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2022年08月04日

我が家のキャロット

これまでコスプレ用にいくつかキャロット(仏語でギャリソンキャップの意)を買ってきたものの、いまだに着用して撮影したことがありません。
なので今回は話の種に、キャロット単体でご紹介。


①フランス植民地軍歩兵部隊Mle46キャロット(デスボランティア製リプロ)

第一次インドシナ戦争~アルジェリア戦争で使われたキャロットの植民地軍仕様。錨のバッジ以外は陸軍と共通。
赤い色は歩兵の兵科色で、植民地軍の場合は植民地歩兵部隊を意味します。


②フランス植民地軍Mle47キャロット(フランス製リプロ)

第一次インドシナ戦争~アルジェリア戦争で使われた熱帯用キャロットの植民地軍仕様で、こちらも錨のバッジ以外は陸軍と共通。
上のMle46と違って兵科色を示さないので、どの兵科でも被れる便利な帽子です。


③アメリカ陸軍カーキギャリソンキャップ(実物)

フランス軍Mle47キャロットの代用品として買いました。Mle47キャロットは米軍ギャリソンキャップのコピーであるため、代用にはもってこいです。
上で述べたように錨なしのキャロットはフランス陸軍仕様であるのに加え、第一次インドシナ戦争期のベトナム陸軍や支援軍(民兵)でも着用されました。
またベトナム戦争期には陸軍ではキャロットは廃止されていたものの、一方でMle47と同様のカーキ色キャロットがベトナム海軍や人民自衛団(民兵)の一部、学生向け軍事教練プログラムで着用されました。


③アメリカ空軍士官ギャリソンキャップ(実物)

ベトナム空軍士官キャロットの代用品として買いました。
第2次大戦後にアメリカの支援によって創設された西側諸国の空軍同様、ベトナム空軍のキャロットも見た目はアメリカ空軍の物と瓜二つです。


ちなみにキャロット(Calot)はフランス語ですが、ベトナム共和国軍ではCalotをベトナム語読みして"カロット帽( Calot)"と呼んでいたようです。

▲Huấn Lệnh Điều Hành Căn Bản (1969)より

Calot自体に帽子という意味があるのでカロット帽だと意味が重複していますが、日本語でもベレー帽とかマスケット銃とかチゲ鍋とか言うように、外国語を輸入するとこういう事ってよく有りますよね。

  


2022年06月29日

金属製 天使の翼

※2022年7月1日更新

先日、ベトナム陸軍空挺部隊の職種徽章(いわゆる兵科章)『天使の翼章(Huy hiệu Cánh Thiên Thần)』の金属製レプリカを買いました。


こういった職種を示す徽章の中でも、金属製の物は多くの場合、勤務服や外出服、大礼服といった制服に佩用されます。(※憲兵など一部の部隊では作戦服にも佩用されます)
また外出服および大礼服に佩用する際は、ジャケットの襟(ラペル)に左右対称に佩用します。(※尉官・佐官のみ)

▲空挺師団師団長レ・クアン・ルオン准将(当時中佐)

しかし上の写真のようなジャケット用の左右対称デザインのレプリカは今のところ存在していない(はず)なので、今回買ったレプリカを装着できるのは勤務服(チノシャツ)に限られます。
なおこういった徽章を勤務服に佩用する場合、普通は右胸ポケットの上に装着されるのですが、空挺部隊だけは他の部隊とは違った独特の文化をもっており、天使の翼章は左エポレットに装着されます。


ただしこれは階級章が袖に付く一等中士(一等軍曹)以下の階級だけで、上士(曹長)以上は階級章がエポレットに通すスリップオン式になるため、天使の翼章はこの位置には佩用されません。

この付け方を手持ちの服で再現するとこんな感じになります。


赤い台布は有っても無くても構いませんが、有った方がカッコいいのでフェルト布を切って作りました。


なお過去に何度か記事に書いてきましたが、天使の翼章の由来は、フランス軍空挺部隊が1946年に導入した、大天使ミカエルの翼と剣をモチーフにしたベレー章になります。
このベレー章はフランス軍の麾下で1951年に発足したベトナム陸軍空挺部隊にも継承されており、1955年にベトナムがフランス連合を脱退した後も、そのデザインは空挺部隊のシンボル=天使の翼章として継承されました。


こうした経緯から、大天使ミカエルはベトナム陸軍空挺部隊の守護天使とされており、空挺部隊本部が置かれたホアン・ホア・タム駐屯地(タンソンニュット基地内)の前には巨大な聖ミカエル像が鎮座してました。

  


2022年05月30日

MVGでフランス連合軍

先週末のMVGに、第一次インドシナ戦争期のフランス連合軍の軍装で参加してきました。

土曜日は個人的なコスプレとして、先日シャツを作ったコマンド・ノーヴィトナム(ベトナム北部のベトナム人コマンド部隊)


物資は第一次インドシナ戦争期とかなりの部分で共通なので、アルジェリア戦争期のフランス軍のリビングヒストリー展示にお邪魔して写真を撮らせて頂きました。



日曜は仲間に声をかけて、フランス連合軍のベトナム人歩兵部隊の軍装で集まり撮影会を行ってきました。
今回はフランス連合歩兵なら何でもありにして、細かい部隊や年代設定は定めなかったのですが、結果的にはフランス植民地軍のRIC(植民地歩兵連隊)っぽい感じになりました。














1946年の第一次インドシナ戦争開戦以来、インドシナ平定を担うCEFEO(フランス極東遠征軍団)内部ではフランス人兵士の撤退と同時に現地インドシナ人兵士の採用、インドシナ諸国軍の創設が進められており、1953年までにフランス連合軍の人員の約7割がインドシナ人で構成されるようになりました。
また一口に「歩兵部隊」と言っても、フランス連合軍内には様々な組織が存在しており、ベトナム人(キン族)の正規部隊だけでも次の部隊が存在しました。
・フランス植民地軍:BMI(インドシナ徒歩大隊)、RIC(植民地歩兵連隊)
・フランス外人部隊:REI(外人歩兵連隊)内のインドシナ人大隊
・ベトナム陸軍:BVN(ベトナム大隊/歩兵大隊)、BL(軽大隊)
(過去記事『ジェハ=ホーゼ大将 『ベトナミゼーション』:先住民のインドシナ戦争への参加』参照)

