだいくつか載せていなかった事に気付いたので、突然ですがまとめて公開。


「え、これで44マグナム?」ってくらい、ド素人の僕でも全然平気で撃てちゃいました。
デザートイーグルって、本来リボルバーで撃ったらすごいストレス感じるであろう強力な弾を、こうやって気持ちよく撃って遊ぶためのピストルなんですね。




撃った弾数と、装填不良で地面に捨てた新品の弾の数が同じくらい。装填不良って事は、弾頭の形が合わなかったのかな?




バレットのマガジンは地味に入れづらい事が判明。弾を一杯まで入れると奥に入らないし、マガジンのロックもけっこう奥にあるので、結局銃を立てないとちゃんと入りませんでした。
これが戦場だったら大変ですね。何か上手く入れるコツがあるのだろうか・・・



友達がカッコ良く編集してくれた動画。撃つたびにお尻の肉がプルプルします。



うはは、Youtubeっぽい(笑)
この人たちにとって5.56mm弾はBB弾と同じ感覚らしい。
ちなみにこのLMT製AR-15は、ちゃんとした手続きを経てフルートに改造されたものです。


以下、過去に公開しているけど、再度掲載。


ガンマニアのTさんの自宅の庭で的撃ち。射手は主にFPSで腕を磨いたフォン君。



銃本体の値段に加えて手続きの手数料とかで所有までに数十万円はかかるであろう軍用(フルオート仕様)のM4A1が、ボルトとチャンバーが同時に変形する深刻なジャムによりお陀仏になる貴重な瞬間。
なにも僕が撃ってる時に起こらなくても…。僕のせいではないとは言え、借り物だから気まずくなったよ。



これも友達が編集してくれたやつ。音はケータイのカメラではまともに録音できないので、あとからSE加えてます。


実はこの射撃会に招待してくれたTさんとはその後喧嘩分かれしてしまったので、今後アメリカに行っても、こういう機会はもう無いと思います。
アメリカの白人ガンマニアのほとんどはトランプ大好き黒人嫌いの右派なのは承知してたけど、それとは関係無い話でもいちいち人種の話を持ち出してくるんだよね・・・。(でも自分の彼女はアジア系だから自分はレイシストではないと思っている)
直接顔を合わせて話している分には良い人なんだけど、ネット経由だと、やはりお互いの嫌な部分が見えて来てしまいました。
僕が日本国内でSNSをやらないのは、こういう経験を嫌というほどしてきたからだったりします。
  


2018年04月12日

4月前半まとめ

今月に入ってから立て続けに色々な事があってブログ執筆が追いつかない状況なので、手短に書きます。


美作市ホーチミン像問題

 昨年11月に岡山県美作市が同市の作東文化芸術センターに『ホーチミン空間』なる展示スペースを設けた事で、世界中のベトナム難民団体から非難が殺到している事をお伝えしてきましたが、ついに日本在住ベトナム人協会および在ドイツ、在カナダのベトナム難民団体代表者で構成された代表団が4月6日、美作市を訪れました。
 代表団は現地で抗議活動を行うと共に、市役所で市長の萩原氏と面談し、展示の撤去を求める請願書を8,000名超えの署名と共に正式に提出しました。
 また、私も支援者の一人としてこの代表団に同行し、抗議および市長との面談に同席させて頂きました。詳細は私の別ブログ ベトナムウォッチに掲載してありますので、是非ご一読ください。

ベトナムウォッチ: 美作市ホーチミン像に世界のベトナム難民団体が抗議



テレサ先生ご一行の日本ツアー

 お花見のあと、オーストラリアから来日したテレサ・チャン・キウ・ゴック先生の講演会に参加しました。講演については後日ベトナムウォッチの方で記事にまとめる予定です。→記事アップしました。ベトナムウォッチテレサ・チャン弁護士来日』
 その講演が終わった後、日本のベトナム人コミュニティ有志がテレサ先生らを歓迎する打ち上げを居酒屋で開いたので、僕も付いていきました。するとその席で、テレサ先生から直接、日本を観光したいのでもし時間があるなら案内してくれないかとオファーを頂いてしまいました。こんな有名人に誘われたら断れる訳がありません。喜んで!
 という事で、テレサ先生とその旦那様、オーストラリアおよびドイツ在住のテレサ先生の支援者の計4名に二日間同行し、富士山周辺および日光にご案内差し上げました。

忍野八海にて。美しいお方です。

得意げに案内していたところ、忍野八海の駐車場で、あろうことか車のバッテリーあがりを起こしてしまいました(泣)
ロードサービスが来るまで1時間待ちぼうけ。ごめんなさい・・・

 オーストラリアでテレサ先生の活動を支援しているテレーズさんから、ベトナム国旗柄のマフラーを頂きました。実はテレーズさんは48年前の1970年に、ベトナム共和国政府職員として市ヶ谷の防衛庁に研修に来たいたのだそうです。その時お花見で見た桜満開の風景は今でも鮮明に覚えているそうで、今回48年ぶりに再び日本で桜を楽しめたことを大変喜んでおられました。
 ちなみに、この写真をFacebookに載せたところ、以前から知り合いだったベトナム系オーストラリア人のおじさんが、「ええー!知ってる?その人私のママだよ!」と、親子で僕と知り合っていた事が判明しました。世界は狭いですね・・・(笑)



座間でホームパーティー

 美作市から帰った翌日、神奈川県のキャンプ座間に住んでる知り合いの家でホームパーティーがあるというので、またホイホイ付いて行っちゃいました。パーティーに付くと、既に座間に住んでいるベトナム系アメリカ軍人とそのご家族が3家族来ていて、子供たちとジュマンジを見ていました。

奥様方の手作りベトナム料理、男衆の焼いたバーベキュー、コストコの春巻きをお腹いっぱい頂きました。

 なお、この家のご主人とはこれまでベトナム人協会のイベントで何度かお話ししただけで、アメリカ陸軍に所属しているベトナム系アメリカ人という事しか知らなかったのですが、今回お仕事について聞いてみたらビックリ。なんと中佐さんでした。えー!そんなに偉かったの~!?顔がかなり若い感じの人なので、僕より少し年上くらいだと思ってら、本当は40半ばでした。
 なんでも以前は第1歩兵師団、第1騎兵師団所属の通信科将校としてしアフガニスタンに出征し、歩兵および機甲部隊の通信を担当していたそうです。でも軍でやりたい仕事はやり尽くしたので、日本駐留が終わったら早期退役して民間に再就職すると言っていました。
 とは言え、やっぱり陸軍が好きなんでしょうね。子供たちが外に遊びに行くと、リビングのテレビで、アフガニスタンやイラクで活動する米軍の映像を流し、みんなに見せようとしていました。でもみんな喋くってて見やしないので、ミリタリーマニアの僕だけが反応。でもその人の本業の通信の話は僕が聞いてもチンプンカンプンなので、M4カービンとかM240マシンガンとか、そういう分かり易い武器の話だけ聞かせてもらいました。
 そして気をよくした彼は、頼んでもいないのに何故かファイーベース・グロリア(邦題「地獄の軍団スクワッド」)のDVDを上映。図らずも、米軍基地の中でアメリカ人とベトナム人が殺し合う映像を見ながらベトナム系アメリカ軍人と酒を交わすというシュールな体験をする事となりました。



  


2018年04月05日

お花見

 現在、ベトナム出身オーストラリア在住著名な弁護士・人権活動家テレサ・チャン・キウ・ゴック(Teresa Trần Kiều Ngọc)先生が初来日し、東京・姫路・大阪の三都市を周って日本在住ベトナム人コミュニティに向けた講演会が開催されています。
 その東京講演に合わせ、いつも懇意にして頂いている関東在住のベトナム人グループから、講演が始まる夕方まで日中お花見をするけど一緒にどうかとお誘い頂いたので、僕も参加させて頂きました。


僕の家に大きなブルーシートがあったので、当日は朝から、幹事と僕の二名で場所取り。11時過ぎるまでビルの陰で日光が当たらず寒かったです。


昼頃になってようやく皆さん集まり、お花見を楽しみました。お花見という事で、普段コミュニティ活動には参加されないお子さんや年配のご家族も一緒です。


各自持ち寄った手作りベトナム料理とかお菓子を食べながら宴会。初めて会う人もいるので順番に自己紹介して盛り上がる。僕と初めて会う人はほぼ100%、僕の事を日本生まれのベトナム人だと勘違いするので、ベトナムとは全く無縁の出自と知り、皆さん驚かれます。


夕方から講演会があるので、お酒はほどほどに(?)


