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2021年01月20日

アイダホキャップ

先日500円で買ったアメリカ海兵隊ユーティリティキャップのレプリカ。



これにベトナム軍NKT連絡部(コマンド雷虎)のローカルメイド丸型パッチのレプリカを縫い付け。


すると、たったこれだけで・・・


ベトナム陸軍キャップRTアイダホ仕様が完成!!
C&C部隊を構成していたコマンド雷虎/SCUはベトナム軍NKT所属の部隊なので、この帽子は単に自国軍のユーティリティキャップ(Mũ lưỡi trai)に部隊の丸型パッチ(非公式)を付けただけであり、他の雷虎チームでも同様の例があっても良さそうですが、僕はまだCCN RTアイダホでしかこの仕様のキャップの使用例を確認できていません。なので僕はこれを「アイダホキャップ」と勝手に呼んでいます。

なお、上で「たったこれだけ」と書きましたが、実は素材が米海兵キャップなので横の空気穴の金具(ハトメ)の色がグリーンだったため、ベトナム軍キャップっぽく見せるためにハトメを油性マジックで黒く塗っています。





ちなみに雷虎の丸型パッチの使用例は他のRTでも見られますが、それらはデザイン自体は今回使った帽子用とほぼ同じであるものの、パッチのサイズは帽子用よりもかなり大きく、左胸ポケットに縫い付けられるものでした。

▲使用例 左:CCS(チーム不明) 右:CCC RTウェストバージニア


▲盾形が正規のNKT連絡部"雷虎"部隊パッチ。丸形は非公式なローカルメイド品
  


2020年12月20日

ĐLCHのリーフ迷彩服リプロ

ベトナムのĐồ lính Cộng Hòa (以下ĐLCH)というグループが、ぱっと見良さげなベトナム軍国産リーフ迷彩服のレプリカを発売したので、試しに上下1セットを10月末ごろに注文してみました。
しかしその後、1ヶ月も音沙汰がないので「いつ送るの?」とメッセージしたら、「ゴメン、送るの忘れてた!」だって。おいおい。
でも、その後1週間しないうちにちゃんと届いたので、半年も送ってこないEAよりはマシ。


感想としては、全体的にはここ最近立て続けにベトナム国内で発売された国産リーフ迷彩レプリカの中では一番出来が良いものだと思います。
欲を言えば、茶色と黒の部分がもっと濃い色だったら文句なしでした。
裁断は、普通の迷彩服型(2ポケット・肩当・エポレットつき)と思いきや・・・


なぜか背中側には、4ポケット型が備えるウエスト調整ストラップも付いています。
このストラップとボタンは、2ポケット型としては不適切なので取ってしまった方が良いです。

でも僕は前々から4ポケット型のリーフ迷彩服も欲しかったので、せっかくストラップも最初から付いている事だし、この服は肩当とかエポレットを取り外して4ポケット型に改造しちゃう事にしました。
またやる気が出たら、徽章を付ける前に、色を少し暗めに染めたいと思います。

4ポケット型上衣および下衣(カーゴポケットつき・ベイカーポケットなし)
1973年頃にベトナム共和国軍共通の作戦服用裁断として制式化され、一般部隊(カーキ単色)・エリート部隊(迷彩服)ともに使われた、ベトナム戦争末期を代表する裁断です。

4ポケット型リーフ迷彩服を着用する陸軍空挺師団第5空挺大隊の将校たち。終戦の20日前、1975年4月10日撮影



おまけ

今実家を建て替えているので、引っ越しの為荷物を整理しています。
この際、要らない物は可能な限り捨てようと思っているので、子供の頃から取っておいたプラモデルや模型もほとんど捨てるか、売ってしまうつもりです。
でも、もう要らないとは言え、自分で作ったプラモデルにはそれなりに思い出があるので、捨てる前に写真だけ撮っておきました。

こちらは小学生の時に作ったBB戦士。



武者頑星刃(ガンセイバー)をベースに、他のガンプラの部品を色々くっつけてカスタムしました。

当時、バンダイだかコミックボンボンだかの企画で、子供たちが作ったガンプラを多方向から撮影して疑似3D化し、画面上で対戦させるという、現実版ガンダムビルドファイターズみたいなイベントがあったんです。
それが地元のジャスコの屋上で開催されたので、僕はこのガンプラを持ち込んで参加しました。
出場できたのはとても嬉しかったのですが、「撮影した画像をコンピュータが分析して自動的にステータスを算出する」ことで強さが決まるシステムだったので、子供ながらに、「どういう根拠でこのステータス決められてるんだよ」と納得いかなかった記憶があります。
今考えると、AIはもちろんインターネットすら一般には普及していなかった時代ですから、「コンピュータが分析」なんて子供騙しもいいところだよね(笑)
また地元のおもちゃ屋のガンプラコンテストにも出品し、しばらくシューケースに飾ってありました。賞はもらえませんでしたが、店に飾っておるというだけで嬉しいものです。

そんな思いでに浸ったところで、ゴミ箱にポイ。
いいんです。モノは所詮モノに過ぎません。
真に価値あるものは、あの時得た感動や興奮などの経験でしょうから。
  


2020年12月12日

ベトナム海兵隊のインシグニアについて その1

先日の記事『新作シーウェーブ』で紹介したIllusion militaria製ザーコップ迷彩作戦服にパッチを縫い付けました。
設定は1967~1971年頃の海兵師団第2海兵大隊所属の兵卒です。



