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2017年02月12日

テレビ、映画、ベトナム語

【いつも見てるテレビ番組】

月: YOUは何しに日本へ?、世界まる見え!テレビ特捜部、月曜から夜ふかし

火: 開運!なんでも鑑定団、ガイアの夜明け

水: 和風総本家

木: カンブリア宮殿、超入門!落語 THE MOVIE

金: 全力!脱力タイムズ、モーガン・フリーマン 時空を超えて、タモリ倶楽部

土: さんまのお笑い向上委員会

日: ザ!鉄腕!DASH!!、世界の果てまでイッテQ!、サイエンスZERO

月~木: 午後のロードショー

月~金: 華政(ファジョン)

いろいろ: ER緊急救命室、警察24時系、世界の衝撃映像系

休止中: タイムスクープハンター

見れない時は録画して土日で一気に見るようにしているのに、うちの親父はハードディスクの容量を気にして、僕がまだ見てない回を次々消してしまう。『NEW!』マークの番組は消しちゃダメだって言ってるのにぃ!!!なぜ2・3年前の午後のロードショーを消さずに、録ったばかりの新しいのから消していく!?


【吹き替え大好き】

 昔、mixiやってた頃に映画好きコミュニティという所に入ってみたけど、なんか話題は所謂マイナーな、かつ芸術的な(僕にとっては退屈な)映画の話ばかりだったから、僕は「はじめまして。僕はハリウッド映画が大好きです。洋画は必ず吹き替えで見ます。午後のロードショー毎日録画して見てます。一番好きな映画はターミネーター2です。よろしくお願いします」と書きました。すると、普段会話に参加していなかった人たちがこぞってイイネ!してくれました。なんだ、本当はみんなこういうの好きなのね(笑)
 なぜか『映画好き』の間では、洋画の吹き替えは軽んじられてるみたいですが、僕は可能な限り吹き替えが良いですねぇ。だって字幕って画面に載せられる文字数の関係で台詞がメチャメチャ省略されてるんですもん。字幕では言葉の細かなニュアンスは書ききれないし、なまじ英語が聞き取れると、俳優の言ってる台詞と字幕の内容が違うのが分かってしまい残念な気分になります。とは言え、字幕なしで全編台詞を理解できるほどの英語力はないので、そうなると最初から声優に日本語吹き替えしてもらうのが僕にとって一番映画を楽しめる手段なんです。
 しかし吹き替えにも弱点はありまして、好きな映画をテレビ放送で録画して何度も見ていると、その声や台詞が頭に焼き付いてしまい、レンタル版や市販ソフト版では違う声優や翻訳になってるため違和感を感じて仕方なかったのです。これは全国の洋画吹き替えファンにとって長年悩みの種でありました。僕の場合、小学校に上がる前から親父がVHSに録画したターミネーター(テレビ朝日版)と、ターミネーター2(フジテレビ版)をテープが千切れるまで繰り返し見ていたので、もうその声でないと見れなくなってしまいました。なので大人になってからも、DVDを買おうと思えばいつでも手に入りましたが、納得のいく吹き替えが収録されたものがなかなか発売されなかったので、大好きな映画であるにも関わらず、ずっと手元に無い状態が続いていました。
 それがここ数年で、各テレビ吹き替え番が一気にDVD/BD化されてきて、我々吹き替えファンを長年の苦しみから解放してくれました。特に20世紀フォックスの『吹替の帝王』シリーズは、まさに吹替ファンのために作られたシリーズであり、もう予告動画を見てるだけで感動します。本当にフォックスさんには感謝の念に堪えません。


ただ一つ問題があるとすれば、それはうちのブルーレイレコーダーが壊れてしまったこと。とりあえず以前使っていたDVDレコーダーを繋ぎ直してテレビの録画とDVD鑑賞はできる状態だけど、せっかく買ったブルーレイが見れない状態が続いている。なんで壊れるんだよ・・・



【ベトナム語学習】


 今までベトナム人とは全部英語でやり取りしてきたけど、これだけ付き合いが増えたんだから、いい加減僕もベトナム語を身に着けようと先日ついに重い腰を上げました。英語は中学校で習った(高校ではほとんど授業寝てた)けど、ベトナム語はまったく下地の無い状態からスタートしなければならないため、英語学習には1円もお金を使わなかった僕が、今回ばかりはベトナム語のテキストを購入しました。
 このテキストはほんの入門用ですが、まずはこれを完全に頭に入れる事を目標としています。僕は毎日片道1時間の電車通勤をしているので、1日2時間、週10時間以上は電車の中で勉強する時間を確保できます。またこれまで英語の練習のためにFacebookは全て英語で書いてきましたが、これからは英語に加えてベトナム語でも同じ内容を書くことにしました。英語の時も、こうやって例文集を見ながら自分の言いたい事を作文するのは大いに役に立ったので、これからはベトナム語を学ぶために同じ方法を行っていきます。それにつたないベトナム語であっても、とにかく書いておけば、友人たちが「そこはこう書くべき」と教えてくれるのが何ともありがたいです。
 またベトナム語を学び始めるにあたり、友人たちに注意されたのが、「英語をベースにベトナム語を考えない事」でした。ベトナム語の語順は割と英語に似た部分もあるので、英語が分かる身としては、つい先に英語の文を思い浮かべて、それぞれの語に対応するベトナム語に入れ替えたくなるのですが、それだと何となく意味は伝わったとしても、いつまで経ってもまともなベトナム語は身に付かないとの事です。あとGoogle翻訳も文章が滅茶苦茶になるから使うなとよく言われます。たしかに教科書を見てるうちに、単に単語を入れ替えただけでは全然ベトナム語の言い方にならないし、英語には無いルール(自分や相手の性別・年齢によって人称が変わる、物の種類によって変わる類別詞があるなど)が沢山ある事が分かってきました。
 だから今は毎回、ちゃんと教科書を見て、ベトナム語のルールを頭に叩き込みながら作文をしています。そして昨日、このベトナム語作文を始めて1ヶ月にして、初めてベトナム人たちから「完璧!」と褒めてもらえる文を書く事が出来ました。嬉しかったのでここにも載せちゃいますface02