そして16時ごろまでお花見を楽しんだのち、講演会参加者は会場のニコラ・バレ修道院に移動。講演会については後日詳しく記事にします。
  


2018年03月22日

タイでもらったパッチ

先日のバンコクでの撮影会の際、タイの友人たちが記念にと、タイ軍関係のパッチをいろいろプレゼントしてくれたので紹介します。



タイ王国義勇連隊"クイーンズコブラ" (FWMFタイ陸軍部隊 1967~1968年)

ベトナム戦争期、ベトナムに展開した自由世界連合軍(FWMF)の中で、韓国軍・オーストラリア軍に次いで3番目(※2018年3月22日訂正: オーストラリア軍より多かったので正しくは2番目)の規模の地上戦闘部隊を擁していたのがタイ陸軍でした。このベトナム派遣タイ陸軍部隊、通称"クイーンズコブラ連隊"は1967年にベトナムに到着し、以後アメリカ陸軍第9歩兵師団の指揮下で作戦を遂行していきます。
このパッチはリプロですが、友人曰く、当時同パッチを製造していた徽章屋が当時と同じ素材・製法で制作した高品質な複製品だそうです。なのでよほどのタイ軍コレクターでないと、真贋の見分けはつかないくらいよく出来ているそうです。


タイ王国陸軍義勇軍"ブラックパンサー師団" (FWMFタイ陸軍部隊 1968~1972年)
クイーンズコブラ連隊の派遣から間もなく、タイ政府はベトナムへの戦闘部隊の増派を決定し、1968年1月に兵力約11,000名から成るタイ王国陸軍義勇軍(RTAVF)"ブラックパンサー師団"が編成されます。FWMFに加わったブラックパンサー師団は以後、ビエンホア省等においてサーチ&デストロイ作戦や、ベトナム市民への人道支援活動に従事していきます。なお派遣の翌年の1969年にアメリカがベトナムからの撤退を表明した事で、FWMFの各国軍も順次撤退を開始し、タイ軍ブラックパンサー師団は1972年に撤退完了、解散しました。※タイを含む同盟国の活動概要については、アメリカ陸軍省編のAllied Participation in Vietnam(1985)に詳しく乗ってますので、ご参照ください。
なお上のクイーンズコブラと異なり、こちらのパッチは一目で近年作られたリプロと分かる機械刺繍製です。


タイ陸軍帽章(フィールドキャップ用)
ベトナム戦争期から変わらず使われているタイ陸軍の帽章。現代製だけど、リプロと言うよりPX品。


タイ王国空軍 F-16戦闘機搭乗員
実物らしいです。裏はベルクロ


タイ王国空軍 第5航空団
第5航空団は輸送および観測を主任務とする割と地味な航空団みたいですが、調べてみると、実は過去に日本と因縁のある部隊だという事が分かりました。
太平洋戦争開戦前夜の1941年12月7日午後11時、日本政府はタイ王国政府に対し、タイ領内における日本軍の進駐・無制限通行権を要求します。日本軍の目的はマレーおよびビルマに駐屯するイギリス軍の撃退であり、その道程にあるタイ王国は問答無用で日本への服従を強いられました。これは事実上の最後通牒であり、タイ政府は日本の要求を受け入れて独立国としての尊厳を失うか、要求を拒否して日本との戦争に突入するか選択を迫られました。しかし日本軍の戦力は圧倒的であり、タイ側は対抗手段が無い事を認めざるを得ず、武力による恫喝に屈して日本の要求に渋々同意します。
そしてその数時間後の12月8日未明、真珠湾攻撃とほぼ同時刻に日本軍がタイ領内への侵攻を開始します。しかしこれに対し、戦いもせず外国の侵略に屈する事を良しとしない一部のタイ軍部隊は、中央の命令を無視して独断で日本軍の迎撃を開始します。
タイ中部のプラチュワップキーリーカン県では、タイ空軍第5航空師団(現・第5航空団)が中心となって、上陸した日本軍に対する大規模な反攻が開始されました。戦闘は翌9日まで続き、正午には第5航空師団のプラワー・チュンサーイ中佐が、備蓄燃料が日本軍の手に渡る事を防ぐため、自軍の燃料集積所を爆撃するに至ります。
しかし同日、タイ政府は改めて日本との休戦協定を締結すると共に、現場部隊に対し休戦命令の徹底を行い、33時間におよぶタイ軍の抵抗は終わりを迎えました。尊厳よりも国家の存続を優先する苦渋の決断によって降伏したタイ軍でしたが、このプラチュワップキーリーカンの戦いでは、タイ側の戦死者は42名、一方当初圧倒的優勢と思われていた日本側の戦死者は115名以上とされており、短期間ながらタイ軍の意地と愛国心を示した英雄的な戦いとして現地には記念碑が建立されています。そして現在、その戦いを主導した第5航空師団の後継である第5航空団の部隊章には、その栄光を称えプラチュワップキーリーカンの戦い記念碑の、軍旗を掲げる航空兵の像がデザインされています。

プラチュワップキーリーカンの戦い記念碑 (画像:  กรุงเทพธุรกิจ มีเดีย จำกัด)


彼らの内何人かは、今年中に日本に遊びに来るみたいだから、その時はたっぷりおもてなししてあげよ~っと!face02
  


2018年03月14日

鹽水蜂炮に再挑戦

順番が前後しますが、タイに行く前に4日ほど台湾に行ってきました。
僕が台湾に行くのは2年ぶり2度目で、今回は前回行く事の出来なかった北投温泉、九份老街、十分老街など日本でもおなじみの観光地を堪能してきましたが、やっぱり最大の目的は『鹽水蜂炮』
2年前に参加した時は重度の胃炎に苛まれており、ほんのちょっとしか参加できなかったのが心残りだったので、再挑戦してきました。

3月2日、台北から新營駅まで台鉄の特急、そこからタクシーで鹽水に移動してSさん(通称 電冰箱)率いる台湾・日本合同チーム『鹽水周倉將軍護駕炮兵團』と合流。


我ら一番神輿、鹽水周倉將軍護駕炮兵團!!

我らがリーダー電冰箱氏一番神輿を引く権利を得たので、我々も祭りの先頭で一番神輿を引いて練り歩くという栄誉を授かりました。
なお、このチームは2年前の時点では日本人メンバーは僕と豊〇氏の2名だけでしたが、回を重ねるごとに人数が増えていき、ついに今年は日本人が計7名と、台湾人メンバーよりも多くなってしまいました。
台湾人ですらめったに手に出来ない無いチャンスを我々外国人が頂いちゃっていいのかな(笑)


そして日も傾き、午後7時、いざ出陣。

放てぇぇぇ!!!


これを午前2時過ぎまで7時間以上、ひたすらやる。
街中に無数の発射台が隠されており、次から次へと想像を絶する量のロケット花火と爆竹を浴びせられる。
なんでもロケット花火だけで二日間で300万発消費するとか。ちょっと桁数がおかしいです。
この動画はある程度浴びた後に、休憩の為列から離れた時に撮った物です。中で動画撮る余裕なんてとてもありません。
(僕の友達は気合で最前列で撮ったけど、煙で何が映ってるか分かりませんでした)

一緒に一番神輿を引いて周った最強の台湾おばちゃんと。
地元の実行委員みたいですが、祭慣れしすぎちゃってて、頭は農作業用の日除け帽、服はTシャツに実行委員のチョッキ、日除けのアームカバーのみという、信じ難い軽装です。良い子も多少頭の悪い子も絶対真似しちゃダメ。
身体に爆竹巻き付けて黒焦げになる若者は何人も見たけど、年配の女性でこれですか・・・。鹽水育ち、恐るべし。
おばちゃんは僕らが日本人だと分かっているのに、ず~とハイテンションな台湾語で僕らに何かを話し続けてました。こっちが理解できるかどうかは関係ありません。彼女は話したいから話してるのです。

こんな感じでロケット花火は、痛みさえ我慢すれば楽しかったです。
しかしその後、前回僕が体験していなかった、とんでもない地獄の我慢大会が待っていました。
神輿を引いて細い路地に入ったところ、地面が全て爆竹で覆われているのです。
マジで地面が見えないくらい、足元が全て爆竹で、その上に立ったところで神輿は停止しました。
そして点火・・・


※この動画は祭りが終わった後に残った爆竹で遊んでる人たちを撮ったもので、本番ではこの何倍もの爆竹が使われました。

熱い!熱い!熱い!マジで靴が燃えたと思いました。
さらに大量の爆煙で息が出来ず、視界もゼロで、本気で恐怖を感じました。


終わってみると、靴は燃えてはいませんでしたが、火の粉対策で巻いていたガムテープは黒焦げとなり、スニーカー本体も結構溶けていました。
僕の友達は、ズボンがポリ混紡の作業服だったので、スボンの生地が溶けて足首を火傷していました。
火の粉対策はしていたけど、足元からこんなに熱が加えられるとは想定していなかったです。これ溶接用の装備が必要だわ。

