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2016年04月30日

2016年の『30-4』

過去の記事

41年前の今日、1975年4月30日。
ベトナム共和国の首都サイゴンがベトナム人民軍の侵攻の前に陥落し、15年間続いたベトナム戦争が終結しました。
総犠牲者数700万人以上と言われるこの戦争は、ベトナム共産党(当時はベトナム労働党)のテーゼ通り南北ベトナムの統一という形で幕を閉じ、現在もなおベトナム政府によって『侵略者アメリカとその傀儡政権からベトナム人民を救った英雄的偉業』と喧伝されています。
しかし1975年以降、戦争に勝利たベトナム共産党によって強行された一連の『解放』によって100万人を超える難民が発生し、ベトナム民族に新たな分断をもたらす結果となった事実は、日本ではあまり知られていません。
実際には、日本には1975年から1980年代にかけてボートピープルと呼ばれるベトナム難民が多数入国しており、その内約1万人が日本に定住しています。
その一方で、戦争当時ベトナム反戦運動で勝手に盛り上がっていた日本社会は、彼らが何故戦争の最中ではなく、終戦後の『平和になったベトナム』から逃げ出さざるを得なかったのか理解に苦しみ、そしてあれだけ声援を送っていたベトナム人民に対し急に冷淡な目を向けるようになりました。
中には、「ベトナム難民などアメリカの傀儡として人民を苦しめてきた圧政者の家族なのだから苦しんで当然」と公言する元反戦運動家も居たといいます。
それは極端な例だとしても、日本における一般的なベトナム戦争に対する理解は、ほとんど当時のメディアによる(アメリカ批判に終始した)戦争報道で終わってしまっていると言えるでしょう。

私の友人のある在日ベトナム難民二世の青年は、私にこう言いました。

「日本でベトナム戦争と言うと、アメリカとベトナムの戦争だと思われてるんですよね。。。日本は親越なのになんでですかね?」

私「日本人はベトナムが大好きだよ。日本では右翼も左翼も、アメリカを非難するためにベトナム人の死を利用し、韓国を非難するためにベトナム人の死を利用し、中国を非難するためにベトナム人の苦難の歴史を利用しているんだもん。日本人は、そういう利用価値がある国を『親日』と呼んで大好きになるんだ。」

彼「ああ、なるほど・・・」

私「あ、もちろん右翼連中は第二次大戦中に日本軍の軍政下で百万人のベトナム人が餓死したなんて話は無かった事にしているから。むしろ日本兵はベトナム独立戦争に協力してやったんだから感謝しろって言ってるよ。そしてそれに同調しない外国人は『反日』だから人種差別の対象さ。君も気をつけないと、馬鹿どもに『反日外国人』として嫌がらせされるよ

彼「本当にあの人たちすごいですよね・・・(呆れ顔)」



私がベトナムという国の歴史に興味を持って十年ほどが過ぎましたが、こうして生でベトナム人と接する機会が増えた(ネットを含めると日本人よりベトナム人と話す機会の方が多いかも)ことに、不思議な縁を感じずには居られません。
先日は、『映画『記憶』:共和国兵士三世の視点で』で紹介したハウ・ルック君が、実は僕の友達の日本在住ベトナム人S君と、ベトナムの中学校で同級生だったことが発覚しました。僕もルックも、それを聞いてびっくら仰天。
なんでも子供の頃は家が近所で、よく一緒にTVゲームをして遊んでいたそうです。そんな二人が中学卒業後離れ離れとなり、それぞれアメリカと日本に渡って生活している中で、別々に日本に住む私と友達になり、その縁で10年ぶりに同級生と再開するという。なんという偶然。世界狭すぎだろ・・・。

↑ハウ・ルック監督作品『記憶』の予告編ロングバージョン公開されてます。



そして今日は、4月30日だからって理由ではありませんが、都内某所のベトナム料理レストランにお邪魔してきました。
ホア少尉の戦友で、元CCN RTダコタ所属のフォー・ズン氏から、「私の妹が日本でレストランやってるよ!」と連絡があったので、妹さんに連絡を取ってランチを食べに行ってきました。
まぁお店は普通の飲食店だし、妹さんは戦後生まれなので戦争の話なんてしませんでしたが、日本に来る前はアメリカに住んでいたためホア少尉とも親しく、共通の友人を介してこうして日本でお会いできた事をとても嬉しく思います。
また今日・明日はお店として熊本地震へのチャリティーを行っており、売り上げは全額熊本県へ寄付されると言う事で、普段ケチな僕も奮発して1500円のランチを頂きました。
僕は、2011年の東日本大震災の時も在日ベトナム人の皆さんが、自費で日本を応援する横断幕をつくり、ベトナム人コミュニティーの間で募金活動する様子を取材してきましたが、今回もまた暖かなお心遣いを頂き、日本人として感謝の念にたえません。


Cam ơn rât nhiêu!





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