Tôi vẽ Bức tranh lính Mỹ, VNCH, VC trong Sổ tay Lịch sử Thế giới khi tôi 15 tuổi.
(僕は15歳の時、世界史のノートにアメリカ、ベトナム共和国、ベトコンの兵士の絵を描いていました。)

↑ちなみにこれは、中学の社会科の授業で、ノートに自主学習した内容を書くと点数がもらえるという事で、世界の兵隊シリーズを描いて提出していたものです。こんな感じで全20回くらい描きましたが、紹介している国がモルドバとかギリシャとかトルコとか、今見るとかなり不思議なチョイスでした。内容は今見るとかなり間違ってます。M653なんて無ぇよ・・・

 こんな感じで、読み書きはこの方法でなんとか身に付きそうな気がします。問題は発音ですね。こればかりは時間がかかります。友人は、外国人がベトナム語の発音をマスターするには20年かかるよと言っていました。あっそ、でも大丈夫。とりあえず意図が通じるくらいのレベルにもっていければ良いから。それは決して不可能ではないはず。
 てな訳で、先の教科書についてきたCDに収録されているベトナム語の発音集をスマホにコピーして、通勤中に毎日聴こう。毎日やってればそれなりに分かってくるべ。
 人が何かをする時、それができない理由を探せば恐らく無数に見つける事が出来ます。しかしそんなものいくつあっても何の役にも立ちません。本当に必要なのは、「したい」という動機ただ一つなのです。
  


2017年02月04日

最近やってたこと

足温器に包まり、椎名恵のLOVE IS ALLをリピートで聴きながらやってた事。




国旗とか



歴代指揮官リストとか

出典: Command histories and historical sketches of RVNAF divisions, アメリカ合衆国国務省

第1軍団
(1957年5月11日付の参謀総本部指令『2,145/TTM/1/1/MK』に
基づき1957年6月1日創隊)
中将 Thai Quang Hoang* 11/23/56 10/15/57
中将 Tran Van Don 10/15/57 12/07/62
少将 Le Van Nghiem 12/07/62 08/21/63
少将 Do Cao Tri 08/21/63 12/11/63
中将 Nguyen
Khanh 12/11/63 01/30/64
少将 Ton That Xung 01/30/64 11/14/64
中将 Nguyen Chanh Thi 11/14/64 03/14/66
少将 Nguyen Van Chuan 03/14/66 04/09/66
中将 Ton That Dinh 04/09/66 05/15/66
少将 Huynh Van Cao 05/15/66 05/30/66
中将 Hoang Xuan Lam 05/30/66 05/03/72
中将 Ngo Quang Truong 05/30/72
* 日付は第1軍管区の前身である旧第2軍管区司令への就任日






第2軍団
(1957年10月1日創隊)
少将 Tran Ngoc Tam 10/01/57 08/13/58
少将 Ton That Dinh 08/13/58 12/20/62
中将 Nguyen
Khanh 12/20/62 12/12/63
中将 Do Cao Tri 12/12/63 09/15/64
少将 Nguyen Huu Co 09/15/64 06/25/65
中将 Vinh
Loc 06/25/65 02/28/68
中将 Lu
Lan 02/25/68 09/28/70
中将 Ngo
Dzu 09/28/70 05/10/72
少将 Nguyen Van Toan 05/10/72
少将 Pham Van Phu 12/01/74 02/02/75






第3軍団
(1959年6月1日仮編成, 1960年5月20日正式創隊)
中将 Thai Quang Hoang 03/01/59 10/11/59
中将 Nguyen Ngoc Le 10/11/59 05/06/60
少将 Le Van Nghiem 05/06/60 12/07/62
少将 Ton That Dinh 12/07/62 01/05/64
中将 Tran Thien Khiem 01/05/64 02/02/64
少将 Lam Van Phat 02/02/64 04/04/64
中将 Tran Ngoc Tam 04/04/64 10/12/64
准将 Cao Van Vien 10/12/64 10/11/65
少将 Nguyen Bao Tri 10/11/65 06/09/66
中将 Le Nguyen Khang 06/09/66 08/05/68
中将 Do Cao Tri* 08/05/68 02/23/71
中将 Nguyen Van Minh 02/23/71 10/29/73
中将 Pham Quoc Thuan 10/29/73 10/23/74
中将 Du Quoc Dong 10/23/74 02/01/75
中将 Nguyen Van Toan 02/01/75 04/30/75
* 1971年2月23日ヘリコプター墜落により戦死