ついでに、それぞれのインシグニアについておさらいしていきます。

インシグニア① 海兵隊部隊章

僕は以前このブログで、左袖の海兵隊部隊章のデザインが普通の縦型(通称 前期型)から角ばった盾形(後期型)に変わった時期は、海兵旅団が師団に昇格した「1967年」と書いたり、いややっぱり「1970年代初頭」だったと書いたり二転三転してきましたが、ついに「1971年11月」であるという確度の高い情報が得られたので、この場で訂正いたします。
つまり、いわゆる後期型の部隊章が使われているのは、実質的には1972年以降と考えて良いと思います。


なお、通称 前期型の部隊章が制定されたのは、海兵隊が独立した兵種となった1960年と言われ、実際1960年代のごく初期に撮られた写真にもこのパッチが写っているので、このデザインの採用自体はおそらく1960年で正しいのだろうと思います。
しかし、実はこのパッチは採用後、しばらくの間普及しておらず、採用から5年も経った1965年頃にようやく使用例が「復活」し始め、翌1966年頃から海兵隊全体で使われるようになったように見受けられます。
なので1960~1965年の間は、部隊章が存在していたにもかかわらず、その使用例はほとんど見られません。


インシグニア② 海兵隊胸章

胸章右胸ポケットに縫い付けられるパッチです。
これは何かの部隊章や資格章ではなく、全海兵隊員が佩用する共通のインシグニアで、言わばベトナム陸軍空挺師団の隊員が左胸に付ける『天使の翼章(Huy hiệu Cánh Thiên Thần)と似たようなものです。
そして海兵隊には、以下の2種類の胸章が存在していました。


胸章が採用された正確な時期は長らく把握できていなかったのですが、他の研究者の方々から情報を頂き、最初に胸章が制定されたのは、1966年頃である事が分かってきました。実際、1965年以前の写真に胸章の使用例は見られません。
また最初に採用されたスクロール付きの複雑なデザインのパッチは、1966年中のわずかな期間しか見られず、遅くとも翌1967年には、よく知られている丸形のデザインに変更されたようです。


つづく
  


2020年12月12日

レプリカ英雄章飾緒

先日、ベトナム軍の『英勇章飾緒(Dây Biểu Chương "Anh Dũng Bội tinh")』のレプリカの新製品が発売されたので、さっそく注文してみました。
飾緒の詳細については過去記事『英勇章部隊感状と飾緒について』参照

さっそく実物と見比べてみます。
左が実物(ペンシル欠損)、右が今回のレプリカ



こうして並べてみると、紐の赤い模様の部分の色が薄く、どちらかと言うと赤よりもピンク色に見えます。
しかし実物も日焼けして色落ちする事はよくあるので、単体で見れはほとんど気にならないレベルだと思います。

また、この新レプリカの一番素晴らしい点は、おそらくレプリカとして初めて、紐の太さ・長さがほぼ実物通りに再現された事です!

左から実物、新レプリカ、従来のレプリカ



見ての通り、従来のレプリカは太さ長さ共に実物の1.5倍ほど大きく、再現度的にはあまり良くない物でした。
それが今回のレプリカでようやく、実物とほとんど同じ寸法で再現されたのです。ありがたい事です。

ちなみにうちの実物の英勇章飾緒は、買った時点でペンシルが無くなっていたので、何かサイズの合う代用品はないかと長年探していました。
そこで、今回の新レプリカは付いているペンシルのサイズも丁度良いので、これを外して実物のレストアに使ってしまおうと思ってます。
んで、うちには英勇章飾緒とは別にもう一本、『保国勲章飾緒 (Dây Biểu Chương "Bảo Quốc Huân Chương")』の実物があるので、それに付いてるペンシルから型を取り、プラリペアで複製した物を、その新レプリカに取り付けようと考えています。
どうせレプリカなので、見た目さえ悪くなければペンシルの素材はプラスチックでも何でも良いです。
また作る物が増えちゃって、いつやる気になるか分かりませんが…  


2020年12月07日

友人からの依頼

カリフォルニアでベトナム軍リエナクト(主に陸軍第5歩兵師団)をやっているベトナム系アメリカ人の友人から、チームの初心者に当時の軍装を解説するために、君のイラストを使わせてもらえないか?と問い合わせがありました。
もちろん二つ返事でOKしましたが、彼のチームはうちら日本のグループと同じく、1950年代~1975年まで幅広い年代をリエナクトの対象としているので、イラストも時代ごとに再編集しておきました。


1960年代初頭に導入(1)



1960年代初頭に導入(2)

 

1960年代中盤に導入



1960年代終盤に導入 

 

1970年代に導入




ちなみに今回のイラストは第5歩兵師団をテーマとしていますが、他の空挺やレンジャー、海兵隊といった即応(機動歩兵)部隊も、徽章や迷彩服が異なるだけで、個人装備に関してはこれとほとんど同じです。


おまけ

彼らカリフォルニアのグループはFANK(クメール国軍)も好きという事なので、僕が自作したクメール陸軍第23旅団第294大隊のパッチ&鉢巻きを使ってくれています。
これでうちのチームも含めると、最低でも世界で5人は294大隊のコスプレしている事になります。いつか全員集合したいなぁ~


ウソみたいだろ。二人ともROTC出た予備役将校なんだぜ。それで
  


2020年11月22日

新作シーウェーブ

先日香港のIllusion militariaから発売されたベトナム海兵隊ザーコップ(タイガーストライプ)迷彩服のレプリカがついに手元に届きました。
今回モデルアップされたのは数あるザーコップ系迷彩の中でも、1967年頃から海兵隊で支給が開始された、通称『VMD/シーウェーブ』パターンです。
ちょうどこのパターンが導入された直後に、海兵隊はマウタン1968(テト攻勢)やカンボジア進攻など有名な激戦に投入されました。
そのせいか、シーウェーブは(アドバイザーを除き)アメリカ軍には使用されていない割にはマニアの間でも比較的人気の高いパターンの一つであり、過去に何度もレプリカが販売されてきました。
そこで今回は、某豊〇氏の協力を得て、シーウェーブの実物、過去のレプリカ、そして新発売のイリュージョン製を比較してみました。



