カテゴリ
News! (93)
銃器 (60)
映画 (19)
音楽 (16)
言論 (32)
民生 (3)
阮朝 (2)
人物 (32)
式典 (3)
BB/歩兵 (29)
ND/空挺 (47)
KB/騎兵 (9)
PB/砲兵 (3)
TT/通信 (3)
QV/輸送 (2)
HQ/海軍 (9)
KQ/空軍 (10)
QY/衛生 (1)
QC/軍警 (6)
軍犬隊 (1)
FULRO (11)
デガ (25)
モン族 (15)
ヌン族 (10)
本土軍 (2)
コマンド (10)
SDECE (3)
1914-1918 (2)
1918-1939 (8)
1939-1945 (22)
1945-1954 (87)
1954-1975 (463)
1975-1989 (19)

2015年04月30日

30-4-1975 40年



去年の記事も参照 『黒い4月』サイゴン陥落の日

30-4-1975 40年

本日、ベトナム共和国の首都サイゴンが陥落し、ベトナム全土がベトナム共産党の支配下に墜ちた国恨(Quốc Hận)の日』から40年が経過しました。
終戦40周年に際し、元ベトナム共和国軍ファム・ホア少尉が英国BBCのインタビューに答えています。

30-4-1975 40年
BBC Vietnamese 4月24日(4月25日編集)
1975年までベトナム共和国軍コマンド部隊に所属していた元兵士はBBCのインタビューに対し、サイゴン陥落に至った大きな要因として、同盟国の撤退を挙げた。特殊部隊将校ファム・ホア氏は1972年の『燃える夏(イースター攻勢)』から軍務に就いている。

 「あれは私の人生の中で、短くも壮絶な日々でした」

 ホア氏が語ったところによると、1975年4月29日、彼の部隊はフーコック島への移動を命じられたが、それが首都陥落に伴う脱出とは知らなかったという。そして翌4月30日には、避難民は『ほとんどパニック状態』に陥っていたと語る。

 「これから海外でどうやって生きればいいか分からない。言葉も分からない。誰の助けも無い。国が無くなってしまったのだから、国籍すら無くしてしまった。本当に全てを失ったのです。」

 続けてホア氏は語った。

 「私のような若い将校のほとんどは、アメリカからの支援が無くなった事で南ベトナムが滅びるなどとは考えもしませんでした。」

 なぜ南ベトナム軍は北ベトナム軍に敗れたのか?という問いにホア氏は以下のように答えた。

 「今日では、それが同盟国の支援に左右されていた事は誰の目にも明らかです。敵は共産圏、つまり中国、ソビエト、チェコスロバキア、東欧諸国、東ドイツからの支援を受けていました。世界中の共産陣営がアメリカを叩くためにベトナムの戦場に手を伸ばしていたのです。アメリカが撤退した後、ベトナム共和国一国でどうやって全世界の共産国家を相手にできますか?」

 戦争で最も記憶に残っている事は何か尋ねたところ、ホア氏は1974年に自分の部隊と遭遇し、戦死した北ベトナム兵から回収した手紙を読んだ時だと語った。

 「あの兵士は、自分は死ぬと分かっていたから、故郷の母と恋人に向けた手紙に、わざわざ我々南の兵士に向けたメッセージを書いたのでしょう。私はあの手紙に書かれた北ベトナム兵の思いを一生忘れる事ができません。」

その手紙にはこう書かれていたという。
 
『南部人へ。私達北の人間は、この戦争にとてつもなく大きな代償を払い続けています。これはベトナムという国にとって不幸でしかありません。だからもしあなたが北ベトナム兵と戦う事になっても、憎しみ合う必要はありません。我々はお互いに、自らの義務を果たす一人の兵士に過ぎないのです。  ―――南ベトナム軍の兄弟達、私達は君たち兵士を恨んではいません。君たちもまた、ベトナムの南北分断によって、南側としての犠牲を強いられている同胞なのですから』

ホア氏は最後にこのように語った。

「今のベトナムは、我々ベトナム共和国が願った姿、そしてあの北ベトナム兵が願った祖国の姿、そのどちらでもありません。」

 ホア少尉は40年経った今も、軍人として祖国を守れなかった悔しさと、そして自ら手にかけた北の兵士の言葉の重みを背負って生きておられます。この思いは彼一人だけではありません。サイゴン陥落時および終戦後海外に脱出した200万人を超える在外ベトナム人、そして現在もベトナム国内で暮らす大勢の人々が同じ思いを持って生きています。彼らは、ベトナム共産党政権が求心力を維持するため40年間続けてきた『解放戦争』の賛美と旧政権への憎悪を煽るプロパガンダがベトナムの将来の為にならないことを知っています。そして過去の遺恨を乗り越えベトナムが真に平和で豊かな国家となる為には、現在の独裁政権による恐怖政治を終わらせなければならないと訴え続けています。こうして遠く離れた国で彼らの声を聞く私も、いつの日かベトナムが、彼らの願う自由で平等な国家へ生まれ変わる事を心から祈っています。

4月30日。それは単に旧政権が崩壊した日というだけではなく、人間として当然保障されるべき自由と人権を求める、ベトナム民族にとっての挑戦の日でもあるのです。

ベトナム ハイフォン
30-4-1975 40年


アメリカ ワシントンDC
30-4-1975 40年 


カリフォルニア州サンディエゴ 空母ミッドウェーミュージアム
30-4-1975 40年 


カリフォルニア州ガーデングローブ
30-4-1975 40年 


カリフォルニア州ウェストミンスター
30-4-1975 40年 


ヴァージニア州リッチモンド
30-4-1975 40年 


オレゴン州ポートランド
30-4-1975 40年 


テキサス州ヒューストン
30-4-1975 40年


オーストラリア キャンベラ
30-4-1975 40年 


カナダ オタワ
30-4-1975 40年 


カナダ オンタリオ
30-4-1975 40年


ドイツ ベルリン
30-4-1975 40年 


ドイツ メンヒェングラートバッハ
30-4-1975 40年


フランス パリ
30-4-1975 40年



【2015年5月2日追記】

この記事がホア少尉の主宰するNKT戦友会ブログに掲載されました。

Gia Đình Nha Kỹ Thuật



同じカテゴリー(News!)の記事画像
黒キャンバスブーツのレプリカ発売。しかし・・・
ダクラク省の争乱とデガ運動の旗
NKTおじさんコンバットマガジンデビュー
ベトナム国産SMGアンモポーチ
ViLT6級合格
ベトナム語技能検定試験を受けてきました
同じカテゴリー(News!)の記事
 ノジャンシュルマルヌ慰霊祭 (2023-11-05 22:55)
 黒キャンバスブーツのレプリカ発売。しかし・・・ (2023-09-09 20:23)
 ダクラク省の争乱とデガ運動の旗 (2023-06-25 06:51)
 NKTおじさんコンバットマガジンデビュー (2022-12-01 21:39)
 ベトナム国産SMGアンモポーチ (2022-08-19 23:47)
 ViLT6級合格 (2022-07-21 21:12)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。