第4軍団
(1963年1月1日創隊)
少将 Huynh Van Cao* 01/01/63 11/04/63
少将 Nguyen Huu Co 11/04/63 03/04/64
少将 Duong Van Duc** 03/04/64 09/13/64
少将 Nguyen Van Thieu 09/15/64 01/20/65
中将 Dang Van Quang 01/20/65 11/23/66
少将 Nguyen Van Manh 11/23/66 02/29/68
中将 Nguyen Duc Thang 02/29/68 07/01/68
中将 Nguyen Viet Thanh*** 07/01/68 05/04/70
少将 Ngo
Dzu 05/04/70 08/24/70
中将 Ngo Quang Truong 08/24/70 05/04/72
少将 Nguyen Van Nghi 05/04/72
少将 Nguyen Khoa Nam 01/01/74 Suicide
* 1963年11月1日クーデターの直後に更迭
** 1964年9月13日クーデターを試み未遂に終わる
*** 1970年5月2日ヘリコプター墜落により戦死












第1歩兵師団
大佐 Le Van Nghiem 01/01/55 12/15/55
大佐 Nguyen
Khanh 12/15/55 08/14/57
大佐 Ton That Dinh 08/14/57 08/09/58
大佐 Nguyen Van Chuan 08/09/58 07/30/59
大佐 Ton That Xung 07/30/59 12/02/60
大佐 Nguyen Duc Thang 12/02/60 10/01/61
大佐 Nguyen Van Thieu 10/01/61 12/08/62
大佐 Do Cao Tri 12/08/62 12/12/63
大佐 Tran Thanh Phong 12/12/63 02/19/64
准将 Nguyen Chanh Thi 02/19/64 10/21/64
准将 Nguyen Van Chuan 10/21/64 03/14/66
准将 Phan Xuan Nhuan 03/14/66 06/18/66
少将 Ngo Quang Truong 06/18/66 08/23/70
少将 Pham Van Phu 08/23/70 11/12/72
准将 Le Van Thao 11/12/72 10/31/73
大佐 Nguyen Van Diem 10/31/73






第2歩兵師団
大佐 Ton That Dinh 01/01/55 11/02/56
中佐 Dang Van Son 11/22/56 06/14/57
中佐 Le Quang Luong 06/14/57 08/23/58
大佐 Duong Ngoc Lam 08/23/58 06/08/61
大佐 Lam Van Phat 06/08/61 06/18/63
大佐 Truong Van Chuong 06/18/63 01/30/64
准将 Ton That Xung 12/06/63 01/30/64
准将 Ngo
Dzu 01/30/64 07/29/64
大佐 Nguyen Thanh Sang 07/29/64 10/15/64
少将 Hoang Xuan Lam* 10/15/64 01/10/67
少将 Nguyen Van Toan 01/10/67 01/22/72
准将 Phan Hoa Hiep 01/22/72 08/27/72
准将 Tran Van Nhut 08/27/72 04/30/75
* 1966年5月30日より第1軍団指令兼任






第3歩兵師団
准将 Vu Van Giai** 10/01/71 05/03/72
少将 Nguyen Duy Hinh 06/09/72
准将 Vu Quang Giai 1973 04/30/75
** 1972年5月3日指揮官の任を解かれる






第5歩兵師団
大佐 Vong A Sang 03/01/53 10/25/56
大佐 Pham Van Dong 10/25/56 03/18/58
中佐 Nguyen Quang Thong 03/18/58 09/16/58
大佐 Ton That Xung 09/16/58 11/19/58
中佐 Dang Van Son 11/19/58 08/03/59
大佐 Nguyen Van Chuan 08/03/59 05/20/61
BG Tran Ngoc Tam 05/20/61 10/16/61
大佐 Nguyen Duc Thang 10/16/61 12/20/62
大佐 Nguyen Van Thieu 12/20/62 02/02/64
准将 Dang Thanh Liem 02/02/64 06/05/64
准将 Cao Hao Hon 06/05/64 10/21/64
准将 Tran Thanh Phong 10/21/64 07/19/65
少将 Pham Quoc Thuan 07/19/65 08/15/69
少将 Nguyen Van Hieu 08/15/69 06/14/71
准将 Le Van Hung 06/14/71 09/04/72
准将 Tran Quoc Lich 09/04/72 11/07/73
大佐 Le Nguyen Vy 11/07/73 suicide






第7歩兵師団
中佐 Nguyen Huu Co 01/01/55 06/15/55
大佐 Ton That Xung 06/15/55 04/27/57
中佐 Ngo
Dzu 04/27/57 03/17/58
大佐 Tran Thien Khiem 04/17/58 03/30/59
大佐 Huynh Van Cao 03/30/59 12/22/62
大佐 Bui Dinh Dam 12/22/62 11/01/63
准将 Nguyen Huu Co 11/01/63 11/05/63
大佐 Pham Van Dong 11/05/63 12/02/63
准将 Lam Van Phat 12/02/63 02/02/64
大佐 Hui Huu Nhon 02/02/64 03/07/64
大佐 Huynh Vau Ton 03/07/64 09/16/64
准将 Nguyen Bao Tri 09/16/64 10/09/65
准将 Nguyen Viet Thanh 10/09/65 07/03/68
准将 Nguyen Thanh Hoang 07/03/68 01/16/70
少将 Nguyen Khoa Nam 01/16/70 01/01/74
准将 Tran van Hai 04/30/75 suicide






第9歩兵師団
大佐 Bui
Dzinh 01/01/62 11/07/63
大佐 Doan Van Quang 11/07/63 02/09/64
准将 Vinh
Loc 02/09/64 05/29/65
准将 Lam Quang Thi 05/29/65 07/03/68
少将 Tran Ba Di 07/03/68 10/26/73
准将 Huynh Van Lac 10/26/73






