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2018年01月06日

美作市のホーチミン像問題

 昨年11月、岡山県美作市が市の施設に設置したホーチミン像に、世界中から批判が殺到しています。

 もともと美作市では市内在住ベトナム人の増加に伴い、ベトナムとの交流事業を積極的に行っていました。

 しかしその一方で、美作市は軽率にもベトナム政府が寄贈したホーチミン像を受け取り、あろうことか同市の運営する美作博物館に「ベトナム・ホーチミン空間」なる展示を、市民の税金を使って設置してしまいました。


 外国の一政治家の像を市の公的な場所に設置する事については、美作市民の間でも疑問視され、市議会で質疑が行われるとともに、設置に反対する署名運動も美作市民によって行われました。

 しかし美作市はホーチミン空間の設置を強行し、市民の冷たい目線の中、完成式典が執り行われました。



 そして、その事がメディアで報じられると、日本を含む世界各地の在外ベトナム人から、落胆と怒りの声が上がりました。
 特にTrân Trọng氏が美作市長に送付した意見書はインターネット上で大変な反響を呼びました。そして彼に賛同する大勢の人々によって、美作市に対しホーチミン空間の撤去を要望するネット署名運動が開始されました。無論私も署名しています。
Change.org, Inc.: Protest against installing the statue of Ho Chi Minh at Mimasaka, Japan 

 この署名は開始から4日目の2018年1月6日現在で2100件以上に上っており、今後も増え続ける事が予想されます。ホーチミンに家族を殺され、故郷を失ったベトナム人は現在、ベトナム国外だけで300万人もいるのですから。
 以下、署名運動に当たって有志の方が日本語訳したTrân Trọng氏の手紙の全文です。

拝啓

 コミュニティ団体及び日本、オーストラリア、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スイス、米国に住むベトナム共産主義者からの難民団体を代表してお便りさせて頂きますことをお許し下さい。 
 私達は、日本とベトナムの人々の間の不朽の友情を願い、萩原市長ならびに美作市の人々にご挨拶を申し上げます。 
 私達は、メディア情報にて、2017年11月21日に、日本とベトナムの外交関係樹立45周年を祝う式典で、美作市役所はベトナム共産党の中央委員会のメンバーによるホーチミン主席の銅像の寄贈を受け入れて設置し、併せて「ベトナム・ホーチミン空間」が美作博物館に作られたことを知りました。

 私達は日本とベトナムの友情の絆を深めるあなた方の努力を称賛しますが、同時に、私達はあなた方のホーチミンに対する認識の再考を是非ともお願いしたいと思います。理由は以下の通りです。 
 私達は、ベトナムの歴史において、はるかに敬愛に値する適切な人物がいることを美作市の皆様にご理解を頂きたいと思います。それは、ベトナムの独立と維持の戦いの中で、13世紀にモンゴルの侵攻を3度破ったチャン フン ダオ、そして、15世紀に明の支配の駆逐に活躍したグエン トライのような方々です。彼等は、真にベトナム人が尊敬する人物です。 
 一方、ソ連で教育を受けたコミンテルンの幹部であるホーチミンは、ベトナム共産党を創設し、ベトナム人をスターリン主義の独裁政権の支配下に置くためベトナムに戻りました。1950年代に北ベトナムで行われたホーチミン主導のいわゆる「土地改革」において、何千人もの人々が「土地所有者」であるとの理由で虐殺されました。 
 1960年代と1970年代には、ホーチミンとベトナム共産党の首脳は、10年間に及ぶベトナム戦争の間にベトナム共和国 (南ベトナム) への侵略を開始し、国を荒廃させ、何百万人もの犠牲者を出しました。 
 日本人は、過去70年のベトナム共産党政権による政敵の暗殺、人権侵害、反政府派の虐待と投獄を許さないことを私たちは知っています。
 今日に残る恐ろしい記憶は、ベトナムの人々にこれらすべての残虐行為を招いたホー チ ミンに責任があるのです。 
 したがって、ホーチミンとベトナム共産党の犠牲者の名のもとに、ホーチミンの盛名に真っ向から異を唱えるとともに、ホーチミンの銅像と美作市博物館の「ベトナム ホーチミン空間」の撤去を切にお願い申し上げます。
 独裁と腐敗した共産主義政権の象徴である人物を讃えるよりも、ベトナム史上で敬愛される人物の展示こそが美作博物館の来訪者にふさわしいものと私達は確信しております。

私達は、萩原市長と美作市の人々の幸せを願っています。

敬具


 彼らにとって美作市は外国の行政機関なので、このような丁寧な言葉でお伺いを立てる形となっていますが、私は日本国民なので、率直に私の考えを述べさせていただきます。以下は、私が日本在住ベトナム人協会およびベトナム人権運動グループの友人たちに宣言した言葉です。

 ”私の意見では、美作市の行為は日本の恥であり、彼らの無神経さを悔しく思います。なので私はTrọng氏の手紙に100%同意しますし、その日本語訳版をブログに載せて日本の人にも知ってもらうようにしたいです。もし美作市に抗議するグループがあれば、私は何の躊躇いも無く協力させて頂きます。
 残念ながら日本では、左派だけに限らず、ほとんどの人々がベトナム共産党によるプロパガンダを60年以上に渡って信じています。それはベトナム共産党によって書かれたベトナム戦争の『解放』と『統一』のストーリーが、手軽に正義感を満たしてくれる『英雄的』で『感動的』なストーリーを欲していた日本国民の偽善的な欲求と合致してしまっていたからです。だからベトナム戦争時代、多くの日本人が『アメリカと戦うベトナムの民衆』を支持していました。
 しかし戦争が終わると、人々はベトナム国民への関心を失いました。それはベトナムに『感動的なストーリー』としての利用価値が無くなったからです。そしてそれ以来、彼らはベトナムを単に『学生時代の反戦運動の良き思い出』として見るだけで、現実のベトナムに目を向ける事はありませんでした。
 私は一日本国民として、日本とベトナムの関係がこのような状態である事を本当に残念に思います。同時にこの悔しさは、この状況を変えたいという私の原動力でもあります。”

 美作市に悪意があったとは思いませんが、その行為はあまりに軽率であり、多くのベトナム人の感情を傷つけるものであった事は間違いありません。美作市は交流事業による利益目当ての大使館や事業者ではなく、彼らの一般市民の声を真摯に受け止め、早急に展示を取りやめるべきだと考えます。