この絨毯爆竹で心が折れたので、僕と友人一名は午後11時ごろ、夕飯を食べに神輿の列から離れました。
食事の後列に戻りましたが、もう爆竹ゾーンはNG。ロケットも後ろの方から見てました。

そして午前2時過ぎ、神輿の列が鹽水の街を周り終え、出発地点の武廟に戻ったところでメインの祭りは終了。

一番神輿のリーダーとして、TシャツにウッドランドBDU一枚のみという薄着で根性を示し、
7時間近く最前列でロケット・爆竹を浴び続けた電冰箱氏の背中。男の勲章です。

(この後青あざが広がってもっとひどい見た目になるんだよ)

僕は足に2・3カ所あざが出来ただけなので、まだまだ参加賞レベル。
ちなみに午前2時に武廟を中心とするメインの祭りは終わっても、鹽水各所ではまだまだ祭りは続いており、午前4時ごろまでロケット、爆竹、打ち上げ花火の爆音が街に鳴り響きます。
僕はその日の昼にタイ行きの飛行機に乗らなくてはならなかったので、祭りが終わるとそのまま車で新幹線の駅まで送ってもらい、始発で桃園空港に戻り、着替えもせずに飛行機に乗っちゃいました。
自分でも分かるくらい服が火薬臭い。完全に危険人物だよな~と思っていたら、案の定、香港で乗り換えした際に香港警察に呼び止められ、別室で取り調べを受けました。
でも調べられたのは荷物や旅の行程などで、火薬臭い事については何も聞かれませんでした。単に見た目が怪しかったから止められただけかもしれません。
こんな感じで今回の台湾旅は締めくくられたのでした。


お祭りの様子はこちらでも詳しくレポートされてます。
2018年の鹽水蜂炮に行ってきた完全レポート http://xn--1rwm9g63x6ov.com/2018-report/ 
  


2018年03月09日

3年ぶりのバンコク撮影会

久しぶりに台湾とタイを旅してきました。
タイでは友人たちのご厚意で、再びバンコクで撮影会を行う事が出来ました!
この時が来るのを3年間待ってたぜ!

前回の撮影会はこちら『タイでコスプレ 撮影会編』


ベトナム空軍パイロット
(飛行服は友人からの借り物)


一緒に撮影会をやったタイ人の内2名がたまたまドンムアン空港で働いてる本職の航空整備士だったので、
飛行前にパイロットが行う簡易点検を一通り教えてもらいました。


間の悪い事にH-34やUH-1などヘリコプターが展示されている建物は改装工事中で入れず、
残念ながら今回はヘリはおあずけ。




ベトナム陸軍装甲騎兵


念願のM41ウォーカーブルドッグとM113APCで撮影成功!夢がまた一つ叶ったよ。
すでにM24軽戦車では撮ってるから、残すところはM48パットンだけだな。


今回一緒に遊んでくれたタイのリエナクターグループ
Pad1968 (ベトナム派遣タイ軍)
バンコク第十八歩兵師団 (日本帝国陸海軍)
の皆さま


撮影の後はみんなでチャトチャックマーケットに移動してミリタリー系の店を周り、
その後また移動して友人お勧めのタイ東北料理レストランで夕飯を食べました。


ご飯を食べながら日本とタイのリエナクトメントイベントについて話し合いましたが、
彼らもなかなかに意識高くて、うちらも負けてられないなと思いました。

みんな、ありがとー!!!
またそのうち会おうね!
  


2018年02月10日

【祝】WAR全米大学映画祭 審査員賞受賞!

過去のハウ・ルック監督作品いついては過去記事参照

2016年12月、僕は米国ジョージア州にて、アマチュア映画監督の友人が製作しているショートフィルムの撮影に参加してきました。あれから1年強、その時撮った作品がようやく完成し、この度、全米大学映画祭(Campus Movie Fest)に出品されました。
そしてその結果・・・

審査員賞(Jury Award)を受賞しました!!やったーーーーー!!!

※動画を再生出来ない場合は他のブラウザに変えてお試し下さい。



こちらが審査員賞受賞作品「WAR」 監督 ハウ・ルック



なんとなく分かると思いますが、あるベトナム人兄弟が生き別れとなり、それぞれ別々にベトナム政府軍と共産ゲリラ兵士となり、その二人が不幸にも戦場で再会し、お互いを兄弟と知らずに殺し合ってしまうという大変悲しいストーリーです。
実はこの話には元ネタがありまして、それらを全て撮れれば、なぜ兄が首にドッグタグではなく紙を三角形に折った物を下げているのか等が分かってもらえたのですが、ショートフィルムなので時間的な制限からストーリーは大幅にカットせざるを得ず、そこは描ききれませんでした。
とは言え、撮影や編集の技術が認められ、この度賞を頂けたのですから、出演者としては素直に嬉しいです。

しかし観客も審査員も、弟役を演じているのは当日ゲリラ役やってよと言われて気軽に引き受けた日本人だなんて思いもよらないだろうな。我ながら熱の入った演技をしたものだ(笑)


世にも珍しいゲリラ役のわたくし





なお我々はアマチュアなのでプロップ買うお金が無いため、銃やナイフは全部本物です。
M16はコルトAR-15モデルSP-1、56式自動歩槍はノリンコMAK-90で代用。
空砲なんて一般人には手に入らないので、発砲シーンは全部実弾。(この作品では実弾を使ったシーンは使われていません)
銃剣で腹を刺すシーンは、「ゆっくりやれ」、「ベルトに当てろ」と言われましても、なかなか怖い物です。
あと、この作品には使われていませんが、拳銃で自殺するシーンも撮りました。
いくら弾が入っていない事を何度も確認したとは言え、やっぱり実銃を頭に当てて引き金を引くのはかなり気持ち悪いものです。
しかもテイク5くらい撮り直したし・・・。
監督曰く今年の5月ごろまでには、それらの映像も使った作品をDVDでリリースするらしいので、完成を楽しみに待っています。

  


2018年02月08日

タイ友in東京

3年前に東京で出会い、その後チェンマイで僕を案内してくれたタイの友人たちが、今回初来日する友人たちを連れて再び日本に観光に来てくれたので、また一緒に遊んできました。


【2015年1月 日本】
オ モ テ ナ シ

【2015年5月 タイ】


タイのみんなは先に飛騨高山を観光しており、東京に移動したのち僕が合流。

浅草 浅草寺
女子たちは着物をレンタルして写真を撮り合いまくってました。見てるこちらも楽しいです。


新宿のクラブ
実は僕、クラブというものに来るのは今回が初めて。
何をしたらいいかよく分からないので、とりあえずマサイ族ジャンプをしていました。
なぜか僕が店員の人に「Are you from Thailand?」と聞かれたので、「Yes, Yes」と答えておきました。


上野のブリティッシュパブ
タイの女の子酒強すぎ。かなり飲んでるのに顔色一つ変えやしない。
僕は普段お酒をほとんど飲まないのに、今回は連日飲みまくったので体力の限界が来てます。
もう家に帰るのが億劫になったので、この後みんなが泊まってるホテルに付いて行って(残念ながら男の方と)一緒のベッドに寝かせてもらいました。

その他行った場所
浅草: 寿司屋
新宿: ショッピング(超長い)、ラーメン一蘭
代々木公園: フリーマーケット
原宿: ショッピング(超長い)、ブリティッシュパブ
渋谷: ショッピング(超長い)、すき焼き
上野: ショッピング(超長い)、アメ横

今回はとにかく女子の買い物が長くてくたびれました。靴なんかタイでも売ってるだろ・・・
なので女子たちがショッピングしている間、男たちは昼間からバーで飲んでたので、なんか記憶がいまいち曖昧です。
ともあれ、それなりに楽しんでもらえたようで良かったです。
今回初めて会った人とも仲良くなれたので、またしばらくしたら僕がチェンマイに遊びに行くね!
  


