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2018年12月18日

空軍付き憲兵隊

 ベトナム共和国軍の軍警隊(Quân Cảnh, 通訳「憲兵」)は米陸軍のMilitary Policeや自衛隊の警務隊とは異なり、総参謀部直属の憲兵隊本部が陸海空軍海兵隊の全軍を管轄としており、その隷下の各憲兵大隊や中隊が各軍管区や部隊に配置されていました。
 その中で、空軍に配置されていた憲兵隊としては第203憲兵中隊(ĐĐ203QC)が知られており、退役軍人協会の公式サイトにもそのように記載されています。
Quân Chủng Không Quân QLVNCH: ĐĐ203QC
(ベトナム共和国軍空軍: 第203憲兵中隊)

 しかし当時の写真を調べていくと、空軍付き憲兵隊が使っているヘルメットの側面の番号には、ĐĐ203QCを示す203だけでなく、233や105など複数のパターンが見られる事が分かってきました。特に105については、これまで知られていた情報では、ĐĐ105QCは陸軍第5歩兵師団に配置されているはずであり、なぜ空軍に105という番号が見られるのかも謎でした。


▲203の例 空軍司令部(タンソンニュット基地)にて


▲233と思しき例 タンソンニュット基地にて

 
▲105の例 タンソンニュット基地にて

ただし、先の退役軍人協会サイトには、部隊名は203としか記載されていなかったものの、以下のような但し書きも添えられていました。
Trong thời chiến, KLVNCH có sáu (6) Sư đoàn Không quân, mỗi SĐKQ-KLVNCH có 1 Đại Đội QC trực thuộc.
(戦時中、ベトナム空軍は6個の空軍師団を有しており、各空軍師団に一つずつ憲兵中隊が配置された。)

これについて他の研究者の方々にも意見を伺ったのですが、なにぶん資料不足で明確な答えは出せずにいました。
ところが先日、日本に住んでいる僕の知り合いの元ベトナム共和国軍人のおじさん、ディェップ一等中士(Trung Sĩ Nhất Diệp)が、まさにその空軍付き憲兵だった事を知りました。ディェップさんが憲兵だったのは以前から知っていましたが、まさか空軍付きというレアな所属だったとは思いもよりませんでした。
せっかくなので詳しくお話を聞かせて頂いたところ、いままでほとんど謎だった空軍憲兵の全体像が明らかになってきました。その結果をまとめたのが下の票になります。


今まで知られていなかった重要なポイントとしては、空軍付き憲兵隊には三つの時期があったという点です。

第1期:1960年代初頭から1965~1967年頃*
ĐĐ203QCが発足し、空軍唯一の憲兵中隊として空軍全体を担当した。

第2期:1965~1967年頃*から1970/1971年
各空軍基地に新たに組織された憲兵中隊が配置され、ĐĐ203QCは解散した。新しい憲兵中隊はそれぞれの基地に本部を置く戦術航空団(Không Đoàn Chiến Thuật)の番号を由来とする中隊番号が与えられた。
ダナン - KĐ 41 CT - ĐĐ 241 QC
ニャチャンおよびプレイク** - KĐ 62 CT - ĐĐ 262 QC
ビエンホア - KĐ 23 CT - ĐĐ 223 QC
タンソンニュット - KĐ 33 CT - ĐĐ 233 QC
カントー - KĐ 74 CT - ĐĐ 274 QC

*ディェップ氏は、この最初の改編が行われた時期については自分が入隊する前だったため詳しくは知らないが、遅くとも1968年のマウタン(テト攻勢)が始まった時点では改編は完了していたため、恐らく1965~1967年頃だったろうと述べている。