第18歩兵師団
大佐 Nguyen Van Manh 06/05/65 08/20/65
准将 Lu
Lan 08/20/65 09/16/66
准将 Do Ke Giai 09/16/66 08/20/69
少将 Lam Quang Thi 08/20/69 04/04/72
准将 Le Minh Dao 04/04/72






第21歩兵師団
中佐 Nguyen Bao Tri* 06/01/59 09/08/59
中佐 Tran Thanh Chieu 09/08/59 02/02/60
大佐 Tran Thien Khiem 02/02/60 12/01/62
大佐 Bui Hue Nhon 12/01/62 11/01/63
大佐 Cao Hao Hon 11/01/63 06/01/64
准将 Dang Van Quang** 06/01/64 01/20/65
大佐 Nguyen Van Phuoc 01/20/65 03/24/65
准将 Nguyen Van Minh 03/24/65 06/15/68
少将 Nguyen Vinh Nghi 06/15/68 05/03/72
准将 Ho Trung Hau 05/03/72 08/21/72
准将 Chuong Dzenh Quay 08/21/72 06/09/73
准将 Le Van Hung 06/09/73 Suicide
* 1957年10月16日第21歩兵師団の前身の第11軽師団指揮官に就任
** 1965年1月20日辞職






第22歩兵師団
中佐 Nguyen Van Chuan* 08/01/55
中佐 Le Huy Duyen* 02/19/57
中佐 Ho Van To* 06/14/57
中佐 Tran Thanh Chieu* 04/01/60 09/08/60
中佐 Nguyen Hao Tri 09/08/59 11/05/63
大佐 Nguyen Thanh Sang 11/05/63 02/05/64
准将 Linh Quang Vien 02/05/64 09/07/64
大佐 Nguyen Van Hieu 09/07/64 10/24/64
准将 Nguyen Xuan Thinh 10/24/64 04/01/65
准将 Nguyen Thanh Sang 04/01/65 06/28/66
准将 Nguyen Van Hieu 06/28/66 08/11/69
准将 Le Ngoc Trien 08/11/69 03/01/72
大佐 Le Duc Dat** 03/01/72 04/01/72
准将 Phan Dinh Niem 04/02/72
* 第22歩兵師団の前身の第14軽師団指揮官
** 1972年4月22日戦闘中行方不明






第23歩兵師団
中佐 Nguyen The Nhu* 08/01/55
中佐 Nguyen Van Vinh* 09/16/56
中佐 Bui
Dzinh* 04/09/58
中佐 Tran Thanh Phong 05/19/59 05/17/61
大佐 Le Quang Luong 05/17/61 12/14/63
准将 Hoang Xuan Lam 12/14/63 10/14/64
准将 Lu
Lan 10/14/64 08/20/65
准将 Nguyen Van Manh 08/20/65 11/24/66
准将 Truong Quang An** 11/24/66 09/09/68
准将 Vo Van Canh 09/09/68 01/25/72
准将 Ly Tong Ba 01/25/72 10/20/72
准将 Tran Van Cam 10/20/72 11/14/73
大佐 Le Truong Tuong 11/24/73
* 第23歩兵師団の前身の第15軽師団指揮官
** ヘリコプター墜落により戦死






第25歩兵師団
大佐 Nguyen Van Chuan 07/01/62 12/28/62
大佐 Lu
Lan 12/28/62 04/19/64
大佐 Nguyen Viet Dan 04/19/64 12/01/64
准将 Nguyen Thanh Sang 12/01/64 04/06/65
准将 Phan Trong Chinh 04/06/65 01/10/68
中将 Nguyen Xuan Thinh 01/10/68 01/25/72
准将 Le Van Tu 01/25/72 11/07/73
大佐 Nguyen Huu Toan 11/07/73






空挺師団
中佐 Do Cao Tri 03/01/55 09/01/56
大佐 Nguyen Chanh Thi 09/01/56 11/12/60
大佐 Cao Van Vien 11/12/60 12/19/64
中将 Du Quoc Dong 12/19/64 11/11/72
准将 Le Quang Luong 11/11/72






海兵師団
中佐 Le Quang Trong 10/01/54 01/16/56
少佐 Pham Van Lieu 01/16/56 07/31/56
大尉 Bui Pho Chi* 07/31/56 09/30/56
少佐 Le Nhu Hung 09/30/56 05/07/60
少佐 Le Nguyen Khang 05/07/60 12/16/63
中佐 Nguyen Ba Lien 12/16/63 02/26/64
中将 Le Nguyen Khang 02/26/64 05/05/72
准将 Bui The Lan 05/05/72
* 指揮官代理




今こんな気分だけど、あと2か月したら終わるので、それまでじっと耐えよう・・・
  


2016年12月22日

アメリカで食べたご飯



やはり米国人向けにアレンジされているのか、洋食を食べなれた僕には、ベトナムで食べるより美味しく感じました。
野菜たっぷりヘルシー料理なはずなのに、行く前より体重増えてしまった・・・。




おまけ

ホテルで洗面器ラーメン

外でも洗面器ラーメン
  


2016年02月08日

元旦節2016

皆様、新年あけましておめでとうございます!

