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2017年08月01日

B-53とワン・ゼロ・スクール

先日、MACV-SOGの"ワン・ゼロ・スクール"を運営していたのはグリーンベレーのB-53分遣隊だったのか?というご質問を頂いたので、こちらで僕の認識を述べさせていただきます。

結論から言いますと、そう考えて差し支えないと思います。
まず、1964年の創設から1972年の活動終了まで、MACV-SOG全体としての役割は基本的に、ベトナム共和国軍の特殊作戦機関であるNKT(英略称STD)への支援業務であったため、作戦計画や組織の運営はSOGの各部署が担っていましたが、SOG所属のアメリカ兵のほとんどは司令部で勤務しており、前線に出撃する事はありませんでした。
ただしSOG Ground Studies Group (SOG-35)が1965年に開始したOP-35(作戦計画35)による偵察作戦だけは、NKT連絡部コマンド雷虎(英名: SCU)で構成されたチームのリーダー(One-Zero)をアメリカ兵が務める米越合同のC&C部隊によって実施されました。このOP-35/C&C部隊には、作戦開始当初から5th SFG B-53分遣隊のメンバーが参加しており、その後もB-53がC&Cの中心的な役割を担ったようです。
また同時に、NKT雷虎隊員へのSOG偵察訓練も、1965年以降B-53によってキャンプ・カムドク(Camp Kham Duc)で行われていました。後にサイゴン東部ロンタンに雷虎を含むNKTの各コマンド部隊への訓練を行うNKT訓練センター"クェッタン/イェンディ"(米軍名称: キャンプ・ロンタン)が創設されると、イェンディ/ロンタンはSOGの訓練・教育部門であるSOG-38が所管・管理していきますが、その訓練センターでインストラクターを担ったのもB-53でした。
その後、プロジェクト・オメガやシグマ、マイクフォースの一部がC&C部隊に統合され作戦の規模が一気に増大すると、元からいた各Bチーム隊員だけではC&C部隊を指揮するアメリカ兵が足りなくなったため、B-53はカムドクにおいて、新たにC&C部隊に補充されたグリーンベレー隊員向けに、チームリーダーとしての技術を教育する偵察訓練コース"One-Zero Reconnaissance Training Program"を開始します。これがワン・ゼロ・スクールと呼ばれる訓練になります。
このように当初OP-35/C&C部隊の主体だったB-53は、作戦の規模拡大に伴い、SOG-38の指揮下でその技術をNKT・C&C所属者たちに教育するインストラクター部隊へと変貌していったと考えられます。
なお、ワン・ゼロ・スクールは当初カムドクで行われていましたが、1968年のテト攻勢によってキャンプ周辺が戦闘地域と化し訓練が続行不可能となったため、1968年後半以降はロンタンのNKT訓練センターイェンディに統合され、キャンプ・カムドクは放棄されました。

▲MACV-SOG組織図に見るSOG-38とB-53の関係 ※クリックでチャート全体を表示
画像: NKTベテラン Pham Hoa氏のブログStrategic Technical Directorateより(http://historynkt.blogspot.jp)


イェンディNKT訓練センター(キャンプ・ロンタン)で教官を務めるB-53隊員と、訓練を受講するNKTコマンド隊員たち

▲同訓練センターでワンゼロ・スクール(ワンゼロ偵察訓練プログラム)を受講するCCC所属のグリーンベレー隊員たち


▲こちらのSOGベテランのサイト(http://www.macvsog.cc/sog_training.htm)には、ワンゼロ訓練プログラムにおける偵察訓練作戦中に、実際に敵に遭遇してしまい戦死した3名のアメリカ兵の名前と所属が掲載されていますが、B-53所属者はインストラクター、CCC所属者は生徒と記載されています。

まとめると、(1973年の米軍撤退完了まで)B-53分遣隊はSOG-38が所管するNKT訓練センターにおいて、訓練全般のインストラクターを担っており、その中にワン・ゼロ・スクールも含まれていた、と考えられます。

なお参考までに、空挺レンジャー(Airborne Ranger)という言葉は、広義にはNKTを含めた特殊部隊全体を指す場合もありますが、狭義の部隊名としては、プロジェクト・デルタの中核を成したベトナム陸軍特殊部隊(LLDB)第91/81空挺コマンド大隊のみを指します。
その場合、訓練はB-53が担当するロンタンのNKT訓練センターではなく、B-51が担当するニャチャンのドン・バ・ティンLLDB訓練センターで実施されていました。

以上が、現在の僕の認識です。今後新たな資料によって間違いが見つかるかもしれないので、その際は記事を訂正しますのでお許しください。
もう一点質問を頂いているB-57/プロジェクト・ガンマについては、また後日記事にさせて頂きます。もう少々お待ちください。





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