まず古いレプリカから。
たぶん、ずいぶん前にフランスのコレクターグループが製作したものだと思われます。
その後、このレプリカのパターンをコピーしたものが中国やアメリカ、ベトナムなどで生産されました。
(コピーからのコピーを繰り返しているため、最新のベトナム製は、もはやまったくの別物になり果てています)


ぱっと見の雰囲気は悪くないのですが、こうして実物と見比べてみると、パターンの一部が再現しきれず、それっぽく想像で描いている事が分かります。


そして次が、今回発売されたイリュージョン製。


パターンに大きな欠損はなく、ほぼほぼ再現されています。
黒縞の色はけっこう青っぽいですが、こうして実物と見比べない限りは、そんなに気になるレベルではないと思います。
またレプリカの生地は大抵厚くなりがちですが、こちらは実物とほぼ同じか、若干薄いくらいペラペラで良い感じです。


またボタンも、さすがに低品質な当時物のようなバリは無いものの、厚さや色合いは忠実に再現されており、とても雰囲気が良いです。



いや~、これは買って良かったです。
まだこの服に付ける徽章が揃ってないので、縫い付けは後日のお楽しみ。


ベトナム海兵隊隊歌『海兵隊行進曲』

  


2020年11月14日

11月の教練会および撮影会

第2回ヴァンキェップ訓練センター教練会
第1回から1年半も間が空いてしまいましたが、第2回教練会を開催しました。
設定は前回と同じく1970年頃のベトナム共和国軍ヴァンキェップ訓練センターにおける地方軍新兵教育です。



今回は悪天候と参加人数が少なかった事から、教練会は基本動作のみで早めに切り上げ、その後は普段と同じ撮影会を行いました。

ベトナム陸軍空挺師団(1969~1971年頃)
7月に行った動画撮影会に引き続き空挺師団で集まりました。ただし前回はマウタン(テト攻勢)中の1968年という設定でしたが、今回はそれより少し後の1969~1971年頃を想定しているので、パステルリーフ(レンジャー・エアボーン)迷彩服や、M1967個人装備も織り交ぜています。



③ベトナム陸軍歩兵およびバオアン(1951-1953年頃)
第1次インドシナ戦争中(フランス連合期)のベトナム国軍兵という設定で撮りました。写真の赤ベレーは、以前ベレー章を自作した、最初のベトナム陸軍空挺部隊(バオアン)である第1空挺大隊です。ただしこの大隊は設立当初は空挺部隊用の迷彩服が支給されておらず、一般部隊と同じ仏軍TTA47戦闘服を着ており、また作戦中は部隊章も身に着けないため、歩兵部隊との外見的な違いはほとんどありませんでした。





④ベトナム陸軍特殊部隊第5マイクフォース(1967年頃)
以前記事にした、改造シルク織りパッチを取り付けたタイガーを着て撮りました。サングラスは当日その場でメンバーから借りた物です(笑)




なお、この他にもトゥドゥック歩兵学校の士官候補生という設定でも写真を撮ったのですが、後日、ベテランの方々から考証間違いを指摘(というか陰口)されたので、今回の写真はお蔵入りとします。
他人の粗探しをしては悪辣な言葉を放ち悦に入る小人が多ければ多いほど、我々は都度それを修整し、より完璧に近づいていく。他人を嘲笑う事で自分の惨めな人生を慰め、もうすぐやって来る死という現実から目をそらす哀れな老人たちに感謝しよう。
  


2020年10月18日

トゥドゥックの作戦服 その2

トゥドゥックの作戦服 その1の続きです。

途中何度も失敗を繰り返し、試行錯誤しながら、やっと完成にこぎつけました。
失敗した分まで載せてると長くなるので、最後にたどり着いた方法だけ記事にします。


エポパテで作った原型を瞬間接着剤で土台に固定



これを100円ショップで買える『おゆまる』で型取り。



真鍮線を曲げ、服に取り付けるためのピンを作る。



型にプラリペアを流し込み、硬くなる前にピンも埋め込む。



硬化後、型から取り出すとこんな感じ。



バリや厚くなり過ぎた部分をヤスリで成形し、Mr.メタルカラーのゴールドを筆塗り。



さらに乾燥後、電動ドリルの先に不織布(使い終えたマスクの切れ端)を取り付けて磨き、金属光沢を出す。 
台布を取り付けて、襟章が完成。



服に襟章を取り付け、ボタンをクラッシファイド製ベトナム軍ボタンに交換したら完成です!!!



さっそく家の中でセルフィー


士官候補生と言えばだいたい18歳~20代前半なので、それに合わせて携帯の美肌加工で若返り。
34にもなって学生は無理があるかなと思い始めたけど、でも実年齢通りにしたら世の中のナム戦マニアの大半は高級将校や最古参の下士官しかできず、兵卒がいなくなってしまいます。
なのでこの趣味やってる人の心は皆、永遠の20代。それでいいのです。
  


2020年10月18日

100均ミニスモーク

自作の士官候補生階級章は、思ったより手間がかかっており、まだ完成していませんが、その間片手間で別の工作をしていました。

先日、仕事帰りに100円ショップのダイソーに寄ったら、良い小瓶、と言うか良い「アルミ蓋」を見つけました。2個セットで100円です。


これを見た瞬間、ある物が思い浮かびました。
そう、米軍SOG、およびSOG指揮下のベトナム軍NKTコマンド部隊御用達の超小型発煙手榴弾、通称『ミニスモーク』です。