今年は元旦節(Tết Nguyên Đán)を祝い、正装で初詣に行って参りました。 (正確には、陽暦2月6日なので年明け前ですが。)

 


お寺に誰も居なかったら、敷地の外で黙ってゲリラ撮影しちゃうつもりでしたが、翌日の元旦節のお祭の準備で、寺の関係者が数名居られたので、ちゃんと許可を得て撮影しました。
突然日本人(彼らにとっては外国人)の男がアオザイ持参で現れ、「ベトナムが大好きなんです!この服着て写真撮っていいですか?」と言い出したので、困惑と言うか、変な奴も居るもんだなって空気になってました。
日本人が滅多に羽織袴を着ないのと同じで、今日日ベトナム人ですら(成人男性は)アオザイ着る機会なんてほぼ無いからね(笑)

ちなみに、このアオザイは去年カリフォルニアのベトナミーズショッピングモール"Phước Lộc Thọ"で買ってきたやつ。日本じゃ男性用のアオザイ、特に頭に被るカンドンがなかなか売ってないんですよね。
(女性のアオザイも、正装の時はカンドンを被ります。ノンラー(笠)は日よけの為の日用品であり、正確には民族衣装ではありません。)

Phước Lộc Thọはこんな感じでした。

 


 

このモールには、南カリフォルニアで僕をお世話してくださったトム・トラン氏と一緒に行きました。
僕がそこで「アオザイ欲しい」と言うと、トムが衣装屋さん(民族衣装やら社交ダンスのドレスやらを扱ってる店)のおばちゃんに、日本からこういう若者が来てくれているんだよ、と説明してくれたお陰で、メチャメチャ値引きしてもらうことが出来ました。
ありがとうございます。お陰さまで、アオザイ着てベトナム寺で元旦節を祝うという長年の夢がついに叶いましたface02
  


2016年01月23日

ARVNとは?

以前、このブログではあえて"ARVN"という用語を使わないようにしていると書きましたが、そもそもARVNとは一体何を指す言葉なのでしょうか?
現在ARVNは、日本はもとより米国・ベトナムでも単に"南ベトナム軍"を指す言葉として使われていますが、実はその意味するところはもう少し複雑なのです。

その説明の前に、まず大前提として、ベトナムの軍隊の正式名称は、当然ながらベトナム語で命名されました。
そして1954年のベトナム南北分断後に"南ベトナム"となった国家の軍隊は、時期によって以下の三つの正式名を持ちます。

1952-1955年
第一インドシナ戦争中にフランス連合内で独立したベトナム国(Quốc Gia Việt Nam)の国軍。1954年のジュネーヴ協定によって国土の北半分を失う。
Quân Đội Quốc Gia Việt Nam (QĐQGVN):軍隊國家越南

1955-1965年
ベトナム国首相ゴ・ディン・ジェムのクーデターによってベトナム共和国(Việt Nam Cộng Hòa)が成立。同時に国軍も改称。
Quân Đội Việt Nam Cộng Hòa (QĐVNCH):軍隊越南共和

1965-1975年
グエン・バン・チュー軍事政権発足によって再び改称。
Quân Lực Việt Nam Cộng Hòa (QLVNCH):軍力越南共和

※ベトナム語の文字は19世紀にラテン文字(クォックグー)が採用されるまで長く漢字が使われてきたので、現代でもベトナム語の名詞の多くが漢字で表記できます。私を含む日本語話者には漢字の方がよりニュアンスが分かり易いので補足として載せていますが、20世紀後半になると公に漢字が使用されることはなくなるので正式な表記ではありません。

この中で、主に"南ベトナム"と認知されているのは1955年から1975年までのベトナム共和国時代だと思いますが、その時代ベトナム共和国政府は、アメリカを初めとする同盟軍とのコミュニケーションに、自国(ベトナム語)の軍事用語を英訳して用いていました。
今回はその公式な訳語を、1962年に発行されたベトナム共和国軍統合参謀本部編纂の越・仏・英軍事用語辞書からご紹介します。
まず国軍の名称ですが、軍が制定した公式な英語表記は、"Republic of Vietnam Armed Forces (RVNAF)"でした。
なお軍のベトナム語正式名がQĐVNCHからQLVNCHに変わった後も、RVNAFという表記は引き続き使用されました。


そしてアメリカ政府・アメリカ軍も、このRVNAFをベトナム共和国軍の公式な英語呼称をとして使用していきます。(ただし一部に"Republic of Vietnam Military Forces (RVNMF)"という表記揺れも見られます。)


また1975年にベトナム共和国政府が消滅した後も、アメリカ陸軍戦史センターが作成する公式資料にはRVNAFが使用されます。


次に、先記の軍事用語辞書によると、軍を構成する陸・海・空軍・海兵隊の外国語訳は、それぞれ以下のようになっています。

陸軍

海軍

空軍

海兵隊(水軍陸戦)
※この資料が作成された1962年当時、海兵隊は海軍の下部組織であり、1965年に独立した組織に発展すると"Viet-Nam Marine Corps (VNMC)"と英語表記されるようになる。

ここで気になるのが、ベトナム陸軍の英語表記。軍が制定した公式表記は"Việt-Nam Army (VNA)"だという事です。
しかしアメリカ軍は、ベトナム海軍・空軍の英語表記をベトナム側に合わせたのに対し、なぜかベトナム陸軍のみVNAという表記を使いませんでした。
その理由は定かではありませんが、ベトナム陸軍の英語表記として当時アメリカ軍が使ったのが"Army of the Republic of Vietnam (ARVN)"でした。

