2013年10月22日
M16ライフル用サイレンサー開発小史
ベトナム戦争が激化していく中で、特殊作戦に関与する人間はその当初からサイレンサー/サウンドサプレッサーを搭載したM16ライフルの必要性を感じていた。サイレンサーは周囲の敵に発砲を悟られないだけでなく、相手が撃たれている事に気づいた場合でも、射手の位置が特定できないという利点がある。発砲音が聞こえない場合、人間の脳は体に感じる弾丸の衝撃波の方向を、つまり弾丸の進行方向に対し直交する方向をその弾丸が発射された方向だと解釈してしまう。さらに着弾の衝撃音も加わるので、敵兵は実際の射手の方向より90~180度離れた方向に注意を向けてしまう。これは待ち伏せ作戦や、少ない戦力で大部隊に対処しなければならない時に非常に効果的であった。
HEL M2
アメリカ陸軍HEL(人体工学研究所)は、1960年代初頭から多種におよぶM16用サイレンサーを開発し改良を進めた。最初に開発された"HEL 5.56mm サプレッサー M2"はM16用の実験型サプレッサーであり、全長は14インチ(約35.6cm)。マズル部分を中心に、バレルを覆うように前後にチャンバー(減圧室)が伸び、マズル前方に24個のバッフル(燃焼ガス減圧用の仕切り)を備えている。取り付ける際はライフルのフラッシュサプレッサーを取り外してからバレルをM2サプレッサーに挿入し、マズルのネジ部に固定する。(※2017年2月4日訂正)さらに緩み防止のためチャンバー後部のボルトでバレルにも固定する。(銃側のバレルを変える必要はない)
HEL M4
1966年5月、在ベトナムアメリカ陸軍(USARV)は、M16用サイレンサーの必要性が非常に高まっているとして国防総省へ装備調達の非常要請(ENSURE #77)を行った。これを受けてHELは新たにM2のバリエーションの設計、テストを行った。
HELは小型化のためM2の内部構造を変更し、全長を5cmも短縮した12インチ(約30.5cm)に収めた。バッフルの数も24個から11個に削減されている。このバッフルは、マズル先端の2枚がバック・プレッシャー(燃焼ガスのライフル側チャンバー内への逆圧)を減少するために大きな開口部を有しており、それに続いて減圧用のバッフルが9個並んでいる。この新型サイレンサーHEL M4ノイズ・サプレッサーは十分に発砲音を低減する事ができ、敵に弾道を悟られる事も無く、射手の戦術的優位性と生存性を大きく向上させた。取り付けはM2と同様、ライフルのバレルをサイレンサーに挿入し、マズルのネジおよびチャンバー後部の複数のボルトで固定するものであった。
このM4サプレッサーの減音性能は非常に高く、発砲音を35~36dB減音した(マズルから前方3.8m、横0.6mの距離で測定)。周囲の植物・地形が理想的な条件の場合、50ヤード(約45メートル)以上の距離ではM16ライフルからの発砲音は完全に確認できなくなり、まるで短銃身の22口径ライフルのような弾丸の飛翔音だけが残るという。
USARVは1,080本のHEL M4ノイズサプレッサーに対し調達資格を与え、1967年12月までに最初の120本のサイレンサーが生産されたが、更なる生産はUSARVによる実地試験の間保留された。そして20本のサイレンサーがテストの為USARVに送られ、1968年3月から4月にかけて、USAIB(アメリカ陸軍歩兵委員会)がテストを実施した。このUSAIBのテストによって、M4ノイズサプレッサーの3つの問題点が明らかとなる。
(1) 逆流した燃焼ガスがチャージングハンドル周辺から噴き出し、射手の目を痛める場合がある。
(2) ライフルから排出される薬莢が異常に飛び跳ねて左利きの射手の顔面に当たる場合がある。
(3) フルオート射撃をした際、ライフルが不調を起こす割合が通常時に比べて非常に高い。
またHELアバディーン実験場での初期開発段階においても、M4ノイズサプレッサーがM16ライフルに数々の問題を引き起こす事が確認されていた。
(1) 燃焼ガスのバック・プレッシャー(逆圧)の増加
(2) 発射サイクルの増大、
(3) ボルト後退速度の増加
(4) 排出ガスの射手顔面への噴射
中でも最も問題となったのがバック・プレッシャーの増加であり、ボルト内のボルトキャリーキーを破断させるなど、他の弊害にも繋がった。そこでHELは、ガス圧開放孔(ガスプレッシャーリリーフポート)を追加した新型ボルトキャリアーを開発した。銃本体のボルトキャリアーをこれに交換する事によりボルト後退速度と発射サイクルの問題は解決され、セレクターのセミオート・フルオートに関係なく、銃を安定して作動させることに成功した。
ただし、この対策の唯一の欠点は、ボルトキャリアーがサイレンサー専用の構造となるため、サイレンサーを外した状態ではガス圧が低下しすぎてセミオート射撃すら不可能となる事であった。これは一度ボルトキャリアーを交換してしまうと、サイレンサーは銃の作動に不可欠な部位と化して故障時や不必要な場合もサイレンサーを取り外す事ができなくなる事を意味しており、これは特殊作戦の従事者にとって、とても理想的な条件と言えるものではなかった。
また、ボルトキャリアーが変更されても相変わらずチャ-ジングハンドル周辺から噴出した高温の燃焼ガスが射手の顔面に当たるケースが有った為、HELはM16A1のチャージングハンドルに特殊なガス・ディフレクター(変向器)を追加した。しかし、このディフレクターの効果は薄かった。