とは言え、フランス連合軍ではどの部隊も同じフランス陸軍式の被服・装備が支給されたので、それを着る人間がフランス人でもセネガル人でもベトナム人でも、軍装に大した違いはありません。唯一違うのは、階級章などの徽章のデザインだけです。
  


2022年05月05日

北ベトナムのコマンド

今日はずっと後回しにしてきた、コマンド・ノーヴィトナム用代用品シャツの改造を行いました。

コマンド・ノーヴィトナム(Commandos Nord-Vietnam)とは第一次インドシナ戦争後半(1950年代前半)、フランス植民地軍の指揮下でベトミンと戦ったベトナム人コマンド部隊の一つです。
戦時中はベトナム各地で反共派ベトナム人民兵によるコマンドが多数組織されましたが、中でもノーヴィトナムその名の通りベトナム北部に住むベトナム人および少数民族で構成され、およそ50個の中隊から成るコマンドの中でも最大の部隊でした。

このノーヴィトナムの軍装を再現するに当たり、まず目標としたのがこの特徴的な黒い戦闘服。

ノーヴィトナム コマンド13のパレード [1954年]

この黒い服の上着は、大きく分けてチノシャツ型とプルオーバーシャツ型の2種類が見られます。


なお、プルオーバーシャツ型ノーヴィトナムの他にも、ベトナム北部のタイ系山岳民族で構成されたGCMA((混成空挺コマンド群)でも着用されました。


これを再現するにあたり、プルオーバーシャツ型を作るのは簡単ではないので、まずは簡単そうなチノシャツ型を作る事にしました。
素材はディッキーズの黒色ワークシャツ。


これにエポレットを追加。
エポレットにする生地は、このシャツの裾を10cmほど切り取って捻出しました。



完成。改造はこれだけです。
黒のチノシャツ型戦闘服はフランス軍の正式な軍服ではなく、民兵用に現地で生産された非公式な物なので、裁断やボタンなどの細部は様々なタイプが見られます。
なので大まかな形状さえ合っていれば、細部にこだわる必要はないと思っています。


なお、上着以外の被服・徽章はすでに用意してあります。




ベレーは『50年代ベレー代用品』で紹介したアパレルメーカー製のツーピース黒ベレー。


これにてノーヴィトナムの最低限のセットは揃いました。


ちなみに、ノーヴィトナムでは上記の黒色戦闘服を着ている中隊が多いですが、全ての中隊が黒色を着ていたわけではありません。他にも以下のような被服が見られます。

▲仏軍カーキシャツ/ハーフパンツ

▲仏軍TTA47戦闘服

▲TTA47に手書きで迷彩を描いたもの。

▲フランス海軍コマンド迷彩スモック
海軍コマンドからノーヴィトナムに派遣された中隊に限る。


そう言えばアメリカのWhat Price Gloryから、待望のリプロTTA47が発売されたそうですね。

友人が買ったものを先日見せてもらいましたが、生地の色がとても良い感じでした。
細かく見ると、実は裁断が一般部隊用とは若干異なるらしいですが、ぱっと見は違和感無いです。
上記のように、TTA47さえ有れば一般部隊はもちろん空挺やコマンドなど当時のフランス連合軍は大体何でもできちゃうので、第一次インドシナ戦争やアルジェリア戦争のフランス軍に興味がある人は絶対買っておいた方が良いと思います。
  


2022年04月19日

古いレンズと短パン空挺

過去記事『写真作りについて』で述べたように、リエナクトや歴史コスプレの写真を撮るにあたって、写真を当時物っぽく見せるために最も確実なのは、実際に当時使われていた機材を使う事です。
なので過去には僕も1959年発売のレンジファインダーカメラ(135フィルム)を使って撮っていましたが、いかんせんフィルムは撮れば撮るほど現像代とデジタル化の費用がかかるので、気軽に撮りまくれる物ではありませんでした。

そこで写真の雰囲気とコストパフォーマンスを両立すべく構想していたのが、想定する時代に近い古いレンズを用意し、それを現代のデジカメに搭載して撮影する方法です。
この方法自体はだいぶ前から考えていたのですが、ついに先日、重い腰を上げてニコン製の古いレンズを買いました。
レンズはNIKKOR 50mm F1.4で、中でも1976年発売の『New NIKKOR (後期型)』と呼ばれるモデルだそうです。

1976年発売なので時代としてはベトナム戦争終結後になりますが、NIKKOR 50mm F1.4という商品自体は1962年の発売から徐々に改良が繰り返されてきたレンズなので、写真の写り方自体は1975年以前のモデルと比べても恐らく大きな違いはないはずと思っています。
そして、このレンズをPixco製のマウントアダプターを介して手持ちのオリンパスE-620に取り付け。


ちなみに、これは偶然なのですが、オリンパスのデジタル一眼レフは手振れ補正機構がレンズではなくカメラ本体側に付いているので、半世紀近く前のレンズであっても手振れ補正が働いてくれるのです!

こうして機材の準備が整ったので、さっそく友人と二人でコスプレ撮影しました。
設定は1953年ごろのベトナム陸軍第3空挺大隊(フランス極東遠征軍団第3ベトナム空挺大隊)。



レンズは絞りF1.4という事で、ボケ具合は申し分なし。
ただ、カメラの設定がオートのままだと写真があまり古い感じにならなかったので、今回もあとからフィルムっぽく加工しています。
あらかじめISO感度を高めに設定しておけば、画がザラついてフィルムっぽさが出るかな?次回試してみます。

なお、こちらが今回テーマとした1953年の第3空挺大隊の写真。


フランス連合の空挺部隊と言うとビシッと迷彩服を着ているイメージですが、発足当初のベトナム空挺大隊は迷彩服の支給が少し遅かったため、部隊によっては1953年頃までTTA47戦闘服やカーキ半ズボンなど、一般部隊と同じ被服も使われています。

女子っぽく言うと、半ズボンという一見空挺部隊には見えないスタイルに「ギャップ萌え」ですよね。
  


2022年04月01日

ベトナムロケから帰国

実は3月中盤から約2週間ベトナムに行っており、本日、日本に帰国しました。
(エイプリルフールじゃないですよ。笑)

前回のベトナム訪問同様、安全のため日本に帰国するまでは一切の情報を伏せていました。

【2016年のベトナム訪問】
ビエンホア国軍墓地
https://ichiban.militaryblog.jp/e789059.html
スンロクの戦跡
https://ichiban.militaryblog.jp/e789541.html
ベトナム戦跡めぐりダイジェスト
https://ichiban.militaryblog.jp/e790372.html