VNN、VNAFと列記されている事から、ARVNは国軍全体ではなく、陸軍を指している事が分かります。


このように、1975年以前の公的文書で使われる英語表記は、ベトナム共和国軍=RVNAF、ベトナム陸軍=ARVNという使い分けがなされていました。
ではなぜ、戦後ARVNが陸軍のみならずベトナム共和国軍全体を指す言葉として認知されているのでしょうか?
その理由としてひとつ思い当たるのが、上の国軍の名称に記載されているフランス語表記の"Armée de la République du Việt-Nam (ARVN)"です。
英語の"Army"は(軍隊の組織名で使われる狭義では)陸軍という意味ですが、フランス語の"Armée"は陸軍に限らず軍隊全般を意味し、言わば漢字の"軍"に相当する言葉です。
なのでフランス語において陸軍は単に"Armée"ではなく、"Armée de terre (陸の軍隊)"と、同様に空軍は"Armée de l'Air (空の軍隊)"と表記されます。
従って、フランス語におけるARVNとは陸軍ではなく、ベトナム共和国軍を意味する言葉なのです。
ベトナムでは20世紀中盤まで、軍人を含む上流階級・エリート層はもれなくフランス語で教育を受けていたため、ベトナム共和国では1955年にフランス連合から独立した後もフランス語が第二公用語として扱われていました。
そのため、ベトナム戦争当時にベトナム人が国軍という意味でARVNというフランス語名称を使った可能性はありますし、当然フランス語で書かれた文書ではARVNは国軍という意味で使われています。
さらにフランス語の"Armée"と同様、狭義には陸軍を指す英語の"Army"も語源はラテン語の"Armada (武装する)"から来ており、広義には軍隊全般を意味します。
なので言葉の上では英語圏の人間が"Army of the Republic of Vietnam"を陸軍以外も含むベトナム共和国軍と解釈する事は不自然ではありません。
したがって戦後に生まれたARVN=ベトナム共和国軍という認識は、フランス語的には正しいですが、同時に英語的には、Armyを陸軍ではなく国軍と解釈をしたために起こった非公式ものと私は考えています。

まとめると、ARVNという言葉には以下の三つの意味があります。

・フランス語 Armée de la République du Việt-Nam:ベトナム共和国軍(ベトナム政府公式)
・英語 Army of the Republic of Vietnamベトナム共和国陸軍(アメリカ政府公式)
英語 Army of the Republic of Vietnamベトナム共和国軍(非公式・戦後)


ね、面倒臭いでしょ?だから僕はARVNという言葉を使わないんです。
それに、私やこのブログの読者である日本語話者がベトナム語の単語を理解するのに必要なのは、元のベトナム語と日本語訳のみで、わざわざそれ以外の外国語を使う意味なんて無いし。
(ただし上記のように、英語・フランス語表記も知っておいて損はありません)

ちなみに、この記事ではさらっと"ベトナム共和国軍"や"国軍"と書いちゃったけど、日本語で何と表記するかは、いろいろ考えるべき事があるんです。
正式な国名である"ベトナム共和国"と呼ぶか一般的な"南ベトナム"と呼ぶかとか、QĐVNCHとQLVNCHを区別するべきか?とか。
ここは人それぞれだと思いますが、私は1955年~1975年まで一貫して"ベトナム共和国軍"と書くというスタンスでやってます。
  


2015年01月13日

おすすめベトナム映画

僕のところには時々、「南ベ装備やるのにお勧めの映画ってありますか?」というご質問を頂くことがあります。

あります。あるんですよ。超お勧めのが。

Chiếc bóng bên đường (道端の影) / 1973年
出演: Kim Cương, Kiều Chinh, Thành Được, bà Bảy Nam, Vũ Thành An
監督 : Nguyễn Văn Tường 


<ストーリー>
ある日、少年が外で遊んでいたところベトナム地方軍(DPQ)駐屯地の地雷原に足を踏み入れて身動きが出来なくなってしまった。
少年の姉マイが見守る中、部隊指揮官のトゥアン中尉は自ら地雷原に入り少年を救出。後日、駐屯地近くの洋裁店に勤めるマイはお礼を言う為駐屯地を訪問し、DPQ兵士達と親睦を深める。
マイは弟を助けてくれたトゥアン中尉に惹かれていったが、トゥアンと同部隊のロアン中尉は以前からマイを好きだったためトゥアンをライバル視し、恋の三角関係に発展する。
(中略)
ようやく結ばれたトゥアンとマイだったが、戦争は無情にも二人の中を切り裂き、トゥアンは戦死する。
トゥアンを失ったマイと弟たちは悲しみにくれるが、トゥアンが教えてくれた勇気と慈しみの精神はいつまでも消えることは無い・・・
(中国語とフランス語字幕しかないので台詞がぜんぜん分からないんですが(笑)、映像と中国語字幕の漢字、あとキャプションから何となく分かったストーリーはこんな感じ)
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2015年01月04日

陽暦節2015


先日はグレゴリオ暦(新暦・太陽暦)の元日でしたね。
現代の日本で生活している以上この暦法に従うしかないので、一応「あけおめ」と申しておきます。
タイムスクープハンターの特番でもやってましたが、日本政府は明治6年に突如、伝統的な太陰太陽暦(天保暦)を廃止して暦法を西洋の太陽暦(グレゴリオ暦)に変更。
以後日本では、太陰太陽暦的には何の意味も無い日が、元日となっています。
まぁグレゴリオ暦の導入自体は(西洋式)近代化を進める上で避けては通れないもので、太陰太陽暦の本家中国や朝鮮・ベトナムも同様にグレゴリオ暦を導入していきました。
だけど、アジア人の文化や宗教観の根本に関る太陰太陽暦と元旦の定義をコロっと忘れて、グレゴリオ暦の元日を心から元旦として祝うようになったのは日本だけ。
寺社の神仏は、役所の都合で新設された、文化的には何の意味も持たない新正月にぞろぞろ押しかける参拝者をどういう目で見てるのかな~?
なんて捻くれた事を考えつつも、僕もお正月の雰囲気は好きなので、地元の氏神様のところで、中学の同級生たちと年越し・初詣してきました。

