カテゴリ
News! (53)
銃器 (22)
映画 (10)
言論 (20)
人物 (20)
式典 (2)
BB/歩兵 (11)
ND/空挺 (11)
KB/騎兵 (7)
PB/砲兵 (3)
TT/通信 (1)
QV/輸送 (2)
HQ/海軍 (3)
KQ/空軍 (2)
FULRO (8)
デガ (13)
モン族 (11)
ヌン族 (5)
本土軍 (1)
GCMA (2)
SDECE (3)
19世紀 (2)
戦間期 (4)
現代 (59)

2016年09月28日

ベトベトマニア1966 -Operation Voting-


―エピローグ―
 1966年9月、民政移管の第一歩として制憲議会設置のための選挙が行なわれる。グエン・カオ・キ政権を盤石とする為の選挙である事は明らかであり、当然のごとく解放民族戦線と統一仏教会は反発。ボイコットを決め選挙妨害の為テロを繰り返していた。
 米軍は選挙に合わせ過去最大500波の空襲を行う北爆を決定。ベトベト地区でも選挙妨害を防ぎ投票率81%を守るための-Operation Voting-≪投票作戦≫が発令された。ベトナム共和国の未来を占うこの選挙を成功させるため戦いの火蓋が今切られる!
(ベトベトマニア公式サイト http://www.viet-viet.com/)


 投票を控え、サイゴンの参謀本部とMACVはカンボジア国境に近く、かねてよりベトコンの活動地域であったコーガン村における選挙活動の警備強化を命じた。警戒監視の為、多数の米軍部隊がコーガン村周辺に派遣されると共に、コーガン村に最も近いFSBサボイに駐屯する我々レンジャー大隊、空挺師団、オーストラリア陸軍および韓国海兵隊には、サボイ周辺の警戒任務が与えられる。
 しかし、南ベトナムの混乱を収めるはずだったこの選挙の裏は、ベトコンと通じる金権政治家と高級将校、そしてベトコン内のCIA内通者それぞれの思惑が交錯し、情勢は混迷を深めていった・・・









実は今回、迫撃砲班を真面目にやりたかったので、砲に関するコラムというか台本を作成してメンバーに配布しました。
元は2年前のアホカリで105mm榴弾砲の為に作ったものですが、今回はSAITAMA101さんの教練会で教わった迫撃砲班の行動についてもまとめてあります。
僕、本当は歩兵より砲兵の方が好きなんです。出来る事ならエアガン担いで歩くのではなく、一日中陣地の中で大砲を撃っていたいんです。

(ミリブロは画像ファイルしかアップロードできないんですね。もしこの資料を使いたいという要望があれば、どこかのローダーにPDFでアップするのでお気軽にコメントください。)

曲射砲の間接射撃について

射撃・無線交信の流れ

迫撃砲班の行動


と、やる気満々だったのですが、土曜日はあいにくの悪天候で、カーバイト用いるうちの迫撃砲は外に出せず。
また日曜日はFO(前進観測班)として、FDC(射撃指揮班)に見立てたうちのテント組と実際に無線交信して迫撃砲の射撃要求などをしようと考えていたのですが、打ち合わせが完全に不足しており、結局砲に関する事は何もできずに二日間が終わってしまった・・・。
次から何か企画をやる時は、楽しいおしゃべりを中断してでも企画を優先すると決意しました。
  