今回はアメリカ在住の友人がプロデュースする、南のベトナム人から見たベトナム戦争をテーマとする映像作品制作が主たる目的であり、僕もそのロケに同行して一部出演してきました。

内容は主にベトナム各地の史跡訪問やベテランへのインタビューですが、一部当時の軍装を再現して、戦時中の再現ビデオ、つまりリエナクト撮影も行いました。

現在の社会主義ベトナムでは、例えアマチュアであってもベトナム共和国時代をテーマとする取材は危険ですし、まして軍装を着て撮影なんて完全アウトなので、警察の目の届かない私有地や田舎の田んぼで撮影しました。






まさにベトナムその地なので、本当にこれ以上ないロケーション。
かつて埼玉の普通の高校生がナム戦コスプレサバゲを始めてから18年。運命に導かれてついにここまで来てしまいました。なかなか感慨深いです。


撮影で巡った場所などについては、おいおい記事にしていきます。
まずは、無事日本に帰ってこれた事の報告になります。

実は僕は出発前、日本での生活に未練なんか無いので最悪向こうでくたばっても構わない、くらいの気持ちで出国したのですが、いざ羽田に帰ってきて高速道路から満開の桜を見たら、なぜか急に感動しちゃったんです。
何だかんだ言って、僕の故郷はこの国だったようです。
あと、便所にトイレットペーパーが置いてあるってだけで十分素晴らしい事。  


2022年02月21日

2月勉強会

まだ寒くて屋外で撮影会をする気にはならないので、久しぶりに都内のファミレスで勉強会を開催しました。


参加者は僕を含め4名。
今回は、今後イベントでFO(前進観測班)ごっこするための準備として、以下の項目について学びました。
・火砲による間接射撃の概要
・射撃の流れ
・FOが行う射撃要求
・座標の求め方
・ベトナム共和国軍フォネティックコード

当日使ったテキストはこちらです。
なお素人が断片的な情報をまとめた物なので、専門家から見たら間違いを含んでいる可能性はあります。

また座標やフォネティックコードの項では練習問題を用意し、各員に自力で問題を解いてもらいました。
講義・練習問題に使った地図は、実際にイベントを行う予定の関東某所をYahoo地図で表示しキャプチャ、それを1:25,000縮尺に調整、1km四方のグリッド線を追加した自作品です。
実際の軍用地図はかなり大きな紙に印刷されています(範囲にして数十km四方)が、僕らはそんな広範囲の地図は必要ないので、このダミー地図はA3用紙サイズで作りました。
加えて、民生品ですが軍用と同規格のコーディネートスケール(座標尺)を用いて、実際にその地図上の任意の地点の座標を測定しました。民生品の座標尺は通販で1,000円前後で買う事が出来ます。


また、観測地点から指定された方角(ミル)、距離の地点を地図上に書き込む練習もしました。
なお今回はファミレス店内なので実際にレンザティックコンパスを用いて方角を測定する行程は省きましたが、本番では地べたに這いつくばったまま実際にコンパスを使い、目標の方角と距離を測定したうえで座標を算出するところまでやるつもりです。


勉強会の後は、車で移動しながら都内の軍装品店巡り。
笠俊商店(日暮里)、サムズミリタリ屋(田端)、レプマート(秋葉原)、S&Graf(秋葉原)、カミカゼスタイル(秋葉原)の計5店を周りました。


今日はたくさん話してたくさん食べて、いろいろな場所に行って、かなり充実した一日になりましたface01
  


Posted by 森泉大河 at 00:43Comments(0)リエナクト・コスプレ

2022年02月15日

自作DF37手榴弾

先日、こちらの記事にチラッと仏軍DF37手榴弾を製作中であると書きましたが、その後結局安く作る方法が見当たらず、当初の予定通り弾体も3Dプリンタで出力する事になりました。なのでお金は結構かかってます。


なお強度を出すため、レバーの厚みはあえて再現せず、裏側(内側)を肉厚にしています。

出力したものを塗装。


独特のマスタード色っぽい黄色は、Mr.カラーのキャラクターイエローにダークイエローを混ぜて作りました。
下半分の朱色っぽい赤は、レッドにダークイエローを混ぜたものです。



塗装が終わったら、2mmのアルミ線とステンレス製ダブルリングで自作した安全ピンを取り付けて完成。


とりあえず単体レプリカとしての再現度はけっこう自信あり。
ただ、コストダウン&量産という目標は果たせなかったのが心残り。
安くなるんだったらOF37も作ろうと思ってたけど、それはまだ先になりそうです。

▲フランス連合軍のベトナム人空挺隊員 [1952年]
ベルトに挿してある手榴弾のうち左がDF37、右の2つがOF37。

当時の兵隊ってみんなこのように手榴弾をベルトに挿して持ち運んでいるけど、這ったりしてるうちに落ちないんだろうか?
僕がコスプレする時もこのように身に着けるつもりだけど、落として失くすのはショックが大きすぎるなぁ・・・。
こっそり細い針金か何かで、手榴弾とピストルベルトを結んでおこうかな。
  


2022年01月24日

ここは南国

心頭滅却すれば火もまた涼し。東南アジア軍装すれば気温3℃でも南国気分。
という訳で今年最初のプチ撮影会は、僕の希望で1964~1965年ごろのベトナム陸軍空挺旅団。



結論から言うと、心頭滅却なんて無理ですね。
寒さで腕まくりどころじゃないし、写真を撮る寸前までダウンジャケットを羽織ってないとその場に居られませんでした。
やっぱりここは南国じゃなくて北関東だった・・・



以下、大した内容じゃないけど、空挺関係の小話

おまけ①
インターネットで歴史写真を探すとき、LIFEやTIMEといった報道機関と並び、ソースとしてよく使われるのがストック写真会社。
貴重な写真が沢山あるのは確かであり、僕も画像収集で度々お世話にってますが、一方でソースとしての信頼度は報道機関には及びません。特に撮影年に関してはいい加減なもの(キャプション)が多く見られます。

例えば以下の二社のストック写真会社では、この写真の撮影年を1944年としています。
1944年じゃあベトナムは日本軍の統治下じゃん。ベトミンがOSSに支援されてた頃だよ・・・。