USAIBは最終的に、HEL M4ノイズサプレッサーに対し「戦力として足りうる機器」との結論を下したが、現状では実戦で完璧に機能するものではないとして、これらの問題点を修正するようHELに要請した。アメリカ陸軍LRRP、特殊部隊、海軍SEALは1968年夏ごろからHEL M4ノイズサプレッサーの使用を開始したが、更なる改良型の配備が待たれた。
同時に、"ENSURE #77"に対応するサイレンサーの開発は陸軍HELの他、陸軍フランクフォード造兵廠(※2017年2月4日訂正)と民間企業のシオニクス(SIONICS)社でも行われていた。1968年5月、ジョージア州フォート・ベニング基地で行われたUSAIBによる性能評価テスト(MPT)に、HEL・シオニクス・FAの三者は計7種のサプレッサーを提出した。
フランクフォード造兵廠 モデルFA XM
アメリカ陸軍フランクフォード造兵廠(Frankford Arsenal)はMPTに、モデルFA XMおよびFA CMの二種のサイレンサーを提出した。FAのサイレンサーは直径1.25インチ、バッフル構造よりも多孔式アルミニウムを多用した構造であった。外観は他のサイレンサーと異なり、マズル先端のネジ部にそのまま取り付けられるようになっており、バレルを覆うチャンバー(減圧室)は持っていない。減音性能は32~36db減とHEL M4に匹敵する高性能であったが、信頼性にいくつかの問題を抱えており採用には至らなかった。
シオニクス 5.56mmサプレッサー
シオニクス社は元OSS工作員ミッチェル・ワーベルが創設した兵器開発企業である。後にミリタリー・アーマメント社(MAC)を子会社とし、各種サイレンサーやサブマシンガン(MAC-10シリーズ)を主力商品とした。
シオニクス製サイレンサーには、HELのようなバッフル機構ではなく、シオニクス社長ミッチェル・ワーベルが開発したスパイラル・ディフューザー機構が搭載されたが、これは特許上の問題からであった。スパイラル・ディフューザーは一枚の金属板をらせん状にした物で、バッフルと同様にチャンバー内を細かく区切り、発砲音の原因となる高温高圧の燃焼ガスを減圧する役割がある。
シオニクスの最初期のモデルは、HELのようにバレルを覆うようにマズルの前後にチャンバーが伸びるのではなく、サイレンサー後端にネジが切ってあり、そこにマズルをねじ込む方式であった。
シオニクス MAW-556
その後シオニクス製サイレンサーは改良が進み、USAIBの装備評価テスト(MPT)にはMAW-556シリーズ(A1、A2、A3)の3本が提出された。このMAWサイレンサーは外観がHEL M2に酷似しており、減音性能は概ね10~11dB減であった。
MPTにおいて、MAWサプレッサーにはいくつかの問題点が指摘された。当時シオニクスは他のメーカーに先駆けて新素材の使用を進めており、 MAWシリーズの内部にも樹脂製のブッシュが用いられていた。しかしこのブッシュはフルオート射撃テストの際に熱で溶けてしまうことが明らかとなった。これを受けてシオニクスは耐熱テフロン加工したブッシュを再設計してMPTに提出したが、それでも温度が約540℃に達すると溶解してしまった。そしてブッシュは最終的にネーバル黄銅で製作されることとなった。
もう一つの問題はガス圧解放バルブにあった。発射サイクルテストにおいてバルブ内のスプリングの不具合が発生したため、シオニクスはインコネル(耐熱合金)製スプリングを再設計してテストに提出したが、不具合を修正することは出来なかった。その後も改良が加えられたが、最終的にバルブはスプリングを用いない受動式リリーフバルブに変更された。シオニクスは、MPTで指摘されたスプリングの不具合はそもそもサイレンサーとしての機能に影響が出る物ではないとして、スプリングそのものの使用を取りやめた。これはライフル用サイレンサーとしては非常に稀な機構であった。
MPTに提出されたMAW-A1、A2、A3の3本のうち二つはチタン製、もう一つはアルミニウム製スパイラルサプレッサーリングを備えていた。耐久性テスト期間中も構造・素材に大幅な改良が続き、アルミニウム製スパイラルサプレッサーリングは、途中からステンレス鋼へ材質が変更された。チタン製は、後にサイレンサーの内部構造素材として普及したが、当時は初めての試みであり、シオニクスはチタン製サイレンサーのパイオニアとなった。このようにシオニクス製サイレンサーは各部に革新的な素材を使用していたが、コスト面で折り合いが付かず、結局ベトナム戦争期に普及するM16ライフル用サイレンサーとして採用されるには至らなかった。(ただしMAW-556の7.62mmNATO仕様である"M14SS-1 7.62mm ノイズ&フラッシュサプレッサー"は、XM21狙撃システム向けに採用されベトナム戦争に投入された。※2015年11月5日訂正)