Posted by 森泉大河 at 01:07Comments(0)【タイ】旅行・海外

2018年01月04日

あけおめ

お正月という事で、今年は日本在住ベトナム人協会様の新年のつどいにお邪魔してきました。

関東各地のベトナム人コミュニティ―が集まり、様々な手作りベトナム正月料理を販売しています。



僕は友人のところでチェー(お汁粉)売りをお手伝い


開会式を行うベトナム国旗の祭壇の前で記念撮影
すごいお正月感のある絵になりましたface02

行く前から分かっていたけど、会場内でアオザイ着てる人間は僕一人。
生来の目立ちたがり屋なので、しょうがない。

詳しいレポートは私の別ブログ ベトナムウォッチの方に掲載する予定です。
少々お待ちください。



ここ十数年で、本土から日本に渡るベトナム人研修生・留学生の数は、
難民として来日した日本定住者の20倍を上回り、
ベトナム大使館=共産党政府は現在、彼ら在日ベトナム人の思想を管理・統制すべく、
日本国内のベトナム人コミュニティーの乗っ取りに勤しんでいます。

具体的には、大使館が資金を出してベトナム人団体・学生団体を創設し、
また日本各地にベトナム仏教寺院を建設して
そこを在日ベトナム人コミュニティーの場とする事で、
共産党政府の指揮下にある青年団や僧侶が、
そこに集まる人々を監視および教化するという仕組みです。

残念ながら一国の政府が行う政策というのは強力なもので、
現在は資金的・人員的にも共産党系組織の方が日本国内で優勢です。
日本以外の先進国では、ベトナム政府による国民への弾圧は問題視されているため
共産党政府系組織が野放しにされる事はありませんが、
日本政府(自民党政権)はベトナムで金儲けさえ出来れば良いと思っているので、
あのような邪悪な独裁政権に非常に好意的であり、日本国内でも好きにさせています。
私はこのように恥知らずな我が国の政府を心から軽蔑しています。

しかしそんな中でも、政府による思想統制の異常性に気付き、
自由を求める若者が少なからずいます。
彼らは自分で学び、自分の意志で、あの黄色い
—かつてベトナムに自由と民主主義があった時代の
に下に集っています。

自国民を食い物にする邪悪な権力は必ずや滅びると信じて、
私は今年も、彼らのように人間としての正義を貫く人々を応援していきます。
  


2017年08月17日

連休

しらこばと水上公園


数年前、『月曜から夜ふかし』でいじられて、大人げなく取材拒否しちゃった埼玉県民お約束の県営プールです。
この日、越谷市の気温は38℃。う~ん、プール来てよかった♪


在日ベトナム人協会サマーキャンプ2017


7月に在日ベトナム人の皆さんがお台場で行ったフォルモサ公害問題に抗議するハンガーストライキにご一緒させて頂いた際、他の参加者の方から、8月に毎年恒例のサマーキャンプがあるので来ませんか?とお誘い頂たので僕も友人(日本生まれのベトナム人)と二人で1泊2日のキャンプに参加してきました。
詳細は私の別ブログ『ベトナムウォッチ』にあります。


ターミネーター2 3D


映画好きな弟が帰省していたため、二人で有楽町のTOHOシネマズ 日劇に観に行ってきました。
7歳と時に親父と映画館で観て以来、僕の人生最高の映画であり続けているT2。僕の中の『カッコいい』の基準は全てターミネーターで出来ています。つい5年前くらいまでは、ジョン・コナーの写真を美容室に持って行って、「この髪型にして下さい!」と注文していました。もうさすがにオッサン化したので今は出来ないけど、逆に今度は親父の方=T1のカイル・リース(マイケル・ビーン)をやってみようかしら。
内容は、これまで100回は観ているので目をつぶっていても分かりますが、やはり劇場の大画面で見るのは迫力が違いますね。元々3D向けに作られた映画ではないので、正直3Dになったという実感は感じられませんでしたが、遠近感と言うか臨場感は確かにあります。
映画の後はファミレスに入り、スマホでグラインドハウスを見ながら楽しい映画談義。


向かいの席のグループも映画の話をしていたので、多分僕らと同じくターミネーターを観た帰りなんでしょう。
でも、なんで向こうには女子が2人もいるんだよ。楽しそうにスターウォーズの話しやがって。
こっちはヒゲ眼鏡デブの弟と二人でヴァイラスとか鉄甲無敵マリアについて話してんだよ。なにこの格差!




筑波海軍航空隊記念館

プロジェクト茨城様との打ち合わせのため初めて訪問しましたが、偶然にもこの日は8月15日という事で、館内の展示を感慨深く見学させて頂きました。2階の窓から、雨の降る練兵場を見ながら泣いているお婆さんを見た時は、ここがかつて日本国民300万人を死に至らしめた戦争の証跡である事を強く実感させられました。
よく聞く言葉ですが、僕は「あの犠牲があったから今の私たちがいる」などという嘘は大嫌いです。20歳そこそこの若者が大量死する事が、どうして世の中にとってプラスに作用するのでしょう。もし彼らが生きていれば、そのせいで日本は滅びたとでも言うのでしょうか。
彼等の遺書を読んでいると、皆さん僕よりずっと若いのに、大変立派な事を書かれています。そう書くように『教育』されたからです。人間の醜さを知らない子供に壮言大語ばかりを教え、霞が関がでっち上げた虚構を信じ、善意で命を挿し出す人間に仕立てる教育を。
僕は一人の人間として、あの時代、あの体制を心から憎んでいます。その気持ちは軍事マニアとしてあの時代の事を様々な面から知るにつれ、より一層強くなっています。



つくば植物園


航空隊記念館のあとは僕の希望で、つくば実験植物園で開催されている水草展を見学。
植物園内では、友達の息子(5歳)に、「サボテンに挿されると体がサボテンになるから気を付けろ。ここに展示されているのは全身サボテンになってしまった人間たちだよ」と教えました。
また、かき氷を食べながら、「かき氷のブルーハワイを食べると、ブルーマンになる。」「防ぐにはイチゴ(赤)とメロン(緑)を食べて体の中を中和するしかない。ただし、間違ってイチゴ(赤)とレモン(黄色)を食べると、色が混ざって黒人になる」と着色料の過剰摂取に警鐘を鳴らす食育を施しました。
ついに、その子は半ベソ状態になってしまい、僕はお父さんに「マジでやめて」と怒られました。子供チョー可愛い!

ブルーハワイを食べ過ぎた人たち

  


2017年06月15日

映画 Trên Bốn Vùng Chiến Thuật ── 四つの戦術地区で ──

前回の記事に「おまけ」として書きましたが、改めて記事にします。

ベトナム出身で米国在住のセミプロ映像作家の友人が監督し、僕も制作に関わった新作ドキュメンタリー映画『Trên Bốn Vùng Chiến Thuật (四つの戦術地区で)』が6月18日(僕の誕生日!)に米国のベトナム移民系テレビ局SBTNで放映され、翌6月19日『国軍の日(Ngày Quân Lực)』にDVDでリリースされます!
この『四つの戦術地区で』は、元共和国軍人やご遺族へのインタビュー、現在の戦跡、当時の記録映像と再現VTRなどで、若い世代の目線からベトナム共和国軍とベトナム戦争の歴史を紐解いていくドキュメンタリー映画です。

画像: SBTN chuẩn bị trình chiếu và ra mắt DVD bộ phim tài liệu “Trên Bốn Vùng Chiến Thuật”


新たにDVDのCMが公開されました。



僕もまだ完成版は見てないのですが、監督本人から、本編にはタイガもけっこう登場しているよ、と教えてもらいました。
たぶんここら辺の映像が使われていると思います。

サイゴン 独立宮殿(旧総統府)

ビエンホア国軍墓地


米国ジョージア州およびケンタッキー州 ドラマ・再現VTR撮影



去年4月、彼がHồi Ức』製作しSBTNで放映された事を記事にした時、僕はこう書いていました。

「彼とはそう遠くないうちに会う事になる気がしています。情熱さえあれば、地球なんて案外狭いものさ。」

しかし、まさかその3か月後に二人でベトナムを旅し、12月にはアメリカで一緒に映画を撮る事になるとは予想だにしていませんでした。
しかも彼は、彼と出会う前に僕が日本で友達になった別の在日ベトナム人とドンタップ省の中学校で同級生だったという奇跡まで発生しました。
地球狭いとは言ったけど、狭すぎるだろ!(笑)
  


2017年06月14日

国際郵便

 友人がアメリカにベトナム共和国軍史博物館を作る計画を進めているので、僕も数年前からそのお手伝いとして、日本国内で物を集めてアメリカに送る活動をしています。僕には1円も入ってこないけど、向こうで散々家に泊めてもらったり飯おごってもらってるので、このくらいの恩返しはしなくちゃね。
 しかし今まで何度も郵便局から国際郵便で品物を送ってきたものの、郵便局には小包を送るサービスだけでEMS(国際スピード郵便)、国際eパケット(国際書留付き航空小形包装物)、国際eパケットライト、小形包装物、国際小包、国際通常郵便と、こんなに種類があるので、どれがお得な送り方なのか毎回悩みます。
 日本郵便の公式サイトからダウンロードできる料金表を見ればある程度は分かるのですが、料金一覧は各サービス毎に分かれて掲載されていますし、書留や保険の可否・料金はサービスによって変わってくるので、比較という点ではいまいち分かりにくいんです。