第3期:1970/1971年から1975年
ベトナム空軍が1970年から1971年にかけて、戦術航空団を統括する空軍師団(Sư Đoàn Không Quân)を発足させたことに伴い、各基地の憲兵中隊は、それぞれの基地に本部を置く空軍師団の番号を由来とする中隊番号に改称される。
ダナン - SĐ 1 KQ - ĐĐ 101 QC
ニャチャン - SĐ 2 KQ - ĐĐ 102 QC
ビエンホア - SĐ 3 KQ - ĐĐ 103 QC
カントー - SĐ 4 KQ - ĐĐ 104 QC
タンソンニュット - SĐ 5 KQ - ĐĐ 105 QC
ただしSĐ 6 KQ本部が置かれたプレイク基地だけは、ĐĐ 262 QC**からの改編が遅れており、1975年中にĐĐ 106 QCへの改編が予定されていたが、その前に敗戦を迎えた為、最後までĐĐ 262 QCのままであった。
また1970年代初頭には、アメリカ軍の撤退に伴い、複数の基地がアメリカ軍からベトナム側に返還された。その中で、チャノック基地についてはカントー基地からすぐ近くに位置していたため、カントーのĐĐ 104 QCがチャノックも併せて担当した。一方、ファンラン基地は他の基地から離れていたため、空軍師団には無い番号であるが、ファンラン担当として新たにĐĐ 107 QCが発足した。

**他の研究者との討論の中で、プレイク基地には第72戦術航空団本部が置かれており、プレイクの憲兵は262ではなく272だったのではないかと指摘いただきましたが、今回証言を頂いたディェップ氏ははっきり「第262憲兵中隊がニャチャンとプレイクの両方を担当していた」と述べており、現状ではそれを覆すほどのエビデンスは確認できていません。

また70年代に米軍から引き渡されたビントゥイ、ソクチャン、フーカット、トゥイホアおよびカムラン基地の憲兵隊については特に情報はありませんでした。

なお証言者であるディェップ一等中士の軍歴は以下になります。
1969年、兵卒としてベトナム空軍に入隊。ニャチャン基地の空軍訓練センターで基礎教育を修了。
憲兵隊に進み、ヴンタウの憲兵学校を修了。
1970年、タンソンニュット基地の第233憲兵中隊に配属。
第233憲兵中隊が第105憲兵中隊に改称。同部隊で勤務。
1972年、ファンラン基地の第107憲兵中隊に転属。1975年まで同部隊で勤務。

▲第105憲兵中隊時代のディェップ氏 (1970-1972年頃)
Mr. Diep when he belonged to ĐĐ 105 QC (1970-1972)


The other day, Sergeant First Class Diep Ngo told me again and he gave me a lot of infors this time. As far as his memory, the following table lists the QC units attached to VNAF.
QC units in VNAF had three periods.

1st period: From 1960s early to circa 1965-1967*.
ĐĐ 203 QC took charge of all VNAF units as the only of the QC Company attached to VNAF. 

2nd period:From circa 1965-1967* to circa 1970/1971.
ĐĐ 203 QC was dissolved, and new QC Companies were established at each Air bases. Those new QC Companies were named from the numbers of each Tactical Wings (Không Đoàn Chiến Thuật) of Air Force placing at those Air bases. 
Đà Nẵng - KĐ 41 CT - ĐĐ 241 QC
Nha Trang and Pleiku** - KĐ 62 CT - ĐĐ 262 QC
Biên Hòa - KĐ 23 CT - ĐĐ 223 QC
Tân Sơn Nhứt - KĐ 33 CT - ĐĐ 233 QC
Cần Thơ - KĐ 74 CT - ĐĐ 274 QC
*He don't know well when this first changing of unit designations done, but he can say it was already done by the Tet Offensive at the latest.
**KĐ 72 CT was in Pleiku, so 272 sounds more natural than 262 for Pleiku. But he surely told me that 262 used to take charge of both air bases, Nha Trang and Pleiku. If 262 in Pleiku was just a mistake of 272, he wouldn't say me "both". However, I don't have an evidence except his testimony. I wish we find some more evidence.

3rd period:From circa 1970/1971 to 1975.
VNAF established Air Divisions (Sư Đoàn Không Quân) in 1970 to 1971, and each QC Companies were renamed from the numbers of each Air Divisions.
Đà Nẵng - SĐ 1 KQ - ĐĐ 101 QC
Nha Trang - SĐ 2 KQ - ĐĐ 102 QC
Biên Hòa - SĐ 3 KQ - ĐĐ 103 QC
Cần Thơ - SĐ 4 KQ - ĐĐ 104 QC
Tân Sơn Nhứt - SĐ 5 KQ - ĐĐ 105 QC
*ĐĐ 262 QC (SĐ 6 KQ at Pleiku) was planned to change its unit designation to ĐĐ 106 QC in 1975, but the war was over before done it. 
Additionally, some air bases were returned from US to Vietnam in early 1970s.
Tra Noc AB was located close to Cần Thơ AB, so ĐĐ 104 QC took charge of Tra Noc too.
On other hand, there was no QC unit which could take charge of Phan Rang AB, so ĐĐ 107 QC was established as a new company.
His memory is limited, he didn't tell me about Bình Thủy, Soc Trang, Phu Cat, Tuy Hoa and Cam Ranh so far.