正しい撮影年は不明ですが、兵士の袖の部隊章がベトナム陸軍空挺群(1stパターン)なので、このパッチが使われた1955~1959年の間に撮影されたものと推定されます。
パッチの件はマニアにしかわからないにしても、「1944年の南ベトナム軍」という説明がおかしいという事くらいは、常識として分かってほしいものですが・・・。
しょせん企業のサイトは雇われた人が命じられるままに作った物なので、英語でそれらしく書いてあっても、鵜呑みにしてはなりませぬ。


おまけ②

ベトナム陸軍空挺部隊には、軍の公式資料にまで掲載されながら実際には使用されなかった幻のデザインがあります。

▲左:Huấn Lệnh Điều Hành Căn Bản、右:Hướng dẫn Sĩ Quan

こちらの部隊章は、よく知られている3rdパターン(1962?-1975)と酷似していますが、外郭が空挺部隊の特徴である正方形ではなく、他の部隊で一般的なシールド型で描かれています。
この空挺部隊のシールド型部隊章が見られるのは今のところ上にあげた二つの資料のみで、それ以外の使用例は一切見られません。
一説によると総参謀部は、歩兵師団も海兵隊もシールド型部隊章を使っている中で唯一空挺部隊だけは形状が異なっている事から、これを他の師団と統一しようと試みたそうです。このシールド型空挺部隊章は、そうした試みの中で総参謀部編纂の印刷物に掲載されたと思われます。
しかし当の空挺部隊は、正方形という部隊伝統の形状(おそらくフランス軍空挺コマンド植民地準旅団を源流としている)を奪われ、他(非エリート)と一緒にされる事を強く拒絶し、総参謀部による部隊章の変更命令を拒否し続けたそうです。なので実際に空挺部隊の部隊章がシールド型に変わる事は最後までありませんでした。
空挺部隊は軍の精鋭であるのと同時に、幾度も軍事クーデターの主役を担ってきた政治的影響力を持つ部隊でもあるので、この部隊章の一件は、いかに総参謀部といえども彼らを上意下達で従わせる事などできなかったという良い例かも知れません。
  


2022年01月22日

シーウェーブ写経

一昨年買った香港Illusion militaria製レプリカのベトナム海兵隊ザーコップ迷彩(通称VMD/シーウェーブ)。
このレプリカ、パターンは良くできているのですが、購入当初から気になっていたように、迷彩の黒い模様の色がやたら青いのが、やっぱり気に入りません。

このように実物のシーウェーブは色落ちしても黒の部分は黒いまま薄くなり、青みはほとんど無いもいのが多いのです。

そんなに安いレプリカではないので、どうにか手を加えてちゃんとした色にしたいのですが、逆に黒以外の色は悪くないので全体を染めるわけにはいきません。
そこで残された最後の手段が、迷彩マニア界の奥義、と言うか業深き茨の『マジック手書き』。
これしかないのは分かっていながらも、苦行になるのは目に見えていたので、決心するのにかなりの時間を要しました。


まず失敗した場合を考え、最悪切り取ることが可能な袖から塗り始めました。
ペンは布に書いても比較的にじみにくく、また広い面積を塗るのに便利な極太芯のあるサクラクレパス マイネームツイン太字・細字を使用。
思った以上に下地を隠してちゃんと濃い黒色になってるし、適当に塗りつぶしても塗りムラ(濃淡)が出ないので、この用途にばっちりでした。
こうして細芯で輪郭をなぞり、太芯で中を塗りつぶす作業をひたすら繰り返します。



1日作業して左袖まで完了。上着だけでなくパンツもあるので、気の遠くなるような作業です。
なんだか子供のころにやった漢字練習帳のような、あるいは写経で精神統一しているような気分です。(やった事ないけど)
しかし、これも覚悟の上で始めた事。もう後には引けないので、ペンを追加で3本注文しました。
2・3日でできるような作業ではないので、気長にやっていきたいと思います。
とは言え、呑気に押し入れにしまってしまうと、そのまま何年も放置しかねないので、この服は部屋の見える位置に置き、まだ作業が残っている事を自分に意識させたいと思います。



おまけ

先日ネットでベトナム戦争期の写真を検索していたら、見覚えのある写真が出てきました。
丸で囲った写真は2008年頃に撮った、まだ僕が茶髪ロン毛だった頃のコスプレ写真です。


これまでもSNS上で、僕や友人たちのコスプレ写真が無断転載され、本物の戦時中の写真として拡散される事は度々あったけど、今度はアメリカのローカルTV局かよ。しかもベテランから投稿されたベトナム戦争の記憶をまとめる特設サイトで・・・。
一緒に載ってる他の写真もGoogle画像検索で出てきた写真を無断で使ってるだけっぽいし。仮にもマスメディアなんだから、ソースや権利くらい確認しなさいよ・・・。
僕は自分のコスプレ/リエナクト写真はリエナクトであると明示したうえで公開しているので、それを他人が勝手に転載し、本物と勘違いされようが、それは嘘と本物を見分けられないそいつらが間抜けなだけなので知ったこっちゃないというスタンスなのですが、さすがに今回は(いい加減なサイト制作者はともかく)ベテランが関わったまじめな企画のサイトなので、運営者に「その写真は私が日本でコスプレしてる写真ですよ。」とメールを送りました。
5日経っても返事はなく、サイトもそのままですが・・・。
僕は趣味としてできる限りリアルなコスプレ/リエナクト写真を作る事を追及していますが、そんなお遊びと実際の歴史研究・保存は全く別物。他人の写真を(大半はSNSでのイイネ欲しさに)ソースを隠匿、本物と詐称して転載する自称歴史好きの三下どもには呆れ果てています。
  


2022年01月17日

トンプソンのスリングベルト

先日、久しぶりにビクトリーショウに足を運びました。
僕はまだ手持ちのマルイ製電動ガンM1A1『トンプソン』SMGに取り付けるスリングベルトを持っていなかったので、米軍M3スリング、 通称「Kerr Sling (カースリング)」を探したところ、メーカー不明のレプリカを安く買う事が出来ました。
そして家に帰ってさっそくこれを銃に取り付けようとしたのですが、カースリングというものを触るのは今回が初めてだったので、普通のスリングベルトとは構造が違い過ぎていて、どうやって取り付けたらいいか全然分かりませんでした。
なのでインターネットで取り付け方を検索。Youtubeに、本来のカースリングの取り付け方をレクチャーしてくれる動画がありました。