このアルミケースは、形だけなら似たようなものがいくらでもあるのですが、
ミニスモークの代用に使えるような小さいサイズの物は、何年探しても見つかりませんでした。
それが今回偶然、蓋だけとは言えサイズ・形状がそっくりな物が手に入ったので
さっそくミニスモークを自作する事にしました。
なお、僕はこれをコスプレ時のアクセサリーとしか考えていないので、
最初から精密に再現する気も、お金をかける気もありませんでした。

まず、蓋と同じような太さのプラスチック製ボトルを切って接着。
最初は同じくダイソーで売っていたデオドラントローションのボトル(直径33mm)を使いましたが、
いざ蓋に付けてみたら思ったより太かったので他の物を探したところ、
家にあった親の白髪染めのボトル(31.5mm)が丁度良かったです。
これを目分量で切って、ダイソーのホットボンド(200円)で蓋に接着。



そしてプラスチックの部分を、これまたダイソーのアクリル絵の具(銀色)で筆塗り。


どう見ても同じ素材には見えませんし、ケース上部のリブも再現できていませんが、
どうせリグに取り付ける時はビニルテープで巻き付けるのでほとんどテープで隠れてしまい、
下の部分がちょっと見えるだけなので、僕的にはこの程度で十分です。

以上、『ダイソーから始まったのだからダイソーで終わらせる』と半分意地になりながら作ったミニスモーク制作記でした。


  


2020年10月06日

トゥドゥックの作戦服 その1

涼しくなってきたので久しぶりに軍服制作を再開しました。
今回新しく作る服は、ベトナム共和国軍トゥドゥック歩兵学校予備士官候補生(SVSQ TB)です。
トゥドゥックの軍装は、既に夏季準礼服を持っていますが、今回は訓練時に着用する作戦服(野戦服)を再現しようと思います。
素材は1200円で買った中古の米軍ユーティリティユニフォームのシャツ(OG-107、1964年タイプ)。
この服自体、今となっては希少な物ではありますが、ボタンが欠損している上に丈も短く改造してあったので、コレクションやビンテージ的な価値は低いと見做されてこの値段になったようです。
僕としても良い状態の服を改造ベースにするのは忍びないですが、これならば遠慮なく使えます。

まず手始めに、手持ちの自作プリントパッチとネームテープを縫い付け。


左胸のテープは所属する教育隊を表していると考えられますが、この士官候補生のテープの色は(名前・部隊共に)、白やオリーブグリーンの他、黒地に赤や黄で刺繍されている例も多く見られ、期や隊ごとに異なる色が用いられていたようです。
この辺の細かい事はまだ把握できていないので、今回はとりあえず簡単に作れて無難な配色である白地黒プリントにしておきました。

次に、今回一番重要な士官候補生の階級章の制作に進みます。
(正確には『士官候補生(SVSQ)』は『階級』ではないけど、便宜上階級章と呼びます)
士官候補生の作戦服用の階級章は、陸軍将校と同様に、両襟に付ける正式な(作戦服用なのでこれ自体略式の一種ですけど)と、胸に一つだけ付ける略式の2種類が存在しました。

 

当時の写真を見ると、野戦訓練時であっても襟に付けるタイプの階級章を付けている事が圧倒的に多いので、
僕も今回は襟タイプを付ける事にします。

実は、この襟用予備士官候補生階級章は、NCHSINCさんでレプリカが販売されています。
しかし片方で25ドル、両襟だと50ドルはちょっとお高い。
いや、出来は良いのでこれを買っておけば間違いないのですが、
貧乏性の僕はつい、「こんなの自分で作っちゃえばいいじゃん」と思ってしまったので、今回は試しに自作してみます。

さっそくタミヤのエポキシパテで粘土細工開始。

 

そのままだとベタベタしていて細かい部分の形状が作りにくかったので、僕が中学生の頃に買った20年もののKSC製シリコンオイルスプレーを吹きました。


そして細かい部分は書類用のクリップで造形しました。


しかしこれが簡単そうに見えて、いざやってみると、なかなか納得いく形状になりません。 何度も作り直しをしました。


そして乾燥後、さらにヤスリで形状を整えて、ようやく及第点に至ったのが右の物。
これと同じ形状の物をもう一個作るのは無理ですし、服に留めるためのピンも付けなければならないので、
これを原型として形取り・複製しようと思います。

つづく・・・


おまけ

先日、アメリカのNKTおじさんから日本でのお使いを頼まれました。
ダニエルおじさんの義理の妹で、NKTおじさんの友人でもある女性が東京でベトナム料理店を経営されているのですが、
彼女が近々誕生日を迎えるので、自分の代わりに花束を注文してくれないか?と頼まれました。
もちろん快く引き受けてネット注文できるお花屋さんを検索してみましたが、カレンダーをよく見たらその日は日曜だったので、
配達と言わず、僕が花を持って直接出向けばいいではないかと気付きました。
僕も2年くらい彼女の店に顔を出してなかったので、ちょうどいい機会です。
そして当日、NKTおじさん分の花束と、僕からのプレゼントを持ってお店に直撃。


実は当日の朝、NKTおじさんは彼女と電話で話したそうですが、
僕が行く事は最後まで黙っていたので、まんまとサプライズが成功しました。
お二人ともに喜んで頂けて僕も嬉しいです!
  