なので、ついに重い腰を上げて自分用に国際郵便サービスの一覧表を作りました。
自分用なので日数と料金は北米・アメリカのみしか記載していませんが、こんな感じです。
※もしかしたら誤解や書き間違いもあるかもしれないので、正確な情報は郵便局で確認して下さい。


さて、一覧表も出来たところで、今回送るのはこちら。


大きさ 32x25x11cm
重量 約1.4kg
内容品の価格 約3万円

以下の3つの条件で比較し、消去法でどの国際郵便サービスを使うか決めていきます。

1. 大きさ、重量

大きさ、重量の面では全てのサービスを利用可


2. 保険、損害賠償

今回の品物は値が張る物なので、追跡サービス、保険は必須。
しかし国際eパケット、国際eパケットライト、小形包装物保険付にできない。
国際eパケットと小形包装物は損害賠償のある書留にする事は出来るが、書留の補償は6,000円までなので、今回の荷物には不十分。
したがって今回使えるサービスは最大200万円までの補償が出るEMS、国際小包、国際通常郵便の三つに絞られる。


3. 料金

EMS、国際小包、国際通常郵便の料金を、追跡サービス・保険を含めた総額で比較


・船便は安いけど、さすがに2か月は長過ぎるので今回は除外
・国際小包、国際通常郵便の保険はオプション(400円~)
EMS、国際小包は初めから追跡可。国際通常郵便は書留(410円)にする事で追跡可

なんということでしょう。EMSは届くのが早い分値段も高いと思っていましたが、追跡(or書留)・保険料金を含めると、必ずしもそうではないんですね!
EMSには予め追跡サービスと補償が設定されている分、オプション料金が少なくて済みます。届け出が無くても2万円まで補償されているので、それを超えた分の保険料50円を追加するだけでいいんです。
送る物の条件によって変わってくると思いますが、今回に限って言えば、一番早いEMSが一番安いという、目からうろこな結果となりました。



おまけ


  


2017年06月11日

旅の動画

先日、携帯電話のアプリが勝手にアルバム内の写真をまとめて動画を作成しだしました。
主に先週の日曜に友達とお参りに行った常陸国出雲大社と笠間稲荷神社の写真です。
思ったより良い感じだったのでブログにも載せちゃいます。

最後の汚部屋は弟の部屋です。僕の部屋は割と片付いています。
笠間稲荷の近くのつの国やさんで食べた舞茸入りそばいなりが感動するくらい美味しかったです。次行ったらお土産に買って帰ろう。



ついでに、過去に外国行った時に撮った動画を何本か載せてみます。

2015年5月、タイ。チェンマイ郊外の山にあるカレン族のゾウ園のつり橋。


すっごい海外旅行っぽいですね。この日遊んだ内容はタイの思い出 チェンマイ編その1に載せてます。


2016年2月、台湾。ものすごい速さで(ご飯こぼしまくりながら)炒飯を作る台南の中華料理人。


台湾では滞在10日間のうち7日間胃腸炎でくたばっていたので、これくらいしか動画を撮っていません。


◆2016年7月、ベトナム。サイゴンの海鮮レストランで、刺身に大量のワサビを付けて食べるベトナム人。


ベトナムでも日本のワサビはコンビニで売ってるくらいポピュラーでした。
後で気付いたんですが、ベトナムでは生野菜として、ワサビに似た辛さ・風味を持つわさび菜みたいな葉っぱ(名前知らない)も食べられていたので、ベトナム人は元々ワサビの味に馴れているみたいです。
でもこいつは付ける量が異常。お刺身よりワサビの方が多いんじゃないかってくらい。
今度日本に来たら生わさびを一本プレゼントしてあげようと思います。


最後に2016年12月、米国ケンタッキー州。友人たちと鉄砲を撃ったり、実弾を使った自主製作戦争映画を撮ってきた時の動画です。アマチュア映画監督やってる友達が見事に編集してくれました。

撃った鉄砲に付いてはこちらの記事にまとめています。


 僕は人間関係をかなり煩わしく感じる性格でして、普段日本国内では小・中学校から付き合ってる地元の友達としか遊ばないんです。それを知ってる友人たちからは、なぜ僕が外人に対してのみ謎のコミュニケーション能力を発揮するのか不思議がられます。自分で思うに、多分それは僕がまだ英語が不自由な分、お互い意思疎通をしようと歩み寄るし、日本語で話すのと違っていちいち相手の言い方やニュアンスを気にしないで済むので、気が楽だからなんだと思います。
 今年に入ってからはまだ1回も海外行ってないので、そろそろ行きたい気分になってきましたが、僕は基本ホテルに金使う気が無いので、毎回友人の誰かに「うちに泊まっていいよ!」と言われた時だけ行ってます。だから毎回ホームステイ。1ヶ月間お湯の出ないシャワーとか、シャワーすら無く桶にはった水で行水するだけの生活も体験しましたが、高校時代はワンダーフォーゲル部で1週間近く風呂に入れず山を登り続けていたので、それに比べれば汗を流せるだけマシってもんです。
 でもやっぱり遺伝子レベルでは風呂大好き民族なので、外国行く度に日本の温泉が恋しくなります。あとウォシュレットも。何かにつけて「日本を誇れる」とか「日本人で良かった」と恥知らずなマスかき電波流すテレビにも、それを真に受けて気持ち良くなっちゃう浅はかな人々にも呆れ果ててるけど、実体験として、風呂と便所に関しては間違いなく人類史上最高レベルだね(笑)
  


Posted by 森泉大河 at 23:39Comments(0)旅行・海外

2017年02月12日

テレビ、映画、ベトナム語

【いつも見てるテレビ番組】

月: YOUは何しに日本へ?、世界まる見え!テレビ特捜部、月曜から夜ふかし

火: 開運!なんでも鑑定団、ガイアの夜明け

水: 和風総本家

木: カンブリア宮殿、超入門!落語 THE MOVIE

金: 全力!脱力タイムズ、モーガン・フリーマン 時空を超えて、タモリ倶楽部

土: さんまのお笑い向上委員会

日: ザ!鉄腕!DASH!!、世界の果てまでイッテQ!、サイエンスZERO

月~木: 午後のロードショー

月~金: 華政(ファジョン)

いろいろ: ER緊急救命室、警察24時系、世界の衝撃映像系

休止中: タイムスクープハンター

見れない時は録画して土日で一気に見るようにしているのに、うちの親父はハードディスクの容量を気にして、僕がまだ見てない回を次々消してしまう。『NEW!』マークの番組は消しちゃダメだって言ってるのにぃ!!!なぜ2・3年前の午後のロードショーを消さずに、録ったばかりの新しいのから消していく!?


【吹き替え大好き】

 昔、mixiやってた頃に映画好きコミュニティという所に入ってみたけど、なんか話題は所謂マイナーな、かつ芸術的な(僕にとっては退屈な)映画の話ばかりだったから、僕は「はじめまして。僕はハリウッド映画が大好きです。洋画は必ず吹き替えで見ます。午後のロードショー毎日録画して見てます。一番好きな映画はターミネーター2です。よろしくお願いします」と書きました。すると、普段会話に参加していなかった人たちがこぞってイイネ!してくれました。なんだ、本当はみんなこういうの好きなのね(笑)
 なぜか『映画好き』の間では、洋画の吹き替えは軽んじられてるみたいですが、僕は可能な限り吹き替えが良いですねぇ。だって字幕って画面に載せられる文字数の関係で台詞がメチャメチャ省略されてるんですもん。字幕では言葉の細かなニュアンスは書ききれないし、なまじ英語が聞き取れると、俳優の言ってる台詞と字幕の内容が違うのが分かってしまい残念な気分になります。とは言え、字幕なしで全編台詞を理解できるほどの英語力はないので、そうなると最初から声優に日本語吹き替えしてもらうのが僕にとって一番映画を楽しめる手段なんです。
 しかし吹き替えにも弱点はありまして、好きな映画をテレビ放送で録画して何度も見ていると、その声や台詞が頭に焼き付いてしまい、レンタル版や市販ソフト版では違う声優や翻訳になってるため違和感を感じて仕方なかったのです。これは全国の洋画吹き替えファンにとって長年悩みの種でありました。僕の場合、小学校に上がる前から親父がVHSに録画したターミネーター(テレビ朝日版)と、ターミネーター2(フジテレビ版)をテープが千切れるまで繰り返し見ていたので、もうその声でないと見れなくなってしまいました。なので大人になってからも、DVDを買おうと思えばいつでも手に入りましたが、納得のいく吹き替えが収録されたものがなかなか発売されなかったので、大好きな映画であるにも関わらず、ずっと手元に無い状態が続いていました。
 それがここ数年で、各テレビ吹き替え番が一気にDVD/BD化されてきて、我々吹き替えファンを長年の苦しみから解放してくれました。特に20世紀フォックスの『吹替の帝王』シリーズは、まさに吹替ファンのために作られたシリーズであり、もう予告動画を見てるだけで感動します。本当にフォックスさんには感謝の念に堪えません。