しかしメーカーが意図した上の取り付け方は必ずしも現場の兵士のニーズに合ったものではなかったらしく、米軍では実際にはそれ以外にも以下のように、現場で考案された様々な取り付け方が存在したと説明している人も居ました。

MP40's Modelguns Forum: https://mp40modelguns.forumotion.net/t140-how-to-fit-thompson-kerr-type-sling


こうして調べてみたら逆にどれが正解か分からなくなってきたので、僕のトンプソンの使用目的である、ベトナム軍における装着例を改めて見直すことにしました。
スリング部分が鮮明に映っている写真が少ない中で、比較的はっきり見える写真の一つが、こちらの陸軍ドゥックミー・レンジャー訓練センターで撮影されたもの(1961年7月撮影)。


これまた、上の米軍の例とは違う取り付け方。
なんと、片方のフックに、銃側のスイベルとスリング側のリングを一まとめにくっつけています。
これを再現すると、こんな感じ。



また下の海兵隊の写真(1962年撮影)でも、片方のスイベルにフックとリングを同時に留める方式は上のレンジャーの例と同じです。(前後は反対)



なお、レンジャーの例ではもう片方(ストック側)がどうなっているかは見えませんが、海兵隊の例ではもう片方(ハンドガード側)スイベルにはそのままフックのみ装着されています。
なのでおそらくレンジャーの例も下の写真のように、もう片方はフックのみ装着だと思われます。

▲レンジャーの例の再現。海兵隊の例はこれの前後反対

この取り付け方法ではスリングの長さを調整することはできず固定となりますが、少なくとも今回挙げたベトナム軍の2例では、実用上は固定長で問題ないと考えられていたのかも知れませんね。  


2022年01月16日

黒ベレー

黒ベレーは一つあると、徽章を付け替えるだけでいろんな設定で使えるので便利ですよという写真を撮りました。
なお徽章は全てレプリカで、ベレー本体はベトナム軍レプリカですらない謎の安物(英米式)を仏式に改造したものです。
でも安物の方が、徽章を付け替えるたびに穴=破損を増やす事になっても気にならないので、コスプレ的には使い勝手が良いのです。


先日載せた第1歩兵師団黒豹中隊

陸軍一般兵科および儀仗隊将校(1967-1975)
陸軍一般兵科将校ベレーは通常オリーブ色に金色徽章で、兵下士官用は黒ベレーに銀色徽章ですが、稀に将校でも黒ベレー(金色徽章)を着用している場合があります。また儀仗隊では将校も全員黒ベレーを着用します。

海軍帆船隊(ジャンクフォース)
※ジャンク=中国式帆船という部隊名ですが、さすがに実際に載るのはエンジン付きの小型木造船舶で、沿岸部で共産ゲリラの物資を輸送する漁船や輸送船を取り締まる海上警備部隊でした。

国家警察
写真の徽章はベレー章ではなく制帽用の帽章ですが、ベレーに制帽用を付けている例もちょいちょい見られます。

特殊部隊(1963-1964)
特殊部隊(LLĐB)は発足(当時の部隊名は第1観測隊)から1964年の再編まで主に赤いベレー帽を着用し、また1963-1964年にかけては黒も着用しました。そしてその後1964-1965年頃に、よく知られるダークグリーン色のベレー帽に切り替わります。

PRU(省探察隊)
PRUでは省ごとに独自のベレー章なども制定されていましたが、写真の『剣と翼』の徽章は全国的にメジャーなものなので、これを付けておけばだいたいOKだと思います。
  


2022年01月13日

フォクフン製ヒュエット

※2022年1月14日更新

昨年8月に予約したフォクフン(オーストラリア)製のベトナム陸軍ヒュエット/ブラッドケーキ迷彩服が紆余曲折を経て先日ついに到着しました。
通常売価650米ドル(僕が買ったときはセールで550ドル)とかなり強気なお値段ですが、サンプル写真の段階でかなり出来が良いのは分かったし、ずっと普通の裁断(大ポケット)ヒュエットが欲しいと思っていたので、ちょっと背伸びして買ってしまいました。
(ヒュエット/ブラッドケーキ迷彩服については過去記事『ブラッドケーキ/ブラッシュ迷彩』参照)


空挺部隊の徽章を縫い付け、1964~1967年頃の仕様にしました。胸ポケットを潰さないよう、一度ポケットを外してから胸章(天使の翼章)を縫い付けました。

さすが高級レプリカだけあって、生地、迷彩、裁断どれをとってもパーフェクト。

落下傘降下の際に空気の侵入を防ぐガスフラップもちゃんと再現されています。


良いものを入手出来てテンション上がったので、部屋の中で自撮りしました。


ライフルは昨年作ったJAC製M16A1改造のAR-15(モデル601)です。


これまで使っていたパンツァーファウスト(香港)製との比較

▼パンツァーファウスト製

ベース生地の色がかなり明るい。それになぜかテーラー改造ジッパーポケット仕様のみ発売され、通常の官給(大ポケット)型は無かった。


▼フォクフン製






おまけ:空挺型上衣

今回フォクフンが再現した官給ヒュエット迷彩服上衣の裁断の事を、僕は『空挺型』と呼んでいます。
この空挺型はヒュエット迷彩服の裁断として1961年頃に採用されたもので、落下傘降下の際に空気の侵入を防ぐため前合わせが隠しボタンとガスフラップで二重に閉じられるようになっており、さらにポケットも隠しボタンの大きなものを備えていました。

また1965年頃に米軍1948年型ERDL迷彩(通称インビジブル)がベトナム軍で採用されると、このインビジブル迷彩服もその多くが空挺型の裁断で生産されました。
ただしヒュエット迷彩が落下傘降下を行う空挺部隊および特殊部隊にしか支給されなかったのに対し、空挺型インビジブル迷彩服は空挺・特殊部隊に加えて、落下傘降下を行わないレンジャー部隊や海兵隊にも支給されました。

空挺型インビジブル迷彩服を使用するレンジャー部隊(1966年)

  