2020年09月26日

染物教室

 去年、仏軍コマンドス・ノルトベトナムの軍装として使うため、黒色に染め直そうと思って紺染めのTTA47パンツを買ったのですが、僕はまだ布を染色した経験が無く、失敗したら嫌だなと二の足を踏んでるうちに1年も経ってしまいました。
 その間、パンツ以外の軍装はあらかた揃える事ができたので、最後に残ったパンツを仕上げるべく、染物の得意な友人に、染め方を教えてもらう事になしました。そして彼の家で染物教室開始。

①パンツを水に漬け込んで



②バケツにお湯をはり、染め粉(ダイロン マルチ)とお塩少々



③パンツを染め液に投入し、時々揉みながら漬け込む



④漬け置き終わったら水ですすぐ



ビフォーアフター

右が染めた後

 写真では分かりづらいですが、肉眼で見ると確かに黒くなっています。でも日光の下では、まだ元の紺色の青みが強いですね。
 後になって知ったのですが、ダイロン1パック(5.8g)で染められる布の重量はおよそ250gだそうです。元々布が暗い色だったので、染め粉は少ない量で済むだろうと思っていましたが、やはり1kgはあるであろう厚手コットン製のパンツを染めるには、1パックでは不十分だったようです。
 しかし友人のお陰で基本的な染め方は分かったので、今度は自分で、ちゃんと黒くなるまで染めようと思います。染色をマスターすれば軍装改造の幅はずっと広がるので、もう恐れることなく色々チャレンジしていきたいです。



おまけ

先日、名古屋に遠征して、ラーメン荘 歴史を刻め新栄店で食べてきました。
うまかったぁ!50分も列んだ甲斐がありました。


  


2020年09月05日

14年ぶりのサバゲー

仕事終わりの夜に、いつもベトナム軍リエナクトを一緒やっている友人たちと集合して、貸し切りインドアサバゲーをやってきました。
ただし今回は気分転換に、ベトナムとは関係なく服装は各自自由です。



僕がヒストリカルとは関係ない純粋なサバゲーに参加するのは、実に14年ぶりです。
せっかく普段と違う事をするなら何か変わった服装がしたいと思い、今回のために友人の協力を得て揃えたのが、映画「ザ・ロック」の反乱海兵隊。



政府に見捨てられた戦友の無念を晴らす為(そして何より金のため)、英雄ハメル准将の決起に馳せ参じ候!

でも、タクティカルベストってけっこう暑いんですね。インドアなので一応エアコンはかかってますが、それでも汗だくで気持ち悪くなったので、早々に装備は脱ぎ捨てました。



結局、僕にとってはこのラーメン店員スタイルが最善でした。
銃もマルイのエアコキ1911一丁。セガール映画で学んだ近接戦闘術が役立ち、思った以上に撃ちとることが出来ました。

3時間強のゲームでしたが、ものすごく楽しめました。
また近々やれたらと思います。  


2020年08月15日

ベトナム戦争期の56式/K-56

 ベトナム戦争中、ベトナム共産軍(人民軍・解放民族戦線)は中国から莫大な数の中国製カラシニコフ=56式自動歩槍の供与を受け、ベトナム語名称『K-56自動小銃(Súng trường tự động Kiểu 56)』の制式名で長年に渡って使用してきました。そしてその後ベトナム戦争が終結し、中国との戦争を経た現在でも、いまだに大量の中国製56式/K-56がベトナム人民軍で現役で使われています。

▲ベトナム戦争中、ベトナム共和国軍が共産軍から押収した56式自動歩槍の山(看板の文字は『中共自動小銃K-56の意)

 ところで、中国製の56式自動歩槍には、大きく分けて2つの世代がある事が知られています。一つは、ソ連製AK-47(III型の面影を強く残す切削加工レシーバーの前期型。もう一つが、ソ連がAK-47の改良型であるAKMを開発した事に伴い、それに倣ってレシーバーをAKM風のプレス加工にした後期型です。この後期型56式が登場したのは1960年代中頃と言われていますが、正確な時期は分かりませんでした。

56式自動歩槍前期型(上)と後期型(下)の比較


 ここで僕が前々から気になっていたのが、この後期型56式もベトナム戦争で使われたのか?という点です。最初に述べたように、56式は延べ数十万丁が中国からベトナム共産軍に供与されているため、戦後に撮られた写真には、後期型56式の使用例がいくらでも見られます。

後期型56式を構えるベトナム人民軍兵士(写真:Báo Lao Động)

 しかし、ベトナム戦争が終結する1975年より前の写真では、僕が確認している限り共産軍の使用している56式は前期型だけであり、後期型の使用例は一例も見た事がありません。後期型が登場したのが1960年代中頃だとするなら、時期的には後期型もベトナムに送られていて当然のような気がしますが、不思議な事にそういった例は今のところ確認できていません。
 これは私の推測ですが、もしかしたら当時中国は自軍の56式を旧型(前期型)から新型(後期型)へと置き換えている最中であり、これによって余剰となったお古の前期型56式をベトナム共産軍に援助物資として送っていたのではないでしょうか?56式には、あの特徴的な銃剣をオミットした輸出型も存在していますが、ベトナム共産軍に供与された56式の大半は輸出型ではなくスタンダードな中国軍モデルなのも、これらが最初からベトナムへ供与するために製造されたのではなく、中国軍のお下がりだったからなのかもしれません。
 また銃と同様に、56式用のマガジンポーチ(弹匣袋)も、ベトナム戦争中における使用例は金属製コキカンを備える初期型しか僕は確認できていないので、これもベトナム向けに製造されたのではなく、中国軍のお下がりだったのかもしれません。
 まるで兄の服のお下がりが弟にまわってくるような話ですが、実際中国共産党とベトナム労働党(現共産党)は第2次大戦中から兄弟政党みたいなものなので、さもありな話です。
 また中国以外も同様で、元々ろくな産業の無い北ベトナムや、反政府ゲリラである解放戦線の資金力など微々たるものなので、本来ならベトナム共産軍には、アメリカを相手に15年も戦争を続けられるような国力・経済力はありませんでした。しかしそれでも戦争を行えたのは、ベトナム共産軍が東西冷戦を背景とした対米代理戦争の実行役となった事で、ソ連を中心とする世界の共産陣営が兵器や物資をじゃんじゃん支援してくれたからでした。