▲コルトの狙撃用M16A1実験モデル655(上)とモデル656(下)
シオニクスMAWサプレッサーが標準装備とされたが、実戦配備は見送られた。
▲南ベトナム軍の式典でMAWサプレッサーのデモンストレーションをするシオニクス社長ミッチェル・ワーベル
ワーベルは兵器企業の社長をこなす傍らCIAの工作員でもあり、軍事顧問として南ベトナム軍空挺師団に派遣されていた。商魂たくましいワーベルは派遣先の南ベトナムやタイの軍・警察当局にイングラムSMGや各種サイレンサーを含む自社製品の売り込みを行った。
またワーベルは傭兵兼CIA工作員としてドミニカ、ハイチ、バハマ、パナマ、アルゼンチンでの政治工作に従事し、63年のケネディ大統領暗殺事件にも関与したとも長年噂されている。
HEL E4A
1968年の4月から5月にかけて、HELはM4ノイズサプレッサーをベースにしたサイレンサーを開発した。この新型サイレンサーはマズルへの取り付け方を従来通りのまま、バッフルスタックからバッフルの数を5個も減らしており、全長は9.5インチ(約24.1cm)まで短縮された。さらに専用ボルトキャリアーへの交換無しで、サイレンサー装着時、非装着時のどちらも正常に銃を作動させる事ができた。モデル名は当初はM4Aであったが、後にH4A、そして最終的にはHEL E4Aの名称で決定された。
USAIBによるMPTの結果、E4Aは前モデルのM4ほどの消音性ではなかったものの、M4の問題点であった耐久性と信頼性を完全に解決していた。E4AはM16A1の発砲音を26dB減音させる。これはシオニクス製MAW(10~11dB減)よりは優秀であったが、HEL M4(35~36dB減)やFA XW(32~36db減)に敵う数値ではなかった。しかし他のサイレンサーにも欠点はあり、その中でE4Aの性能は群を抜いていた。特に連続発射テストにおいて、E4Aのトラブル発生率は他のサイレンサーに比べて大幅に低く、1000発中わずか3発であった。
MPTの報告書は1968年9月に公表され、最終的にベトナムでの使用に最も適しているのはHEL E4Aであるとの評価が下された。その後HEL E4Aサプレッサーは960本生産され、1968年末から1969年初頭にかけてベトナムに送られ、アメリカ陸軍レンジャー、特殊部隊、海軍SEALの使用するサイレンサーはそれまでのM4から順次、E4Aに更新されていった。
納入価格は合計4万2000ドルであったが、大量生産によるコストダウンで、1本あたりの価格はわずか46ドル未満であった。サイレンサーは消耗品であり、故障しても武器科中隊によって修理されることなく廃棄処分されるため、コスト減は実戦配備の為の必須条件であった。
チャイナレイク・ラボ Mk 2 Mod 0