2022年01月10日

インシグニア縫い付け

祝日の今日、予定していた事が急にキャンセルに。暇を持て余した僕がやる事と言えば、やっぱり軍服いじり。


黒豹中隊

フォクフン製レプリカその2、ベトナム陸軍第1歩兵師団『黒豹中隊(Đại Ðội Hắc Báo)』のベレー章とパッチを手持ちのベレーと迷彩服に取り付け。

▲ベレーはずいぶん昔から家にある裏地無しの謎のベレー

▲服は実物生地を再縫製したベトナム製リプロです。


長年、黒豹中隊のベレー章は、その存在は知られていたものの鮮明な画像が出回っておらず、(少なくとも僕の周りでは)詳細は謎に包まれていました。
ところが2019年に当時の鮮明な写真や、コレクター所有の実物の画像が広く知られるようになり、その翌年にはフォクフンがレプリカを発売するという驚くべき早さの展開がありました。



▲1971年のラムソン719作戦に際しラオス領内に出撃する黒豹中隊



②第1偵察中隊

次のイベントで着る予定の第1歩兵師団第1偵察中隊(Đại Ðội 1 Trinh Sát)の服も作り直しました。
(以前にも作ったけど、そのあと徽章を別の設定に付け替えていた)

▲服はヒューストン製TCUをベトナム軍2ポケット風に改造したものです。



▲1971年のラムソン719作戦に際しラオス領内に出撃する第1偵察中隊

黒豹中隊と第1偵察中隊はどちらも第1歩兵師団本部直属の精鋭部隊なので、よくベトナム人の間でも混同されますが、その役割は異なっています。
黒豹中隊はレンジャー部隊のような軽歩兵/コマンド部隊であり、まとまった戦力でヘリボーン強襲などを行います。
一方、第1偵察中隊はその名の通り、米軍LRRPに倣った偵察専門部隊であり、10名に満たないチーム単位で活動します。(過去記事『偵察中隊/ベトナム軍LRRP』参照)




③レンジャー部隊

これまでレンジャー部隊の設定で使う服は、上のヒューストン改やドラゴン製など移り変わってきましたが、このEA製で最後にしたいと思います。

  


2022年01月09日

コルト45ガンベルト

今日、オーストラリアのベトナム共和国軍専門レプリカメーカーフォクフン(Phuoc Hung)に注文していた品物が届きました。




その中の一つが、コルト45(M1911ピストル)用ウェスタン・ガンベルト。
このガンベルトはこれまで複数のメーカーからレプリカが販売されていましたが、その度に(優先度は低めのアイテムなため)買い逃していたので、今回ようやく入手することが出来ました。




やっぱ弾がむき出しで挿してあるとカッチョえぇ~!

しかし元祖コルト45のシングルアクションアーミーなら、カートリッジを一発ずつシリンダーに装填するので、このようにカートリッジを直接ベルトに挿して携帯する事に実用性があったでしょうが、M1911の場合はまずカートリッジをマガジンに入れる必要があるので、ベルトに挿している弾は完全に飾りですね。

なお上で「優先度は低め」と書いたように、このガンベルトは軍の正式な装備品ではなく、民間で販売されている物を将兵が個人的に購入したオシャレアイテムでした。

このような皮革製品屋や露店で売られていたようです。戦時中なので軍・警察向けのホルスターやナイフシースがたくさん売られています。

こうした民間製ホルスター/ガンベルトの中でも、特にウェスタンスタイルのガンベルトはM1911用および各種リボルバー用ともに、空軍での使用例が多く見られるタイプになります。
これはおそらく、陸軍や海兵隊では拳銃を携帯するのは限られた高級将校のみだったのに対し、空軍では航空機搭乗員全体が不時着時の自衛用として拳銃を携帯する事が多かった事、またカートリッジによる光の反射や泥汚れに気を使う必要が無かったためと思われます。

▲空軍H-34ヘリコプターのクルー。リボルバー用ウェスタン・ガンベルトを着用している。


▲式典に臨む空軍の高級将校たち。4人中3人がウェスタン・ガンベルトを着用している。
  


2022年01月06日

銀色ガスシリンダー

以前から気になっていたのですが、第2次大戦からベトナム戦争期の写真を見ていると、ガスシリンダー部分だけが銀色に輝いているM1ガーランド小銃を時々見かけます。

▲第2次大戦期のアメリカ陸軍および海兵隊

▲ベトナム戦争期のベトナム共和国軍

▲こちらのラオス王国軍のポスターでは、M1小銃のガスシリンダー部分がわざわざ銀色に塗り分けて描かれています。


これはいったい何なんだろうと思ってネットを検索してみたら、掲示板にその答えらしき書き込みがいくつかありました。

書き込みによると、M1小銃のガスシリンダーアッセンブリーはステンレス鋼でできており、その表面は他の鋼鉄製パーツのようなパーカライジング処理/リン酸塩被膜ではなく、耐熱性エナメル塗料によって黒く塗装されているだけでした。しかし当時の塗料は性能が良くなかったため次第に塗装が剥がれ、ステンレスの下地が丸見えになっている個体が数多く存在するそうです。

▲コレクター所有のビンテージM1小銃

なお全てのビンテージM1小銃が同じような状態になっているわけではなく、ちゃんと黒いままの物も多く存在しているので、生産時期やメーカーによって塗料や表面処理が異なっていたのかもしれません。


とまぁ、謎が解けたところで、こんなの簡単に再現できそうなので、さっそく手元のマルシン製ガスガンを分解。
ガスシリンダーアッセンブリーをMr.メタルカラーのステンレスで塗装しました。



組んでみると、まぁカッコいい!


組みなおす際にガスシリンダーを手で触ったらステンレス塗装が剥がれて黒い下地が出てきてしまいましたが、それがむしろ、自然に塗装が剥がれたリアルな感じになってくれました。(本来は黒塗料が剥がれてステンレス地が出てくるので逆ですが)

あとは、このガスガンのいじるポイントとして、ストックの色にちょっと不満があるので、オイルステインで塗りなおそうと思います。
オイルステインの場合、まず全体をペーパー掛けして今の塗装を全部落とす必要があるそうなので、けっこうな手間暇がかかりそう。
いずれやる気が出たら(あるいは辛抱たまらなくなったら)やろうと思います。
  


2022年01月05日

代用ラオス軍ベレー

※2022年1月6日更新
※2022年4月9日更新

先日、ネット通販でお洒落なベレー帽を買いました。

exrevo ウール混フェルトパイピングベレー 


こいつにはさっそく、ラオス王国軍陸軍ベレーの代用品になってもらいます。
ファッション向けなので軍用ベレーのように裏地は付いていませんが、どうせ被ってしまえば中は見えないので、コスプレ用の代用品と割り切れば問題ありません。
それに余計な空気穴が無いため、よく通販で売ってるフランス要素が一つもない『フランス軍タイプベレー(笑)』より、よっぽど使い勝手が良いのです。