(Source) Mr. Diep Ngo, Sergeant First Class of QC, served in 1969-1975

  


2017年06月05日

QC/軍警隊


※2017年6月6日訂正・追記

もう3年も前の記事ですが、ヘルメットと腕章の訂正・補足です。
ベトナム共和国軍の"Quân Cảnh"について、当時分からなかった事が分かってきたので、新たに記事にします。

その前に、僕は今まで慣例通りQuân Cảnhを"憲兵"と日本語訳してきましたが、ちょっと表記を改めようと思います。
実はベトナム共和国には1950年代に、フランス国家憲兵隊(Gendarmerie nationale)に倣った軍事警察組織"ベトナム国家憲兵隊(Hiến Binh Quốc Gia)"が存在しており、その"Hiến Binh(HB)"の漢字表記は"憲兵"でした。一方、国家憲兵隊の下部組織として1955年に発足し、1961年に共和国軍内の独立した兵科に昇格した"Quân Cảnh(QC)"の漢字表記は"軍警"です。
国家憲兵隊が一般人も対象とした犯罪捜査を行う司法機関だったのに対し、QCはあくまで軍内部の秩序維持を第一義とした組織であり、その性格は全く異なるものでした。
従って国家憲兵QCを混同するのはよろしくないため、今後はQCを"軍警"と表記していこうと思います。
(ただし軍警隊には1966年に犯罪捜査を行う軍警司法中隊が発足し、過去の国家憲兵としての役割も復活させます)


以下、現在手元にある情報をまとめた軍警科(Binh chủng Quân cảnh)部隊の一覧です。


出典:
Gia Đình Mũ Đỏ Việt Nam "Huy hiệu Binh Chủng Quân Cảnh"
その他ベテランの証言より


当時の軍警隊の写真からはXIやXIVなどのヘルメットマーキングが見てとれるので、少なくとも軍警大隊は第14大隊まで存在しているだろうと予測はしていましたが、それらが具体的にどこを所管している部隊なのかは長年さっぱり分からないままでした。それがようやく分かってホッとしています。

▲フーコック島の共産軍捕虜収容所(Trại giam TBCS / Phú Quốc)を運営する第14軍警大隊


ちなみに現在の社会主義ベトナムでは、これらの捕虜収容所では軍警によって日々残虐な拷問が行われていたと宣伝され、歴史資料館にはご丁寧に実寸ジオラマまで展示されていますが・・・



世界中のメディアが特ダネ求めてスキャンダルを嗅ぎまわり、赤十字国際委員会も常駐してジュネーヴ条約履行を監視している中で、どうやってそんな事が行えたんですかねぇ?


むしろ西側諸国で反戦(と言う名の反米・親共)運動が盛り上がる中で、ベトナム共和国政府は捕虜に対しこれでもかと医療、教育、職業訓練、クリエーションなどの手厚い待遇を施し、それを国際社会に示して自らの正当性をアピールするのと同時に、共産軍兵士の戦意を削ぐ心理戦術として活用していました。



 


写真: flicker "Trại tù binh Phú Quốc 1973", By: manhhai 

もちろん、これらの写真だけでは捕虜虐待が無かった証拠にはなりませんが、少なくとも共和国軍政治戦総局が1963年より実施している『チューホイ(Chiêu Hồi)計画』では、実際にこれら厚遇を受けた多数の捕虜が政府側に転向し、ラジオ放送や伝単などを通じてベトコン側に投降を呼びかけた事で、1971年の時点で累計17万人以上のベトコン兵士が脱走・投降してサイゴン政府側に寝返っています。
参照: Psywarrior, "THE CHIEU HOI PROGRAM OF VIETNAM", by SGM Herbert A. Friedman (Ret.)