そして元日の昼は、うちから車で30分ほどの距離にあるベトナム仏教寺院にも初詣。(例によって、寺の人に僕の趣味を知られたくないので、写真とかは載せないでおきます。)
このお寺では毎年元日に、陽暦節(Tết Dương lịch)というグレゴリオ暦(陽暦)の新年を祝うお祭が開催されています。
先に述べたとおり、本来日本を含む東アジア地域において、文化的に意味のある年越しは太陰太陽暦の元旦(日本で言う旧正月)であり、中国および華人文化圏では春節、ベトナムではテト(Tết Nguyên Đán・元旦節)として現代でも盛大に祝われる事は有名だと思います。
一方、グレゴリオ暦も19世紀末に東アジア各国で導入されてから100年以上経っており、むしろ現代ではどの国も、普段の生活ではグレゴリオ暦を使うのが普通。
更にベトナムには仏領時代に広まったキリスト教の信徒も多く居るため、キリスト教と密接に関っているグレゴリオ暦の新年は、テトには及ばないものの広く受け入れられているようです。(日本人がクリスマスを祝うような感覚か?)
本来、仏教とグレゴリオ暦は全く関係無いんですが、このお寺は在日ベトナム人全体のコミュニティを兼ねているため、ベトナム人にとっての祝日の一つとして寺をあげて祝っています。
また、ここに来るベトナム人たちは皆さん日本の会社で働いているので、テト(旧正月)休みが取れない人も多いため、会社が正月休みになる陽暦節の方が人が多く集まるそうです。

このお寺のテトや仏誕大礼(Đại Lễ Phật Đản・日本で言う灌仏会)には数年前からお邪魔していますが、実は陽暦節に行くのは今回が初めて。
どんな感じだったかと言うと、テトの時と全く同じ。
僧侶から新年の説法を頂き、大量の爆竹を鳴らして、少年達が獅子舞(Múa lân - sư - rồng)やって、いつもの精進ブン(野菜スープとビーフン)とお汁粉っぽいものを頂き、あとはカラオケ大会。
前回のテトと違うのは、獅子舞がガンナムスタイルを踊るようになった事(笑)

↑こんな感じ(映像はこのお寺ではありません)

あと今回は、寺の外にプチ露店を開いてるベトナム人の姉ちゃんから、笹団子っぽいもの(150円)を買って食べました。
黒ゴマ団子でクルミ等の具を包み、笹の葉に巻いて蒸した物です。甘さ控えめで超美味かったです。

このお寺はいつ来てもいい場所ですが、今回は一見さんらしき日本人のおっさんがわざわざ外国人の前に出向いて馬鹿を爆発させ、日本の恥を晒してくれてました。
いきなり暴走族みたいな爆音でスーパーセブンに乗って現れ、駐車場の出入り口に無断駐車して大渋滞を巻き起こし、終始ベトナム人たちに横柄な態度をとって上機嫌で去っていったおっさん。
テンガロンハット被って春日部ナンバーのシルバーのスーパーセブンに乗った50代の糞オヤジです。恥を知れ。顔と車は覚えたぞ。


さ~て、次のお寺のイベントはテト!
今年はグレゴリオ暦の2月19日が元旦節ですが、平日のため在日ベトナム人は休みを取れないので、次の日曜である2月22日にテトのお祭があります。
あと2ヶ月しないうちに、もう一回正月が来るわけです。今から楽しみ!

また、頂いたお寺のカレンダーに乗っている年中行事は以下の通り
※()内は太陰太陽暦の日付

陽暦節(Tết Dương lịch) 2015年1月1日(11月1日)
元旦節(Tết Nguyên Đán) 2015年2月22日(1月4日)
仏誕大礼(Đại Lễ Phật Đản) 2015年5月24日(4月7日)
盂蘭大礼(Đại Lễ Vu Lan) 2015年9月6日(7月24日)
中秋節(Tết Trung thu) 2015年9月26日(8月14日)

  


Posted by タイガ at 21:28Comments(0)News!ベトナムの歴史・文化

2014年07月18日

リアル

自宅から車で10分ほどの場所にまだ入ったことの無いベトナム料理店があり、前々から気になっていたので友人と二人で食べに行ってみました。

感想としては、リアルなベトナムを体験できる場所でした。

※僕みたいな旧体制(南)の愛好者が店に出入りしていると知られると無用なトラブルを招きかねないので、店名や場所は伏せさせて頂きます。


まず、店の前に着くと、ちょうど店の人らしいベトナム人のおばちゃんが車で来て、歩道を塞いで無理やり駐車。

エアコン代節約のためか店の戸は開きっぱで、中に入ると扇風機2台がキュルキュル回ってます。

連中にしてみれば、このくらいの暑さは扇風機でしのげるレベルなのでしょう。

店の中は4人掛けのテーブルが4つくらい。飾りっけの無い壁には、ベトナムの伝統楽器や絵が申し訳程度に架けてあります。

面白いと言えば、カウンターの前にある神壇ですかね。仏壇ではなく、道教の神棚です。(写真撮り忘れました)