ただ一つ問題があるとすれば、それはうちのブルーレイレコーダーが壊れてしまったこと。とりあえず以前使っていたDVDレコーダーを繋ぎ直してテレビの録画とDVD鑑賞はできる状態だけど、せっかく買ったブルーレイが見れない状態が続いている。なんで壊れるんだよ・・・



【ベトナム語学習】


 今までベトナム人とは全部英語でやり取りしてきたけど、これだけ付き合いが増えたんだから、いい加減僕もベトナム語を身に着けようと先日ついに重い腰を上げました。英語は中学校で習った(高校ではほとんど授業寝てた)けど、ベトナム語はまったく下地の無い状態からスタートしなければならないため、英語学習には1円もお金を使わなかった僕が、今回ばかりはベトナム語のテキストを購入しました。
 このテキストはほんの入門用ですが、まずはこれを完全に頭に入れる事を目標としています。僕は毎日片道1時間の電車通勤をしているので、1日2時間、週10時間以上は電車の中で勉強する時間を確保できます。またこれまで英語の練習のためにFacebookは全て英語で書いてきましたが、これからは英語に加えてベトナム語でも同じ内容を書くことにしました。英語の時も、こうやって例文集を見ながら自分の言いたい事を作文するのは大いに役に立ったので、これからはベトナム語を学ぶために同じ方法を行っていきます。それにつたないベトナム語であっても、とにかく書いておけば、友人たちが「そこはこう書くべき」と教えてくれるのが何ともありがたいです。
 またベトナム語を学び始めるにあたり、友人たちに注意されたのが、「英語をベースにベトナム語を考えない事」でした。ベトナム語の語順は割と英語に似た部分もあるので、英語が分かる身としては、つい先に英語の文を思い浮かべて、それぞれの語に対応するベトナム語に入れ替えたくなるのですが、それだと何となく意味は伝わったとしても、いつまで経ってもまともなベトナム語は身に付かないとの事です。あとGoogle翻訳も文章が滅茶苦茶になるから使うなとよく言われます。たしかに教科書を見てるうちに、単に単語を入れ替えただけでは全然ベトナム語の言い方にならないし、英語には無いルール(自分や相手の性別・年齢によって人称が変わる、物の種類によって変わる類別詞があるなど)が沢山ある事が分かってきました。
 だから今は毎回、ちゃんと教科書を見て、ベトナム語のルールを頭に叩き込みながら作文をしています。そして昨日、このベトナム語作文を始めて1ヶ月にして、初めてベトナム人たちから「完璧!」と褒めてもらえる文を書く事が出来ました。嬉しかったのでここにも載せちゃいますface02

Tôi vẽ Bức tranh lính Mỹ, VNCH, VC trong Sổ tay Lịch sử Thế giới khi tôi 15 tuổi.
(僕は15歳の時、世界史のノートにアメリカ、ベトナム共和国、ベトコンの兵士の絵を描いていました。)

↑ちなみにこれは、中学の社会科の授業で、ノートに自主学習した内容を書くと点数がもらえるという事で、世界の兵隊シリーズを描いて提出していたものです。こんな感じで全20回くらい描きましたが、紹介している国がモルドバとかギリシャとかトルコとか、今見るとかなり不思議なチョイスでした。内容は今見るとかなり間違ってます。M653なんて無ぇよ・・・

 こんな感じで、読み書きはこの方法でなんとか身に付きそうな気がします。問題は発音ですね。こればかりは時間がかかります。友人は、外国人がベトナム語の発音をマスターするには20年かかるよと言っていました。あっそ、でも大丈夫。とりあえず意図が通じるくらいのレベルにもっていければ良いから。それは決して不可能ではないはず。
 てな訳で、先の教科書についてきたCDに収録されているベトナム語の発音集をスマホにコピーして、通勤中に毎日聴こう。毎日やってればそれなりに分かってくるべ。
 人が何かをする時、それができない理由を探せば恐らく無数に見つける事が出来ます。しかしそんなものいくつあっても何の役にも立ちません。本当に必要なのは、「したい」という動機ただ一つなのです。
  


2017年01月13日

米国のガンストアとマニアのお宅訪問

先月アメリカに行った時に見てきた場所です。

ジョージア州のサープラスストア

 友人の行きつけの店です。軍服やら個人装備、キャンプ用品やらが並んでいるのは日本のサープラスとほとんど変わりませんが、アメリカだけあって銃を扱ってるコーナーもあります。


 各種セミオートライフルが並んでいますが、コルトやH&Kなど軍隊御用達の高級ブランドは見なかったと思います。名前を聞いたことがあるようなないような、よく分からない中小メーカーがメインでした。
 面白かったのが、モシン・ナガン。YoutubeのDaijiro357氏の動画で、モシン・ナガンはアメリカで激安で売られていると聞いていましたが、確かに安かったです。一丁220ドルくらいでした。探せばもっと安い店があるらしいです。陳列の仕方もいい加減で、他の銃のように壁に掛ける事はなく、ガラスケースの前の地べたに置かれたライフルスタンドに、ワイヤーも何も掛けずに並べられてました。なので、冷やかしついでにカチャカチャいじってきました。

 また店内のジャンク箱には、どの銃に合うかすら書いていない中古マガジンや中古ホルスターが捨て値で山積みにされてました。マガジンは税関で止められそうだけど、ホルスターくらいお土産で買ってくればよかったなと少し後悔。


 結局僕がこのお店で買ったのは、米軍の特殊部隊ハンドブック(ST31-180)の複製品と、勲章などのバッジのピン留めを10個くらい。
 私が知る限り、アメリカのサープラスストアには必ず隠し部屋にロケットランチャーが置いてあるのですが、残念ながらそれを拝む機会はありませんでした。





ウエストバージニア州のアウトドアストア

 ケンタッキー州にガンシューティングに行った際、友人の友人の友人がバレット82を貸してくれる事になったなので、自分たちが撃つ分の12.7mmNATO弾を買うために、お隣ウエストバージニア州にある大きなアウトドアストアに行きました。1階建てですが、ホームセンターなみの広さのお店で、店内には銃器弾薬を含めたハンティング・シューティング用品、釣り、カヌー、登山、キャンプなどのアウトドアスポーツ用品が盛りだくさんです。店内の様子はGoogleストリートビューで見る事が出来ます。(店内は僕が行った時と殆ど同じです。)


 店の中央には、アメリカの大自然が育んだ豊かな生態系と野生動物たち、つまりハンティングの獲物たちの壮大な剥製ジオラマが展示されていて圧巻です。ハンティングは動物をスポーツ、リクリエーションとして殺す行為なので銃器好きの中でも好き嫌いは分かれると思います(僕自身ハンティングをしようとは思わない)が、このお店の剥製展示を見ていると、アメリカの美しい自然に対する深い愛情と畏敬の念が伝わってきます。少なくとも大型哺乳類のハンティングは人間の側も動物に反撃されるリスクを負っており、自然の恩恵と脅威、生と死のサイクルを体感するという意味では究極のアウトドアスポーツと言えるかもしれません。


 上記のように、この店は総合アウトドア用品店であり銃器専門店ではありませんが、それでも銃器類の品揃え、売り場面積はそこいらのガンショップの数倍~十倍くらいあると思います。陳列棚には各種ライフルが並べられ、ボルトとトリガーはロックされていますが、自由に手に取る事が出来ます。また売り場の奥には『ガン・ライブラリー』と名付けられた高級またはビンテージ銃専用の展示室があります。置かれているのは基本数千ドル、中には1万ドルを超える高級品やスコープもあり、貧乏人には雲の上の世界でした。でもラックにかけてある銃を手に取るのは自由だったので、ここぞとばかりに大戦中に製造されたビンテージのM1カービンやM1ガランド、Kar98kなどを舐めまわすように触ってきました(笑)


Sさん宅

 山の上に撃ちに行く日の朝、ケンタッキー在住のSさんの自宅に集まって、彼の銃やターゲットをピックアップトラックに積み込みしました。弾薬やターゲットなどは自宅の横にある趣味専用の小屋に保管してあります。弾もハンドロードしているので、小屋の中には作業場もあります。男の趣味の理想形ですね!