うちのトイガン

 近年リアルソードやガーダーから56式自動歩槍の電動ガンが発売されていますが、残念ながらこれらは後期型を再現したモデルであり、上記の通りベトナム戦争期の時代設定で使うには根拠が乏しいと思っています。なので僕は東京マルイのスタンダードAK-47に、56式コンバージョンキット(メーカー失念)のバレル・フロントサイトのみを組み込んで前期型56式を再現した物を使っています。またハンドガードとグリップは木製、レシーバーも金属製に変えてありますが、刻印までは再現していません。
 なおNKTやLLĐBといったベトナム共和国軍特殊部隊では、兵士の外見や銃の発砲音を共産軍のように偽装するため、敵から鹵獲したAK-47や56式が多数使用されましたが、こういった部隊では56式に搭載されているスパイクバイヨネットは不要と見做され取り外されている場合が多いので、うちの56式もバイヨネットは外してあります。

▲うちの初期型56式風電動ガン

バイヨネットが取り外された初期型56式を使用するNKTコマンド雷虎SCU (MACSOG Ops-35 C&C部隊)隊員



まとめ?

 これだけ書いておいて言うのもなんですが、ベトナム戦争では共産軍・米越政府軍ともに、ソ連製AK-47(あるいはほとんど同じ外見の北朝鮮製58式自動歩槍等)もかなり多数使っているので、実は56式を使う事にこだわる必要など全く無く、むしろ無理やり後期型の56式を使うくらいなら、市販のAK-47をそのまま使った方が考証的にはよっぽど正しいという点を申し添えさせて頂きます。
  


2020年07月24日

7月の撮影会

久しぶりに大人数が集まったので、雨にも負けずにやってきました。

①動画撮影
今回のメインは久しぶりの映像作品制作。(過去の映像作品はこちら)
設定はマウタン1968(テト攻勢)におけるベトナム陸軍空挺師団。
場所は特に決めていませんが、風景的にどこかの街の郊外といったところ。
以下は撮影中のスチルを加工したものです。


②個人コスプレ
動画撮影の合間に各自好きな軍装で写真撮影。
内容はNDTV(人民自衛団)、第21歩兵師団、レンジャー、NKTコマンド雷虎(RTミシガン)など




おまけ1
動画撮影中、僕が敵の銃弾に倒れるシーンで、全力で水たまりにダイブしたところ、10年以上使っていた東京ファントム製リーフのズボンがついに破ける。

これが実物だったら大ショックなので、やはりレプリカを使ってて良かったと思いました。
こんなの簡単に補修できるので、さっそく直します。


おまけ2
今回の撮影会でメンバーに貸し出しするため、開催の3日前に突貫で作った迷彩服。

ベースは大昔に笠俊商店が作った米軍ERDL迷彩TCUのレプリカ(ポプリン生地)
そのポケットを改造して空挺型(1962年頃にブラッドケーキ迷彩服の裁断として登場)っぽくしました。
ただし今回はエポレットを作る時間は無かったので省略しています。
今後も貸し出し服として使用するので、やる気が出たらエポレットと肩当も追加しようと思います。
  


2020年07月11日

シルク織りパッチ改造

 すでに数年前にはほとんどのインシグニアを作成、縫い付け終わっていたのに、1枚だけ手に入らないパッチがあり作成途中になっていた服がありました。目標としている服の設定は、1967~1968年頃のベトナム陸軍第5マイクフォースです。
 第5マイクフォースのパッチはレプリカが沢山販売されているのですが、僕が欲しいのは上側に"MIKE FORCE / AIR BORNE"のタブが付いていないシンプルな細身タイプのシルク織りパッチであり、この仕様は何年も探しましたが、いまだにレプリカが製造された事はない模様です。

市販のタブ付きタイプのレプリカ(左)とシンプルタイプの実物(右)

※その他のマイクフォースの部隊章については過去記事『続・マイクフォースのパッチについて』参照

恐らく今後もシンプルタイプのレプリカが発売される見込みは無いので、自分で作る事にしました。
とは言え、シルク織りパッチを業者に頼む場合、数百枚単位で作る事になりますが、そんなに作ったところで誰も買わないのは目に見えているので、あくまで自分用として、市販のタブ付きタイプのレプリカをベースに改造しました。

最初は余分な部分をマジックで塗ろうとしましたが、思った以上にインクが滲んだので却下。
次に、必要な部分のみマスキングテープで覆って、その外側をスプレーのつや消しブラックで塗りました。
思い付きでやった割には上手くいったと思います。
さらに弩(石弓)の弦の部分もマスキングしてスプレー塗りし、あとはいつも通り裏地をあてて服に付いつけました。
なおシンプル細身タイプでは、米軍から授与されるAIR BORNEタブは後付けとなります。


今回の改造品(左)、実物(右)
ぱっと見、違和感なく仕上がったかと思います。
あくまでインチキな改造品ですが、無い物ねだりしてても始まらないので、とりあえずは形になって良かったです。



こうして念願の第5マイクフォース一式が完成!
服はMASHのシルバータイガー。ベレーはメーカー不明
胸の徽章は昔作った自作のCIDG階級章です。

 マイクフォースと言えばエアボーン、ヘリボーンによる強襲任務に特化した空中機動CIDG部隊として有名ですが、中でも第5マイクフォースは1967年4月のハーヴェスト・ムーン作戦、翌5月のブラックジャック作戦という二つの作戦において、計800名以上が戦闘空挺降下を行った実績を持つ、ベトナム戦争を代表する空挺部隊の一つでもあります。