戦わずして敵兵力を十数個師団分削る事が出来る訳ですから、こんなにコストパフォーマンスの高い戦術は他にはなく、ベトナム共和国政府・軍はこの政策を本気で行っていた事は確かだと考えます。
  


Posted by 森泉大河 at 23:10Comments(0)1954-1975QC/軍警隊組織・編成

2014年06月05日

ヘルメットと腕章

先日、南ベトナム軍の軍犬隊(QK)の腕章を入手したので、ついでに軍犬隊同様、部隊専用のヘルメットマーキングと腕章を着用する部隊をまとめてみました。

まずは言わずと知れた


軍警隊(Quân Cảnh, QC)

第2軍警大隊に逮捕される兵士(恐らくCIDG)


軍警隊はその名の通り軍の規律を監督する部隊で、また国家警察と共同で後方地域の保安・治安任務にも当たりました。
軍警隊司令部は総参謀部の直下に置かれ、各部隊の命令系統から独立した機関でした。
軍警隊は軍管区ごとに各1個大隊が配置され、I~IV軍団(軍管区)は第1~4軍警大隊が、首都特別管区は第6軍警大隊が担当しました。また、第5軍警大隊は即応予備部隊として要請に応じ全国に派遣されました。
同時に、各歩兵師団や海軍、空軍などには専属の軍警中隊(もしくは分遣隊)が常駐します。
この他、軍警隊は全国に5ヶ所の捕虜・共産兵収容所を運営していました。(ベトコンは外国軍ではなく国内のテロリスト・政治犯なので捕虜ではなく犯罪者と扱われるが、一般犯罪者とは区別され軍警隊が管理する)

※2017年6月5日修正
こちらに新たに入手した資料も交えた部隊の一覧を掲載しました。

ちなみに軍警隊の採用基準は身長168cm以上、体重65~70kgの範囲内と、当時のベトナム人としてはかなり大柄な(かつ太ってはいない)人しか入れませんでした。


※2019年10月9日訂正

軍犬隊(Quân Khuyển, QK)
軍規員(Quân Kỷ, QK)

ヘルメット・腕章に"QK"と入る部隊は軍犬隊ではなく、同じくQKと略す軍規員(Quân Kỷ)という職種でした。
軍法に則り捜査・逮捕権を持つQC(軍警隊)ほど強い職権を持つ組織ではなく、隊内の秩序維持を担う風紀委員的な役割の隊員だったそうです。


ヘルメットのペイントや腕章は知っての通りアメリカ陸軍憲兵隊(MP)から影響を受けたものですが、南ベトナム軍では軍警隊に限らず、その他の警務・保安系の部隊でも使われていました。
その一つが軍犬(軍用犬/K-9)部隊です。軍犬隊も軍警隊のようにヘルメットにQKのペイントや腕章を使っていますが、
軍警隊の配下というわけではなく、国防省内の軍犬課(Nha Quân Khuyển)という部署が所管する独立した組織です。
部隊としては軍犬訓練補充センター(Trung tâm Huấn luyện và Bổ sung Quân khuyển)と各軍犬センター(Trung tâm Quân Khuyển)から構成されており、軍用犬・調教師の育成と共に、各部隊・軍警・警察の軍犬担当者への教育も行っていたようです。

▲そしてこれが今回入手したQKの腕章。僕は犬が好きなので、南ベのワンちゃんグッズとして買いました。
僕はあまり保安系部隊のグッズを集める気はなかったのですが、QKなら軍犬隊そのものに所属していなくても、各部隊の軍犬部隊という事でQKの腕章を付ける事は有り得そう。
つまり腕章さえあれば、ヘルメットとか革のベルト一式とか用意しないでも、手持ちの服に付けるだけででお手軽にコスプレできるんじゃないか?という淡い期待で購入w



統制員(Kiểm Soát, KS)


『統制』とは軍警や軍犬のように独立した部隊ではなく、軍隊の指揮系統において作戦の遂行を監視・監督する役職の事で、アメリカ軍で言う"Control"に当たります。
南ベトナム軍はもともとフランス軍の一部であったため、1950年代まで軍の指揮システムは完全にフランス軍のスタイルを引き継いだものでした。
しかし60年代に入りアメリカによる援助が本格化すると、南ベトナム軍はアメリカ軍との共同作戦を念頭に置き、軍事指揮システムを細部に至るまでアメリカ軍式(つまりNATO軍標準システム)に変更、統一化を目指すようになります。
この統制員も、そうしたアメリカ軍式指揮システムの導入によって生まれた部署ではないかと推測しています。