2016年09月19日

ベトナム華人と三合会

今週末のベトベトマニアの年代設定は1966年なので、勉強がてらこの年に起こったある事件を取り上げてみます。

出典: AN NINH THẾ GIỚI記事
Hội Tam Hoàng và vụ xử bắn Tạ Vinh: Nhiệm vụ bất khả thi


米価高騰とタ・ヴィン逮捕

 1966年元旦節の直後、南ベトナムにおいてキロ5ドンだった米の流通価格が突然6ドン、7ドンへと高騰し、当時の肉体労働者の日当8ドンに迫ろうとしていた。政府による捜査の結果、サイゴンの華人街チョロンで『無冠の王』と呼ばれる男の存在が浮かび上がった。事態の解決に当たったグエン・カオ・キ首相(当時)はすぐさま、ベトナム南部で米の貿易を一手に担う華人(ホア族)系通商ギルドの7名を召喚し、最後通牒をつきつけた。
 間もなくキ首相は今回の価格高騰はその中の一人タ・ヴィン(Ta Vinh)の陰謀によるものだと結論し、タ・ヴィンを逮捕し、直ちに死刑に処す決定を下した。しかし、タ・ヴィン逮捕後も米の価格高騰は続き、キロ7.5ドンに上昇した。
 マ・チェン(Mã Tuyên)らチョロンの華人通商ギルドの幹部5名は、身内のタ・ヴィン処刑を回避するため緊急会合を行った。その会議の数時間後、7.5ドンだった価格は約半分の4ドンに低下した。しかしキ首相は、タ・ヴィンの処刑を取りやめる事は無かった。

(写真左: タ・ヴィン 1966年, 写真右: マ・チェン 1963年)



ベトナム華人と国際華人ネットワーク
 
 キ首相がタ・ヴィンの処刑を強行した背景には、ベトナム経済に強い影響力を持つベトナム華人勢力、そして香港を拠点とする国際華人マフィア『三合会』の存在があった。元々タ・ヴィンやマ・チェンなどのベトナム華人通商ギルドは三合会の一員であり、チョロンは長らく三合会の強い影響下にあった。
 また彼らはかつてゴ・ディン一族の独裁政権に取り入り、ベトナム国内の商貿易、そして麻薬取引を独占し莫大な利益を得ていた。しかし1963年11月1日に発生した軍事クーデターにおいてゴ・ディン・ジエム政権は崩壊し、クーデターの際にゴ・ディン兄弟を匿っていた華人ギルド幹部は新たに発足した軍事政権からの追及から逃れるためカンボジアに逃走せざるを得えなかった。


サイゴンで発生した軍事クーデターとゴ・ディン兄弟暗殺を報じる米国CBSニュース [1963年11月]

 こうして全財産を失ったタ・ヴィン、マ・チェンらであったが、この時点でも国際的な華人ネットワークの力は強大であり、タ・ヴィンらは三合会および台湾の国民党政権から2億ドンの資金提供を受け、再びチョロンに舞い戻っていた。この資金提供の裏には、台湾・香港の華人ネットワークを通じてベトナムで強い影響力を持つの華人勢力を操作し、南ベトナム政府をコントロールしようとするアメリカCIAの工作があったとも言われる。
 折しも、1964年から1965年にかけてサイゴンでは軍高官同士のクーデターが乱発しており、政情は混迷を極めていた。その中で資金と組織力を持つ華人ギルドは瞬く間に勢力を取り戻し、1965年には南ベトナムにおける米貿易の80%、食品業界の78%を掌握するに至った。


グエン・バン・チュー政権

 しかし、1965年に政権を獲得したグエン・バン・チュー将軍、グエン・カオ・キ将軍らは、南ベトナムの政治・経済に多大な影響力を持つ華人勢力を危険視した。この二名の若い将軍は米国政府からの支援を受けてグエン・カーン将軍勢力を排除し新たに政権に就いた。しかしアメリカの公認があるとは言え、国内における政権の権力基盤は未だ安定しておらず、敵対勢力への警戒は予断を許さない状態だった。
 そんな中、ベトナム経済に深刻な打撃を与えかねない米価高騰が発生したことで、チュー政権は米貿易を独占する華人勢力に対し強い危機感を抱いた。そして政府はこれを機に華人勢力・三合会の弱体化を図り、タ・ヴィンの処刑を強行した。米の価格操作はタ・ヴィン個人によるものではない事は明らかであり、この処刑は華人社会全体に対する見せしめであった。
 台湾政府、三合会はこれに強く反発し、キ首相と以前から親交のあった台湾空軍司令官 徐煥升(シュー・フアンション)二等上将が直接処刑の中止を求めた。また三合会は人員を総動員して公正な裁判を求める嘆願書を集め、台北のベトナム共和国大使館に提出した。しかし処刑の決定が覆る事はなかった。
 1966年3月14日、チョロンから程近いベンタイン市場フランス語学校裏の処刑場にて、移動裁判所がタ・ヴィンに死刑を宣告した。当時サイゴンの人口の約30%は華人系であったことから市民による大規模な抗議デモ・暴動が予想されたため、政府側は警察・憲兵隊に加えて空挺部隊1個大隊を配置し、厳戒態勢の下で銃殺による公開処刑が行われた。
 