僕ら以外に客は居らず、店内には店員の女の子と先に入った関係者らしきおばさん、厨房にもうひとりおばさんが居るだけ。もちろん全員ベトナム人です。

そんで、決して美人ではない店員の娘が慣れない感じでお茶だしてくれて、メニュー見て注文。高くもなく、安くもなくって値段です。

料理を待ってるあいだ、店内を観察しながら雑談。

店内にBGMはなく、開け放たれた戸の前を走る幹線道路の騒音、日本製だけど埃たまって汚い扇風機の作動音、テレビから流れる忍たま乱太郎の音声がこだまします。

そしてさっきのおばさんは空いてる席に座り、靴を脱いで素足であぐらをかいて、電器屋のチラシを広げて、厨房のおばさんとデカい声であーだこーだベトナム語で喋くってます。

う~ん、実にいい具合に東南アジアです。エアコンのないじっとりとした暑さとも相まって、もう空気がネイティブです。

日本人向けの小洒落たベトナム料理・エスニックレストランでは味わえない、リアルなベトナムの雰囲気を満喫できました。とてもデートにはお勧めできません。

※悪口のように聞こえますが、僕はこの感じがとても気に入りました。褒める気もないけど。
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2014年05月21日

ベトナム共和国軍伝統保存会

先日、元南ベトナム軍特殊部隊将校ファム・ホア少尉(NKTおじさん)の紹介で、カリフォルニア在住のベトナム系三世、Dさん(20代・仮名)と知り合いました。
Dさんは、南ベトナム陸軍第7師団で指揮を執った中佐のお孫さんで、現在はDさんとDさんの父上、叔父さんと一緒にベトナム共和国軍伝統保存会(Hội Bảo Tồn Truyền Thống Quân Lực Việt Nam Cộng Hòa / Republic Of Vietnam Armed Forces Preservation Association)』に所属し、ホア少尉と一緒にアメリカ各地のイベントに参加されているそうです。
彼はこれまでベトベトやアホカリで僕達がしてきた日本での南ベトナム軍リエナクトメントを大変喜んでくれて、日米のリエナクターとしてお友達になることが出来ました。とても嬉しいです(ノ≧∇≦)ノ
実はDさんが所属する伝統保存会とは単なるミリタリーマニアの集まりではなく、その名の通り39年前のベトナム戦争の敗北によって祖国と共に消滅してしまったベトナム共和国軍の名誉と伝統を後世に語り継ぐための真面目な協会なんです。
メンバーのほとんどはDさんのように在米二世・三世の南ベトナム軍人子息の有志で構成されており、難民としてアメリカに脱出した数万人の南ベトナム移民と、アメリカで生まれ育ったベトナミーズ・アメリカンが、祖国の歴史と民族の絆を共有し続けるよう、様々な活動に取り組んでおられます。

ベトナム共和国軍伝統保存会 公式ブログ(書いてるのはホア少尉)

伝統保存会の皆さん(この中でDさんもインタビューされています)


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2014年04月07日

ナンバーテンブルース さらばサイゴン

ベトナム戦争最末期の1975年、全編南ベトナムロケで製作された幻の日本映画が40年の時を経てついに公開!

『ナンバーテンブルース さらばサイゴン』

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2014年04月06日

小道具

理想とする形にはまだ程遠いけど、一応はリエナクターを志してるので、イベントで使う日用品も生活展示のつもりで選んで使ってます。
せっかくのヒストリカルイベントなのに、タイムスリップできるのが戦闘行動時の数時間だけなんて勿体無い!
僕はテントを張ったら撤収するまで、24時間ベトナムに居たいのです。


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2014年02月10日

ベトナム共和国軍歌『名もなき戦士』

僕の好きなベトナム共和国軍の軍歌『名もなき戦士』の歌詞の振り仮名表記と、日本語訳をしてみました。
練習して覚えたいと思います。

Chiến Sĩ Vô Danh (名もなき戦士)

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2014年02月04日

リトルサイゴン☆テトパレード

 お伝えしているように日本でもベトナム系住民によってテトの祭が開催されましたが、国外ベトナム人コミュニティの本場である米国カリフォルニア州ウェストミンスターのベトナム人街『リトルサイゴン』でも毎年、地域住民やアメリカ各地のベトナム系市民が集まり、盛大なパレードが行われています。ウェストミンスターはベトナム戦争後、共産政権による弾圧から逃れるため国外脱出した南ベトナム難民が多く移り住んだ街で、今日ではアメリカにおける南ベトナム系移民文化の中心地として賑わっています。そして今年もテトパレードが2月1日に開催されました。

開催日:2014年2月1日
主催:南カリフォルニア ベトナム系アメリカ市民連合会(The Vietnamese American Federation of Southern California)
イベント趣旨:「代々受け継がれてきた民族の伝統と価値観を共有し、ベトナム系アメリカ市民コミュニティの結束を示す」パレード実行委員長ニール・グエン

この様子は元南ベトナム軍NKTファン・ホア少尉(名付けてNKTおじさん)のチャンネルで公開されているのでご紹介します。

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2013年12月07日

資料メモ

僕の趣味である南ベトナムや少数民族の歴史に関する本ってその辺の本屋や図書館にはなかなか置いてないので、何度か国会図書館に通って資料探ししてるんですが、さすがに日本最大の図書館。けっこう日本語の本も出てきますね。
興奮して色んな本から数十ページ分コピーしてきましたが、コピーするまでもない少量の記述に関してはメモしてきました。
そのメモを以下に記します。あくまでメモなので、雑多な状態ですが、興味のある方はどうぞ。
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