国家警察 警ら隊(Tuần Cảnh, TC)



左端の『TC』と書かれたヘルメットを被る二人は、一見上で紹介した軍の保安部隊と同じように見えますが、実は彼らは軍人ではなく警察官です。
よく見ると肩の階級章や右袖の分署パッチからも彼らが警察官だという事が分かります。
国家警察の中で軍隊っぽい見た目の部署と言うと『野戦警察(CSDC)』が有名ですが、他にも『河川警察(GC)』などは出動時は野戦服をメインに着用しており、TCもまた軍の軍警隊と共に都市部の治安任務にあたる武装警ら隊と言ったところのようです。



保安隊(An Ninh, AN)


まだ正確な情報は得られていないのですが、恐らく基地警備を行う保安隊だろうと思われます。
軍法に基づき司法・捜査権を持つ軍警隊とは異なり、保安隊は純粋に基地内外の警備を任務としていたようです。

※2017年6月6日訂正
正しくは、保安隊は政治戦総局軍事保安局(Cục An Ninh Quân Đội)に所属する防諜部隊で、軍内部のスパイ摘発などを任務とする内務調査部隊でした。



騎兵科(Kỵ Binh, KB)



保安部隊だけでなく、兵科部隊も儀仗の際に部隊ペイントが施されたヘルメットを使っていたようです。
横のラインが騎兵(機甲)科のイメージカラーであるブルーになってますね。腕章は見られません。
ただし、僕が見たことあるのは騎兵だけで、他の兵科でも同様に使われていたかは未確認です。



教育隊 / 軍事教育総局(Tổng Cục Quân huấn) 

▲ヴァンキェップ国家訓練センター(Trung Tâm Huấn Luyện Quốc Gia Vạn Kiếp)の職員

『軍事教育総局』は士官学校を含む各種学校・訓練センターを所管する国防省・総参謀部の部局で、要は教育隊の教官・助教・職員です。
これら教育隊(一部の学校で学生も)では、学校ごとに独自のマーキングのヘルメットが使用されました。ただし教育隊も腕章は付けません。
南ベトナム軍の教育隊は一般兵が訓練を受ける国家訓練センターだけで全国に9ヶ所、士官学校(軍医・政治戦・警察含む)が全軍で8校、その他各種兵科学校や軍事(指揮幕僚)大学、語学学校など多数あるので、個々の解説はまたの機会に。



よく分からない部隊


右の二人は正面の文字が見えず正体不明。緑色っぽいラインが入っていますね。
部隊章は『首都特別管区隊』に見えなくもないんだけど、なんか違う気もする。
側面の文字は普通、その部隊の中での部署を示すので、"BT"と略す部署もしくは地名だと思いますが、それが何なのか思いつきません。

※2017年6月6日訂正
キャプションにファンティエットでの撮影とある事から、BTは同市を省都とする『ビントゥアン省』の略と思われると、情報を頂きました。恐らくそれで間違いなさそうです。ただし、地名が分かっただけで具体的にどういう組織なのかは依然不明なので、引き続き調べていきます。


PV(空軍?)


これははっきり"PV"と書いてあるけど、何の略なのかさっぱり不明。ただし、胸に空軍を示すパッチが付いています。
隣にいる軍警も胸に空軍パッチを付け、ヘルメットの側面にも20~という部隊番号が見えるので、この軍警は空軍に派遣された第203軍警中隊という事が分かります。
と言う事は、一緒に写っているこのPVは、空軍側の保安要員とか?
今後も調べていきたいと思います。

※2017年6月6日訂正
PVは『防備(Phòng Vệ)』の略で、空軍基地の地上警備隊であるとの情報を頂きました。なるほど~
  


2014年02月08日

レアな写真

南ベトナム陸軍の各歩兵師団には師団直属の偵察中隊が存在しましたが、空挺師団(※)にも各旅団ごとに1個中隊ずつ、計3つの空挺偵察中隊(空挺LRRP)がありました。
※『空挺師団(Sư Đoàn Nhẩy Dù)』は固有の部隊名であって、第○と師団番号は付かない

▲空挺偵察中隊の部隊章(全中隊共通)

このパッチのリプロ品は持ってるんですが、肝心の当時使われていた写真を見た事が無かったんです。
それが最近ようやく見つかりました。
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