▲米海軍UDT / SEALミュージアムに展示されているMk2 Mod0
展示用にカットされているが、実際には内部にバッフルを備えていたと思われる。

▲Mk2 Mod0サプレッサーを装備したMk4 Mod0ライフル
ベトナム戦争において、アメリカ海軍SEALは陸軍・海兵隊と同様にM16A1ライフルを使用していたが、元々M16A1は海水中での運用を想定しておらず、よりSEALの任務に特化したライフルが求められた。そのため海軍チャイナレイク・ラボはM16A1の内部機構に防錆処理や対水圧パッキンなどを加え海水に触れる環境下での運用にも耐えるよう改良し、1970年4月にMk4 Mod0ライフルとして制式化した。また、このMk4 Mod0には陸軍のHEL M4サプレッサーをベースに海軍が独自の改良を加えたMk2 Mod0ブラストサプレッサーが標準装備されていた。
HEL M4は燃焼ガスのバックプレッシャー(逆圧)の問題から、専用のボルトキャリアーへの交換と、ガス・ディフレクターの装着を要した。しかしMk2 Mod0は銃から取り外しても銃本体の作動に影響は無く、ボルト・キャリアやチャージング・ハンドルを変更する必要もなかった。また排水性も非常に良かった。
SEALは1968年末以降、陸軍が開発したHEL E4Aを使用していたが、Mk4 Mod0の採用に伴い、Mk2 Mod0ブラスト・サプレッサーを制式装備とした。
KAC Mk 2


1970年代後半、アメリカ海軍ではMk4 Mod0ライフルの改良型Mk4 Mod1に搭載する新型サイレンサーの選定が行われ、1980年から1981年にかけて採用テストが行われた。この計画にはナイツ・アーマメント社(KAC)、ラランド(Larand)社、クオレーテック(Qual A Tec)社が参加し、各社が独自のサイレンサーを提出した。海軍は新型サイレンサーの性能要求として、海水に浸かった状態から6~8秒以内に完全に排水できる事、かつ弾丸250~300発もしくは完全装備のSEALチームが携帯できる弾数を連続射撃できる事とした。
これに対しKACは、Mk2ブラスト・サプレッサーを開発し、その性能で他のメーカーを圧倒した。KAC Mk2は海水を8秒以内に完全に排出でき、最高サイクルで発砲しても問題なく作動した。さらに水圧に対する耐性も高く、海水の中でもダメージを受けることは無かった。
こうしてKAC Mk2はMk4 Mod1用サイレンサーとして採用され、SEALの新たな装備とされた。なお、このKAC Mk2はMk4 Mod1のみならず、後にSEALで採用されたM16A2カービン(モデル725やXM4カービン)等にも装着可能であった。
今回調べてて、唯一謎のまま終わってしまったのがこのサイレンサー。

米101空挺師団第1旅団LRRP(1965~1968年)で使用されたものらしいけど、全く正体不明です。
年代的に見てHEL M4とかよりももっと前の世代の物。
どなたか情報お持ちでしたら、お教え下さいませm(_ _)m
どうでもいいけど、サプレッサーの断面図ってなんかオナホっぽいよね

この記事へのコメント
自分もイチロクちゃんにサプレッサー付けようかと
考えた事あるんですが、発売されてるのは、現用型なので
オーパーツ感が漂って見送りました。
試作品は随分と長いんですね。
オナホwww
考えた事あるんですが、発売されてるのは、現用型なので
オーパーツ感が漂って見送りました。
試作品は随分と長いんですね。
オナホwww
Posted by Oscar
at 2013年10月24日 11:01

>Oscarさん
特殊部隊でもそんなに使っている訳ではないので、商品化される事は無いんでしょうね・・・
しかし構造自体はけっこう簡単なので、寸法さえ分かってしまえば塩ビ管などで自作するのも、そう難しくないなと気付きました。
当時はサプレッサーの技術も発展途上で、あんなに長いのに減音性能は最低クラスだったりと、減音と銃の安定作動のバランスはかなり難しかったようです。
特殊部隊でもそんなに使っている訳ではないので、商品化される事は無いんでしょうね・・・
しかし構造自体はけっこう簡単なので、寸法さえ分かってしまえば塩ビ管などで自作するのも、そう難しくないなと気付きました。
当時はサプレッサーの技術も発展途上で、あんなに長いのに減音性能は最低クラスだったりと、減音と銃の安定作動のバランスはかなり難しかったようです。
Posted by タイガ
at 2013年10月24日 21:27

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