▲降下訓練中の第5マイクフォース隊員(1967年頃)
最終的な目標はこのスタイルなので、残すはT-10パラシュートだけとなりました・・・
  


2020年06月28日

ベトナム空軍K-2Bフライトスーツ

ヒューストン製K-2Bフライトスーツ風カバーオール2着にベトナム空軍のレプリカパッチを縫い付け完了。まだ完成とはいきませんが、とりあえず形にはなりました。

第23戦術航空団第518飛行隊 A-1攻撃機パイロット


第23戦術航空団第522飛行隊 F-5戦闘機パイロット


二つとも同じ第23戦術航空団(ビエンホア基地)所属部隊です。
この航空団を選んだ理由は、彼らがベトナム空軍の中でも精鋭揃いの部隊であったこともありますが、どちらかと言うと単に、航空機の胴体に描かれるチェッカー模様の航空団マーキングがカッコ良くて好きだからだったりします。



フライトスーツの色について

1960年代以降、ベトナム空軍では主に米空軍が開発したK-2Bタイプのフライトスーツが使用されましたが、オリジナルの米国製K-2Bの生地色がオレンジとセージグリーンの2色なのに対し、ベトナム空軍では以下の種類の使用が確認できます。

ベトナム空軍で使用された各色K-2B。左からセージグリーン(グレー系・オリーブ系あり)、ERDL(グリーンリーフ)迷彩、ブラック、オレンジ
写真:
Khoá 7/68 KQ

つまり迷彩とブラックは明らかに米国製ではなく、少なくともこの2種はベトナム国産と考えられます。
このうち迷彩の方は個人購入の非正規品(テーラー製)と思われますが、一方でブラックはベトナム空軍の公式なフライトスーツ色であった事が当時の被服規定から確認できます。

『Huấn Lệnh Điều Hành Căn Bản (ベトナム共和国軍総参謀部編 基本執務指令1969年版)』より


また同資料によると、ユーティリティキャップ(Mũ Lưới trai)も、空軍では航空機搭乗員に限らず野球帽型のブラックと規定されていました



この黒いフライトスーツ・キャップの発祥については、派手好きで知られる当時の空軍司令官(後の副総統)グエン・カオ・キ少将が導入したものという説を聞いた事がありますが、まだ確かな情報はつかめていません。

黒いK-2Bを着て視察を行うグエン・カオ・キ少将と妻のドン・ティェット・マイ・レ夫人
  


2020年06月15日

週末の工作

再度、70年代迷彩ヘルメットの再現にチャレンジ中。

以前『ヘルメット塗装の実験』で塗ったレンジャーのヘルメットは、スモークの効果を試す役割を終えたので、再度実験台になってもらいます。


ペイントリムーバーで塗装全落とし。水性の塗料はがしなのでお風呂場でやっちゃいました。

 
下地が結構強力で完全には落ちなかったけど、上から塗り直しするので問題ありません。


今回はプラモデル用の塗料ではなく、当時と同じようにペンキで塗っていきます。
さて、どうなる事やら。


さらに同時並行で、自分用にこんなのも作っています。

前々から温めていたAR-15モデル601再現計画を本格始動。
(上の写真はオリジナルのコルト製ではなく、Brownells社製の5.56mmNATO対応版リプロ実銃)
いろいろ自作しなくてはならない部品が多いですが、今の時代は無料の3D制作ソフトでデータを作って、DMMの3Dプリンターで出力できるそうなので、重い腰を上げて制作をスタートしました。
こういう外観上の部品だけでなく、既製品のフラッシュハイダーを取り付けるためのスペーサーなど細かいワンオフの部品も、自分で設計して1,000円以下で作れましたから、スクラッチの敷居がだいぶ低くなりましたね。
  


2020年06月13日

続・迷彩ヘルメット

※2020/6/24訂正

先日、『迷彩ヘルメット塗り直し』で塗った迷彩ヘルメットですが、仲間内での評価の結果、空挺部隊用としてはツヤがあり過ぎとしてボツになりました。

うん、確かにコントラストを下げるためにスプレーのスモークを使いまくったせいで、上からクリアーを塗った感が出過ぎています。
仕方ありません。また新しく作り直します。

けど、せっかく作った今回の迷彩ヘルメット。また塗装をはがして実験台にするのはもったいない。
実はこのように厚くクリアーを塗った迷彩ヘルメットは、当時も存在しました。

マウタン1968(テト攻勢)では、レンジャー隊員の多くが、迷彩模様の上にクリアーを吹いていると思しき光沢感のあるヘルメットを着用しています。
なので空挺用としてはボツになったこのヘルメットを、レンジャー部隊仕様に変える事にしました。

レンジャー部隊の象徴である黒豹黒虎マークを、タミヤのアクリル塗料で筆塗り。 
なお、上の使用例写真のように、60年代末になると黒豹黒虎の背景にある白い星は省略されている事も多いので、今回はそれに倣って星は描いていません。


当時、レンジャー隊員候補生たちは、ドゥックミー レンジャー訓練センターでのレンジャー訓練課程を開始する際にヘルメットの黒豹黒虎の左目に黒目を塗り、その後辛い訓練を耐え抜きレンジャー課程を修了すると、部隊配属を祝して右目を塗ったそうです。(嘘です)


最期に、上書きした黒豹黒虎マークだけが浮き上がらないよう、トップコート(光沢)で仕上げ。
思い付きでやった割には、上手くいきました。
  


2020年06月08日

リュックのコキ交換

今日は空気がからっとした初夏の晴天
こんな気持ちの良い日は、ラックサックの改造がしたくなりますよね。

僕が高校生の頃に買った、UENS☆DAY製リプロのインディジナスラックサック(当時は「インディジナス」なんて呼び名は知られておらず、「LRRPリュック」で通っていた)
生地がトラックの幌用の帆布で出来ているので、硬さがあってとても雰囲気がいいです。