 銃を積み込みしている時、SさんのSPRアッパーレシーバー付きAR-15A2を見て「カッコいい~!」と言ってたら、なんと庭で撃たせてくれました。※ターゲットが置いてある道は公道からSさん宅に続く私道です。


スコープ付きのライフルが大好きなPくん。ナイショッ!

 ちなみにSさんは80年代アクション映画(木曜洋画劇場系)や、ゴジラシリーズが好きなギークさんなので、僕と趣味が合います。ゴジラではゴジラvsキングギドラ(1991)が一番のお気に入りだそうです。また人生最高の映画はターミネーター2という点でも意気投合しました。



フリーメイソンおじさん宅

 Sさん宅を出発した後、この日一緒に撃ちに行くSさんの友人Tさんの家にも寄りました。TさんはNFA(National Firearms Act)対象の武器を扱う事が出来る、SOT(Special Occupational Taxpayers)な銃器ディーラー。分かりやすく言うとフルオートの軍用銃やらサイレンサーやら、そういう危なっかしい武器を販売する事を連邦政府から許可された、限られた業者の一人なのだそうです。なので自宅の1階は銃の部品や弾薬を製造するための工場になっていました。


 Tさんは、はるばる日本から鉄砲好きの兄ちゃんが来たという事で、Tさんのプライベート・コレクションが収められた巨大な金庫の中から銃を次から次へと出しては、「ほれ、持ってみなと」と手渡してきます。ありがたいけど、僕の手は千手観音ではないので、2丁以上持てません。
 また銃だけでなく、金庫の中にあった古めかしいサーベルも見せてくれました。

 

 なんでも、Tさんの家系は代々フリーメイソンだそうで、このサーベルは200年前にTさんのご先祖様がフリーメイソンリーの儀式で使っていた物だそうです。うわー、スゲー!そしてTさん自身も現役のフリーメイソン。指にはフリーメイソンリーの指輪を付け、車にまでフリーメイソンリースッテカーを貼ってました。


 アメリカ合衆国という国とフリーメイソンリーは建国前から深い関係にあるという事は、話としては知っていましたが、リアルで会員の人と出会うのはこれが初めてでした。こんなにオープンでいいんだ(笑)
 またTさんの家系は数百年前に最初に北米大陸に入植した白人入植者に遡れるそうで、先祖はアメリカ独立戦争や南北戦争を戦ったという、自他ともに認める『生粋のアメリカ人』なのだそうです。そして自宅の庭の国旗掲揚竿には星条旗と共に南軍旗が高らかに掲げられ、絵に描いたようなコッテコテの南部人である事を誇りとしてるお方でした。
 Tさんが僕に「アメリカに来るのは初めてかい?」と訊いたので、僕は「二回目です。去年カリフォルニアに行きました。」と答えると、「あんな所アメリカじゃねぇよ!」と言ってました。Tさんはじめ、アメリカの銃器愛好家の白人はほぼもれなくトランプ支持の保守・白人右派なので、伝統的に民主党系のリベラルが強く、S&W社が撤退するほどの強烈な銃器規制が制定されるカリフォルニア州の政治は、彼らには非常に評判が悪いです。直接言葉にはしませんでしたが、要は「カリフォルニアは左翼とメキシコ人に乗っ取られた」と言いたいのでしょう。
 とは言えTさん自身は、アメリカは白人の国だという人種意識は持ってるでしょうけど、低能貧乏白人がハマるKKKやネオナチのようなラジカルな人種主義とは無縁の、『古き良きアメリカ』を愛する伝統的な保守と言ったところだと思います。そうでなければ、見ず知らずのアジア人にあんな大量の武器弾薬を無償で与えたりしないでしょうし(笑)



 しっかし、アメリカって知れば知るほど不思議な国。良い面と悪い面が複雑に絡み合ってて、訪れる度にとても一言では言い表せない思いを抱きます。たぶん向こうの人が日本に来ても、同じような事思うかもしれないけど。
 先日、日本で一緒に遊んだアメリカの友人に言われて自分自身不思議に思ったのが、日本とアメリカの商店のシャッターの違い。日本では多くの商店が閉店後にシャッターを閉めるけど、アメリカではよほど治安の悪いスラム街以外にはシャッターが無いのだそうです。友人は「日本は治安が良いのになんでみんなシャッター閉めるの?この光景見ると、すごい危険な街に来た気分になるよ」と言ってました。
 僕は「日本は銃やドラッグの犯罪は少ないけど、泥棒は沢山いるからね」と答えるしかありませんでしたが、確かに、言われてみればアメリカのほうがよっぽどシャッター閉めた方が良さそうなのに、逆に何故アメリカに無いのか不思議です。こういう部分も、文化の違いってやつなんでしょうか。

  


Posted by 森泉大河 at 00:31Comments(0)【アメリカ】銃器旅行・海外

2016年12月22日

アメリカで食べたご飯



やはり米国人向けにアレンジされているのか、洋食を食べなれた僕には、ベトナムで食べるより美味しく感じました。
野菜たっぷりヘルシー料理なはずなのに、行く前より体重増えてしまった・・・。




おまけ

ホテルで洗面器ラーメン

外でも洗面器ラーメン
  


2016年12月19日

シューティングの感想

前回に引き続き、友人たちと一緒に行ったガンシューティングについてです。

撃ちに行った場所は専用の施設や私有地ではなく、ただの山の上です。地元の銃器ファンのシューティングスポットになってるそうです。この辺りでは基本的に、安全に気を付けさえすれば、どこでも発砲していいらしいです。銃を貸してくれたT氏は出発前、道路に面した自宅の庭で普通にAR-15をぶっ放してました。さすが田舎!
とは言えここは公共の場所なので、時々一般の自動車や、放牧中の牛さんたちが周りを通るため、その時は射撃は中断となります。河原でサバゲやるのと同じノリですね。こっちは下手すると死人が出ますが。
この場所のレンジは最大1200ヤード(約1100m)で、超長距離射撃が可能ですが、1200ヤードはさすがに遠すぎるので、ライフル用のターゲットは650ヤード(約600m)の位置に設置しました。それでもこの日は風が強かったので、撃ち馴れた現地の人でも当てるのは難しかったそうです。

※2017年6月15日追記
友人がこの時の映像をカッコよく編集してくれました。




【銃ごとの感想】


コルト XSE 1911 (.45ACP)
1911は一度タイで撃ってるので、もうビビることなく、気持ち良~く撃てました。

コルト M1991A1 (.45ACP)
銃がボロいせいなのか、弾との相性なのか、無茶苦茶ジャムりました。ほとんど1発ごとにジャムってエアコキ状態。ダメだこりゃ。

マグナムリサーチ デザートイーグル (.44マグナム)
44マグナムなので撃つ前はかなりビビってましたが、銃自体が重いお陰で全然平気で撃てました。またジャムもなく快調です。

H&K MARK23 (.45ACP)
スライドが重い為、この日一番反動がマイルドな銃でした。でもグッリプがデカ過ぎて僕の手ではちゃんと握れません。

コルト AR-15 モデルSP-1 (5.56mmNATO)
いろんな意味で、この中で一番好きな鉄砲。軽くていくらでも気持ちよく撃てます。ちなみにこの銃は60年代オリジナル(.223 Rem)ではなく、近年リバイバルされた5.56mmNATO対応版です。

コルト ピストンカービン モデルP0923 (5.56mmNATO)
ダットサイトというものを人生で初めて使ってみました。ついてるのは軍用のトリジコンRX01。う~ん、アキュラシーね~!