そしてこれに付けるのが、残念なアメリカ製レプリカを改造して再利用したラオス陸軍ベレー章です。


つい最近、タイのラオス軍マニアたちラオス陸軍ベレー章のレプリカを作ったようですが、それまではまともなベレー章が市販されていなかったのです。
そして僕はタイ製レプリカの存在を知る前に、すでに改造用の素材として変な米国製レプリカ(ベレーサイズだけど裏面は制帽用。しかも本来金色なのに間違って銀色になってる)を買っていました。
タイ製の方が出来が良いのは分かっているのですが、せっかく買った帽章を余らせてもしょうがないので、予定通り改造しました。

制帽用のネジが付いていてそのままではベレーに取り付ける事が出来ない為、ネジ部分を切り落とし、代わりに安全ピンを瞬間接着剤でガチガチに固定。さらに塗料で金色に塗りました。
安全ピンを仮止めしていたマスキングテープに瞬着が染み込み酷いことに。でも裏側なので気にしない。

以上でベレー章は完成なのですが、それとは別に100円ショップのセリアで良い感じの星形の画鋲を見つけたので、これも尉官の階級章として代用します。



熱を加えるといい感じに黄金色に変色してくれました。


 
▲ラオス陸軍第2軍管区SGU(モン族コマンド部隊)の中尉 [1960年代]


またベレー章を変えると他の設定にも使えます。

・フランス軍空挺部隊のベレー章(レプリカ)


ラオス陸軍空挺部隊[1975年]

もともとはフランス空挺のベレー章なのですが、第一次インドシナ戦争中にフランス軍の傘下で創設されたラオス空挺部隊も同一のベレー章を使用しており、さらにラオス空挺はフランスから独立した後も、1975年の終戦まで永きに渡って同じデザインのベレー章(ラオスまたはタイ製)を使い続けていました。


ラオス軍空挺部隊のベレー章(レプリカ)



上でフランス式ベレー章は終戦まで使用されたと書きましたが、実はラオス軍独自のベレー章も存在していました。「独自」と言っても、剣が三叉槍に代わっただけですが。
Ken Conboy氏によると、この三叉槍タイプは1959年ごろに導入されたもののフランス式に置き換わる事はなく、ラオス空挺では終戦までフランス式・ラオス式両方のベレー章が使われていたそうです。
ただし当時の写真ではフランス式と見分けがつきにくいので、ラオス式がどの程度広まっていたのかについては、いまだ把握できていません。

※ちなみに、同じくフランス軍によって創設されたベトナム空挺およびカンボジア空挺でも当初はフランス軍ベレー章を使用していましたが、フランス連合脱退後は完全に独自のデザインに切り替わっています。



SGUとベレー

SGU(Special Guerrilla Unit)とは、ラオス政府の支配が行き届かずベトナム共産軍によるホーチミントレイルおよびラオス共産党の『聖域』と化していたラオス中部ジャール平原(第2軍管区内)において、その地に住むモン族を共産主義勢力に対抗する政府側戦力として活用すべく、米国CIAが組織したコマンド部隊です。
SGUは建前上はラオス陸軍に属しているものの、元々モン族はラオスの多数派民族であるラオ族(低地ラオ族)から人種差別の対象とされていたため、実際の指揮はCIA/米軍のアメリカ人およびタイ軍/国境警備警察のタイ人アドバイザーが担っていました。この辺りはベトナムで行われていたCIDG計画と似たような構造です。
しかし戦争の激化とともにSGUの重要性、そしてラオス軍内におけるモン族の地位は一気に高まり、モン族の軍事指導者ヴァン・パオ将軍はラオス軍第2軍管区司令としてラオス政府中枢、そしてラオス内戦の趨勢に大きく関わる事となります。

 CIAが支援したモン族の本拠地にして最後の砦ロンティエン基地にて[1972年ロンティエン]
左から米国CIA軍事将校ブル・スミス、タイ陸軍参謀長スラキジ・マヤラブ、ラオス第2軍管区司令ヴァン・パオ

SGUでは、基本的にラオス陸軍ベレー章が着用されましたが、SGUが政府軍(右派軍)の主力部隊として躍進すると、陸軍の精鋭である空挺部隊(主にラオ族)将兵の一部もSGUに配属されるようになりました。(CIAが予算出してるSGUの方が空挺部隊より給料が良かったらしい)
こうしてSGUにはモン族に加えて空挺部隊のラオ族も所属するようになり、彼ら空挺部隊からの転属者はSGUに所属しながらも引き続き原隊の空挺ベレー章を着用し続けたようです。なので同じSGUでも、部隊によっては陸軍ベレー章の人(モン族)と空挺ベレー章の人(主にラオ族)の両方が見られます。

空挺ベレー章を着用する第3軍管区SGU将校(おそらくラオ族) [1970年]


さらに1974年初旬、ラオス王国軍は大幅な組織改編を行い、SGUはそれまでの「外国軍に指揮される不正規戦部隊」という扱いから、正式なラオス軍部隊へと昇格します。
これに伴い、空挺降下作戦が可能な一部のエリートSGU部隊は陸軍コマンド大隊(BC)へと改編され、ベレーにはエリートの証である空挺ベレー章が着用されるようになります。
またそれ以外の一般のSGUは陸軍歩兵大隊(BI)へと改編され、ベレーには引き続き陸軍ベレー章が着用されました。

空挺ベレー章を着用する第2軍管区モン族コマンド大隊(元SGU)の将兵 [1974年12月ロンティエン]
  


2022年01月02日

レプリカ海兵ベレー

※2022年1月8日更新

先月アメリカのショップに注文していた3ピースベレーとベトナム海兵隊ベレー章のレプリカが年末に届いたのですが、それぞれ気に入らない部分があるので手直ししました。

まずはベレー章。1956年~1966年まで使われた、兵および下級下士官(二等兵~一等下士)用です。
(ベレー章の変遷については過去記事『ベトナム海兵隊のインシグニアについて:ベレー』参照)


しかしこのレプリカ、八角形なのはまだ許せるにしても、刺繍の中心がずれていやがる。
モール刺繍部分が良くできているだけに勿体ないです。


なので一旦バラして中の八角形の芯を外し、中心が合うように新しい円形の芯を入れて接着しました。


次にベレー本体ですが、こちらは1950年代から1960年代前半に多く用いられた3ピース構造で、全体的な雰囲気はとても良いのですが、なぜかサイズを絞るリボンが付いていません。