しかしこのリプロを企画した当時、ベルトを留めるコキ(アジャスターバックル)だけはどうしてもオリジナルと同形状の物(板コキ/角板送り)手に入らなかったらしく、一般に流通している線コキが使われています。
このコキは、いつかリアルなものに交換しようと考えてはいたのですが、コキを交換するためには一度リュック本体に縫い付けられたベルトを取り外し、再度縫い直す作業をしなければならず、それを面倒くさがっているうちに、あれよあれよと15年が経ってしまいました

しかし最近の僕は何かに憑りつかれたように、今まで後回しにしてきた軍装品改造を片付けているので、この勢いでインディジナスラックサックのコキ交換もやってしまいます。

材料となる板コキ(角板送り)はネット通販で簡単に買えました。ニッケル仕上げだったので、サンドペーパーで艶消ししてからスプレーブラッセンで黒染め。


今回は硬い帆布に分厚い織ベルトを縫い付けるので、家庭用ミシンでは歯が立ちません。
レザー用のロウ引き糸と、ごん太縫い針で手縫いしていきます。


一旦ベルトを外して、新しいコキに替えてまた縫い付け。
バッグが縫えるような工業用ミシンがあれば他愛のない作業なのですが、これが手縫いとなると話は別です。生地やベルトが硬いのなんの。指ぬきを使っても、指先が痛くなります。この作業を計7カ所やらなければなりませんでした。
昔NSドイツのコスプレやってた頃、LSSAH儀仗隊の白革装備を手縫いで自作した事がありますが、縫い穴を開けてから糸を通すレザークラフトの方がまだ楽でした。


肩ひもは分厚くて幅も広いので、この2個だけ大きいサイズの板コキを使っています。


こうして指の痛みと戦いながら、なんとか7個全てのコキの交換を完了。俺は満足だった。


今のきもち

  


2020年06月06日

迷彩ヘルメット塗り直し

以前、『迷彩ヘルメット塗装』にて、迷彩の塗り方をいろいろ試行錯誤したものの、やっぱり気に入らないので、塗り直す事にしました。




ペイントリムーバーで塗装をドロドロに溶かして剥離


防さび+下地処理のためメタルプライマーを塗布


今回も下地はMr.カラーの『艦底色』をスプレーで塗布

これから迷彩部分を塗っていくわけですが、今回はただ塗り直すだけでなく、リエナクトで使う際に仲間内で迷彩柄を統一できるよう、この迷彩ヘルメットを量産する事を目標とし、その方法を見出す実験も兼ねています。

しかし考えれば考えるほど、迷彩ヘルメットの量産は容易い事ではありませんでした。なにせヘルメットは全体が曲面で構成されていますから、単純にステンシルを使う事が出来ないのです。
マスキングテープを使うにしても、多数の形状の迷彩模様をいちいち切り出し、塗っては剥がし、使い捨てにするのは、非常に手間がかかるし効率も悪いので、とてもやる気になりません。
効率と仕上がりの点で最も望ましいのは、パソコンで描いた迷彩柄をプリントして水圧転写することなのですが、自分でやるにはA4サイズのシートでは小さすぎる上に、上手くやるには慣れも必要で、大して手間の削減にはならなそう。また業者に頼むとコストが高すぎて量産は難しい。
という訳で、自宅で出来るもっと手軽な方法を考えた末、思いついたのがゴムシートによるステンシルです。

 
ホームセンターで1mm厚のゴムシートを買ってきて、迷彩模様の穴を開け、針金ハンガーに取り付けています。
ゴムシートなら曲面にピタッと押し当てて密着させる事が出来るし、ハンガーを曲げて形を合わす事も出来る。我ながら名案じゃ!
・・・と思ったんです。


しかし結果はこの通り、大きい穴では全然密着させる事が出来ません。
また小さい穴なら密着させる事ができたものの、残念ながらヘルメットは完全な球体ではなく、リム部分が出っ張っているため、その部分に密着させることは不可能でした。
もう、これ以上なにも思いつきません・・・

という訳で、結局ステンシルは諦めて、素直に筆で手書きする事にしました。
色は、前回のように複雑に調色してしまうと量産する際に再現できないので、市販の『よもぎ色』をそのまま使用しました。


『よもぎ色』の上に『ブラック』を重ね塗り。この手の手書き迷彩に正解なんて無いので、当時の画像を見ながらフィーリングで塗っていきます。


迷彩を描き終わったら、『ヘルメット塗装の実験』の際に発見した秘密道具、タミヤの『スモーク』をスプレーして明度・彩度を下げていきます。
重ね塗りする度に良い感じになってはいるのですが、4回噴いてもまだ僕が求めている「くすみ具合」には辿り着かず、ここでスプレーの中身が空になりました。結構消費するなぁ。スプレー1本分くらい使う必要があるかも知れません。


しかも最後まで使ったらスプレー内の溶剤がプシュッと飛び散り、無残な事に。やっちまった・・・
まぁこのヘルメットは自分用の実験台だし、どの道後で泥で汚してリアル・ウェザリングするつもりだったので、そのままにしちゃいます。
次に他の人の分を作る時は気を付けます


2020年6月7日追記

さらにスモークを重ね塗りして、ここまでツヤと色のくすみを出したら完成。


スモークを吹く前と比べてみると、その効果は一目瞭然。
すでに塗装済みのヘルメットを持っている方も、スモークを吹くだけでグッと雰囲気が良くなるので是非(自己責任で)お試しあれ。