LMT ディフェンダー2000 / ナイツ SR-15 E3 Mod 2アッパーレシーバー (5.56mmNATO)
これもダットサイト付き。水たまり撃って遊んでました。


コルト M4カービン モデルR0977 (5.56mmNATO)
軍用のR0977(フルオート)です。が、撃ってる最中にボルトキャリアが変に噛んでしまい全く動かなくなりました。その後持ち主がどうにかボルトを外しましたが、今度はチャンバー内でカートリッジが変形していて取り出せず、前からクリーニングロッドを突っ込んで押し出そうとしたらさらに変形してロッドすら抜けなくなるという大惨事に見舞われました。たぶんアッパーレシーバー丸ごとお釈迦です。ナンマイダー・・・

センチュリーアームズ AKMS  (7.62X39mm)
米国製AKMSクローンで、セミオートのみです。思った以上にコントロールしやすく、パンパン気持ちよく撃てました。友達はこれをホームディフェンスに使っているので、弾が入った状態で枕元にむき身で置いてました。チャンバーには装填していませんが、なんか恐ろしかったです。

M70AB2 (7.62X39mm)
米国製クローンですがフルオートです。フルオートで撃つのは、そこまで苦ではありませんが、暴れちゃって的に当てるのは難しかったです。

G3A3 (7.62mmNATO)
メーカーを確認しませんでしたが、これもフルオート仕様です。せっかくなのでフルオートで撃ってみたら、もうコントロールするの全然無理。それに銃自体が重いので疲れちゃいました。

九九式短小銃 (7.7mm)
銃が軽いのでリコイルはそれなりにありますが、日本人向けの銃だけあって、苦ではありませんでした。ただ、ボルトの開け閉めは練習しないと難しく感じました。

M1カービン (.30カービン)
これが撃ってて一番楽でした。なんのストレスもなくパンパン楽しく的撃ちできました。

イサカ モデル37 (12ゲージ)
普通の猟銃がなんであんなに重いのかよく分かりました。こいつはショットガンとしては軽すぎて、撃つたびにチークが顔面に当たって殴られてるような痛さでした。もう撃ちたくありません。

バレット M82A1 (12.7mmNATO)
1000ヤード越えのレンジで撃てる田舎のお金持ち専用の銃ですね。普通のライフルの射程しかない場所では、全く無用の長物です。厚着していたので体は痛くなかったけど、撃った瞬間は、本当に脳が揺れて頭殴られてる気分。イヤーマフしてても目の前に雷落ちたみたいなドカーンという轟音で耳がキーンとします。あと地味にマガジンが入れ辛くて、毎回銃を立てて交換する必要がありました。


以下、僕は撃ってないけど、友人たちが撃っていたもの。写真が多くなりすぎるので名前のみ。
ベレッタ 92F (9X19mm)
グロック 19 (9X19mm)
FNH FNX-45タクティカル (.45ACP)
マカロフ (.380ACP)
トカレフ (9X19mm)
ウィンダムウェポンリー CF SRC (5.56mmNATO)
コルト AR-15A2 HBAR / Mk12 Mod1アッパーレシーバー仕様 (5.56mmNATO)
コルト ロウエンフォースメントカービン モデルLE6920 (5.56mmNATO)
ナイツ SR-15 E3 Mod 2 (5.56mmNATO)
ノリンコ MAK-90スポーター (7.62X39mm)
H&K XM8 (5.56mmNATO)
H&K MR762A1 (7.62mmNATO)
FN SCAR MK17 (7.62mmNATO)
デザートテック SRS-A1 (.300 Win Mag)
アキュラシーインターナショナル AWM / L115A3 (.300 Win Mag)


みんな大統領選前にヒラリー政権による銃規制強化を恐れて弾丸を買い溜めしてたけど、トランプが勝って規制される恐れがなくなったからと、気前よく弾を消費しまくってましたねぇ。12.7mmはさすがに高価なので自分たちで買って持参しましたが、.45ACPや5.56mm、7.62X39は山のように在庫があるから、好きなだけ使ってくれと言われました。なのでお言葉に甘えて、たんまり撃ってきました。


遊びとしては超楽しかったですが、一方で普段日本に住んでる身としては、民間人がこれだけの武器弾薬を所持し、外で好きなだけ撃ちまくれる社会に言い知れぬ違和感を感じたのもまた事実でした。
  


Posted by 森泉大河 at 15:49Comments(0)【アメリカ】銃器旅行・海外

2016年12月13日

鉛弾散布会


ジョージアからケンタッキーまで片道7時間車で往復。途中のマクドナルドの駐車場にて。


まさか普通のアウトドアショップで50口径が売ってるとはね。さすがアメリカ。
バレットから10発くらい撃ったら、軽い脳震盪になった。頭痛い。


クラス3(正しくはNFA対象)のアサルトライフルを山ほど持ってきてくれたケンタッキーの皆様。
この日は、半日ほどで2000発以上消費しました。それほど弾が安いんだそうです、この国では。


結論。運動不足って嫌ね。
単純に、重い物持ったせいで腕が疲れてプルプルしちゃう。僕にはM1カービンで十分ですわ。  


Posted by 森泉大河 at 00:58Comments(0)【アメリカ】銃器旅行・海外

2016年11月09日

ベトナム系市民から見たアメリカ大統領選

候補者がアレなのでいつになく注目されているアメリカ大統領選。
もう間もなく結果が出ますが、その結果を見る前に、アメリカ在住の友人たち(主にベトナム系アメリカ市民)の大統領選に関する言動をここ数か月間見てきたので、僕から見た彼らの考えをまとめてみます。

ベトナム系はトランプ派?ヒラリー派?】

在米ベトナム系コミュニティとして統一した意向は形成されておらず、アメリカ社会全体と同様に大きく割れています。


【トランプ派の人々】

かなり多く見受けられます。人数的には多数派かも。
現在アメリカに住む200万人のベトナム系市民の多くは、1975年以降ベトナム共産党政権から逃れて海外に脱出した難民とその家族であり、現在でも旧ベトナム共和国(南ベトナム)の軍・政府関係者がコミュニティの中心的存在となっています。
彼らにとってヒラリーのようなベトナム反戦運動を行っていたリベラルは、アメリカ軍をベトナムから撤退させ、共産主義陣営によるベトナム侵略を加速させた人々、つまり自分たちの祖国を蹂躙した勢力の一部と見なされており、非常に嫌われています。
ベトナムに従軍したアメリカ軍人の間でも、戦後も一部のリベラルによって軍人への誹謗中傷が続いたため、退役軍人アソシエーション(※日本では考えられないくらい強い政治力を持っている)では民主党などのリベラルを嫌う人が多く、保守的な共和党が強い支持を得ています。
また銃規制の面からも民主党を拒否する声を多く聞きます。オバマ政権から始まった銃規制強化は今後ヒラリーによってさらに強化されると予想されますが、規制への反対は国内の銃器・弾薬産業のみならず、普通のアメリカ市民の間でも広まっています。これはもちろんNRAら業界団体が規制を回避するため、高い犯罪発生率の中で市民の自衛手段だけが奪われるのでは、という不安を煽った結果ですが、それだけアメリカ市民にとって銃は身近な、そして切実な問題のようです。現にアメリカでは規制前の駆け込み需要によって銃器の売り上げがアメリカ史上最高を記録しており、僕の友人も規制の対象になりそうなAR-15用30連マガジンや5.56mmNATO弾を大量に買い貯めしていました。
まとめると僕の周りのトランプ支持派は、トランプ本人を支持しているというよりは、ヒラリーと民主党への反対を動機としている人が多いように見受けられます。
またトランプによる不法移民やイスラム教徒への誹謗中傷も、自分たちは正当な移民なので関係なく、むしろ社会が安全になるのなら多少の無茶も構わないといった感じでした。これは現在のアメリカ社会が抱える不安感を如実に表しているでしょう。


【ヒラリー派の人々】

ベトナム系でも若い世代の間ではヒラリー支持、と言うか反トランプ派が多く居ます。
理由は言わずもがな、あれほど下品で浅はかな人間をアメリカ合衆国大統領にするのはアメリカの恥であり、そもそもトランプは大統領候補として不適格だという見方です。彼のデマゴーグとしか言いようのない扇動的な言動は既にアメリア国内に大きな分裂をもたらしており、その上万が一大統領になろうものなら、アメリカの外交・内政は大混乱に陥る事が必至であるとしています。
また保守層から史上最悪と非難される民主党オバマ政権ですが、実際はこれまでになく失業率が低下しており、経済も一時期よりは回復。多くの犠牲者を出したアフガニスタン、イラク戦争からの撤退を実現するなど、(ヒラリー、トランプが嫌われ過ぎているので)オバマ大統領に対する前向きな評価は任期満了が近付くにつれて高まっています。ヒラリーも基本的にはオバマ政権の方針を引き継ぐと見られており、このまま経済を安定させる事に期待する人々は民主党政権の存続を望んでいます。
銃規制に関しても、これだけ銃犯罪や無差別テロ、子供による暴発事故が頻発している中で、誰でも弾薬を無制限に買え、犯罪歴さえなければ何丁でも銃を所有できる状況は、とても自衛のための必要最小限の武装とは言えず、規制反対は銃器産業と政治家の既得権益の保護でしかないという声も根強くあります。
まとめると、ヒラリー支持者は、まずトランプの人間性を大いに疑問視しており、トランプが大統領になった場合のアメリカの混乱と破滅を恐れている訳です。トランプ同様、ヒラリー本人も嫌われている事には変わりないですが、少なくともトランプよりはマシ、というのが穏健なアメリカ市民の見方のようです。



さて、この記事を書いている時点(日本時間11/9 13:00)での出口調査ではトランプ優勢。
マジかー。悪い冗談が現実になっちまうかも。

※追記
日本時間11/9 18:00現在、トランプ当選確実。あ~あ。

He Will Make America America Again.