 1955年にジェム政権が20世紀最大の犯罪組織『ビンスエン団』の討伐を行った際はサイゴン市内で大規模な市街戦が発生したのに対し、この1966年の事件の後に三合会が政府に対する破壊活動を行ったという記録は見受けられません。しかし政府が恐れるほどの影響力を持っていた事は確かであり、戦争という混沌とした社会と大金の動く状況の中で、三合会、そしてベトナム華人がどのような役割を果たしたのかについては私としても非常に気になるところであり、今後も調べていきたいです。
  


2016年09月17日

警察迷彩お直し

 去年、十数年前に売られていた懐かしのベトナム共和国国家警察迷彩服(通称クラウド)のリプロがデッドストックで某エアガンショップから格安で売り出され、身内でちょっとしたお祭り騒ぎになりました。以前から米国在住の国家警察ベテランの方がクラウドのリプロを欲しがっていたので、その時この服を代理購入して2着ほど米国に送ったくらいです。


 しかしこの服はいまいち完成度が足りない(と言うかいろいろ間違ってる)ので、ホア少尉も「この形じゃなよね・・・」と残念がってました。とは言え、今のところ使えるリプロはこれしかない(※)ので、贅沢は言えません。不満な部分は自分で手直ししちゃいます。

※なんか数年前からイーベイに国家警察迷彩服のリプロと称されるダックっぽい謎の迷彩服が出回ってるけど、あれは迷彩パターンそのものが出来が悪いを通り越して全くの別物なので無視しています。
※つい最近、EAがクラウドのリプロ作ってるような事を窺わせる写真を公開してますね。あれが試作品なら、なかなか期待できると思います。あとは変な裁断で作られない事を祈るばかりです。


 まず、全てのポケットがタイガーストライプのノリでマチつきになってるので、一旦全部服から外して作り直し。縫い跡が残るのは悔しいけど、新品なので比較的目立たないのがまだ救い。
 警察迷彩服は軍とは別の発注?生産ライン?のようで、軍の作戦服とは明らかに裁断が異なります。ポケットは1ボタンもあれば2ボタンもあり、形も四角だったり角面だったりで、実物軍服には疎い僕には、何が正解なのか全然わかりません。なのでとりあえず今回は、僕個人の好みで上着は1ボタン四角ポケットの2ポケットで、エポレットを追加。ズボンはケツポケットが(フラップを使いまわすために)2ボタンのままマチをなくし、カーゴポケットを撤去という形でやってみようと思います。


ボタンはたまたま家にあった市販の黒いABS製ボタンで代用。本当は上段にある真ん中が平らなタイプが実物と似ているので全てこれを使いたかったのですが、数が足りないので膨らんでいるタイプも使っちゃいます。


また服自体のサイズが僕には大きかったので、自分の体形にフィットしている服を重ねて、余った部分を詰めます。
※股の立体裁断部を無理に縫いつぶすと履き心地がかなり悪くなるので注意。僕は過去に何度も失敗してます。

 



とりあえず、今の進捗はここまで。
ミシン作業は馴れたものですが、エポレットをちゃんと肩口に差し込むか、上から縫い付けて誤魔化すか、まだ考え中です。


当時基地の近所に必ずあった軍服のお直し屋さん。もしかして店の二人が着てる服も余った軍服生地で作ったもの?(笑)