仕方ないので針金を曲げて作った紐通しで、スエットバンドの中にリボンを通しました。

こうして海兵ベレーが完成。


当時の着用例



実はすでに、1962~1967年ごろまで支給されたVMS風ザーコップ迷彩服もオーダーしてあり、1月中に届く予定なので、これで念願の1963年クーデターや、ベトナム海兵大隊戦記(1965年)の頃の海兵隊の軍装が一応揃います。



おまけ:最近見つけたスタイリッシュ海兵

①いろいろと変

▲年代不詳なものの、階級章は1967年以降のタイプ

本来左袖に付ける海兵隊の部隊章(SSI)をベレーに付けてる中佐。しかもベレーは通常とは逆の左立て(英米式)。
さらに本来右胸ポケットに付けるはずの海兵隊胸章(1966年タイプ)も左胸という規定ガン無視状態。
さすが中佐ともなると叱る人が居ないのでやりたい放題といったところでしょうか。


②イキるとはこういう事

▲年代不詳なものの、徽章・ネームテープから1971年頃と推定

情報過多なので箇条書きにします。
・ベレー章は非公式な小型の金属製バッジ
・ベレー章の下に下士(伍長)の布製階級章。襟用か?
・ネームテープはベトナム語をフォネティックコード表記したもの(SƠN→SOWN)
・名前の後ろに大隊中隊番号の「3」(非公式だが稀に使用例あり)
・迷彩服はテーラーで大幅に改造された2ボタンポケット+ジッパーポケット

もうこれ以上のオシャレ海兵は見つからないと思います。
もしこれが現代の軍装コスプレだったら、僕は「こんなやり過ぎの改造軍服ありえない」と非難するでしょう。
それくらい、一枚の中にいろんな要素が濃縮されている写真でした。
  


2022年01月02日

陽暦節2022

明けましておめでとうございます。
また今年も元日に、いつものベトナム寺に陽暦節の初詣に行ってきました。



お寺でふるまわれる精進ブン(米粉麺)には、お好みで唐辛子の調味料を入れることができるのですが、この調味料が異様に辛いです。なんか辛み成分が濃縮されている感じで、見た目の数倍辛いです。
僕はいつも控えめに入れているつもりなのに、それでも辛くなりすぎます。今回もつい入れ過ぎてしまいました。
なのでこの日は気温5℃で風も強く、器を持っている手は凍えているものの、額だけは汗をかきながら食べることとなりました。



年末に作った物の続き

友人に着用してもらうため、MACVハンガーバッジに続き、ベトナム軍の上級降下章(Bằng Nhảy Dù Cao Cấp)も製作しました。
降下章については過去記事戦技系技能章』参照

まず手持ちの降下章(基礎)レプリカをおゆまるで型取る。



型にプラリペアを流し込むと同時に、太さ1.2mmのステンレス針金を足として埋め込む。
また今回は上級降下章なので、上級を示すヤシ葉のデバイスをエポキシパテで自作。



ヤシ葉をくっつけて塗装したら完成!



あまり出来の良くないレプリカからの複製なので見苦しい点はありますが、コスプレ用の間に合わせとしては見れるレベルかなと。

  


2021年12月31日

空挺師団の大隊/中隊章

ベトナム陸軍空挺師団では1967~68年頃に、所属する大隊および中隊を示す徽章が導入され、野戦服の左エポレットに着用されるようになりました。(おそらく個人購入なので全員ではない)

▲第5空挺大隊の大隊パッチ*の

この大隊/中隊章はレプリカパッチが販売されているので以前買っておいたのですが、このパッチは多くの場合エポレットに直接縫い付けられていたので、それをそのまま再現すると、その服の設定が中隊まで決まってしまい、リエナクトできる年代や場所がかなり限られてしまいます。
なので今まではあえて大隊/中隊章は服に付けないようにしてきたのですが、やっぱり付いているとカッコいい。付けたい。
そんな矛盾を解決すべく、当時一部で使用例が見られるスリップオンエポレット式の大隊/中隊パッチを再現してみました。

第3空挺大隊仕様。土台のERDL迷彩生地はドラゴン製レプリカ。

装着状態。服は東京ファントム製レプリカです。

スリップオンなので、このようにエポレットに通すだけで楽に脱着できます。
一応これで、「大隊/中隊章を付けたい」というコスプレイヤー的欲求と、「付けない方が服の使い勝手が良い」というリエナクター的都合の折り合いを付ける事ができました。

なお、大隊/中隊章は基本的に背景の色が中隊を表しているのですが、理由は不明なものの、第3及び第5空挺大隊だけは中隊ごとの色分けが存在せず、すべての中隊が青色で統一されています。(過去記事『部隊識別色』参照)
なので第3・第5大隊なら、パッチを付けても色で中隊は特定されないので、他の大隊よりもまだ若干汎用性が残っているため、今回は第3空挺大隊という設定を選びました


【大隊/中隊章のバリエーション】

①パッチ/エポレット直縫い

▲第9空挺大隊大隊長レ・マン・ドゥオン中佐(当時大尉)
当時の写真では、パッチをエポレットに直縫いする方式が一番多く見られるように思います。

パッチ/スリップオンエポレット

▲第5空挺大隊の例
今回僕が再現したスリップオンも、ある程度散見されます。土台の布は、迷彩もしくは中隊色と同じ色のどちらか。


③ビアカンバッジスリップオンエポレット

▲大隊不明
割合的には非常に少ないものの、大隊/中隊一体のパッチではなく、中隊色の布を台座(スリップオンエポレット)にし、その上にビアカンバッジ製大隊章取り付けている例もあります。


【正体不明なもの】

①背景色:白

第7空挺大隊。1968年サイゴン
こちらの大隊章はビアカンバッジ製の第7空挺大隊ですが、中隊色に白という色はなく、この台座の色が何を意味しているのかはいまだ不明です。


②謎の菱形章

空挺部隊の大隊章に菱形の物はなく、このスリップオンエポレットは、少なくとも大隊を示すものではないと思われます。
なのでこれは部隊章ではなく、部隊内の何らかの役職・部署を示すものではないかと推測はしているのですが、写真で確認できる使用例はこの人物のみなので、正体は一切不明です。