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2020年10月18日

トゥドゥックの作戦服 その2

トゥドゥックの作戦服 その1の続きです。

途中何度も失敗を繰り返し、試行錯誤しながら、やっと完成にこぎつけました。
失敗した分まで載せてると長くなるので、最後にたどり着いた方法だけ記事にします。


エポパテで作った原型を瞬間接着剤で土台に固定



これを100円ショップで買える『おゆまる』で型取り。



真鍮線を曲げ、服に取り付けるためのピンを作る。



型にプラリペアを流し込み、硬くなる前にピンも埋め込む。



硬化後、型から取り出すとこんな感じ。



バリや厚くなり過ぎた部分をヤスリで成形し、Mr.メタルカラーのゴールドを筆塗り。



さらに乾燥後、電動ドリルの先に不織布(使い終えたマスクの切れ端)を取り付けて磨き、金属光沢を出す。 
台布を取り付けて、襟章が完成。



服に襟章を取り付け、ボタンをクラッシファイド製ベトナム軍ボタンに交換したら完成です!!!



さっそく家の中でセルフィー


士官候補生と言えばだいたい18歳~20代前半なので、それに合わせて携帯の美肌加工で若返り。
34にもなって学生は無理があるかなと思い始めたけど、でも実年齢通りにしたら世の中のナム戦マニアの大半は高級将校や最古参の下士官しかできず、兵卒がいなくなってしまいます。
なのでこの趣味やってる人の心は皆、永遠の20代。それでいいのです。
  


2020年10月18日

100均ミニスモーク

自作の士官候補生階級章は、思ったより手間がかかっており、まだ完成していませんが、その間片手間で別の工作をしていました。

先日、仕事帰りに100円ショップのダイソーに寄ったら、良い小瓶、と言うか良い「アルミ蓋」を見つけました。2個セットで100円です。


これを見た瞬間、ある物が思い浮かびました。
そう、米軍SOG、およびSOG指揮下のベトナム軍NKTコマンド部隊御用達の超小型発煙手榴弾、通称『ミニスモーク』です。



このアルミケースは、形だけなら似たようなものがいくらでもあるのですが、
ミニスモークの代用に使えるような小さいサイズの物は、何年探しても見つかりませんでした。
それが今回偶然、蓋だけとは言えサイズ・形状がそっくりな物が手に入ったので
さっそくミニスモークを自作する事にしました。
なお、僕はこれをコスプレ時のアクセサリーとしか考えていないので、
最初から精密に再現する気も、お金をかける気もありませんでした。

まず、蓋と同じような太さのプラスチック製ボトルを切って接着。
最初は同じくダイソーで売っていたデオドラントローションのボトル(直径33mm)を使いましたが、
いざ蓋に付けてみたら思ったより太かったので他の物を探したところ、
家にあった親の白髪染めのボトル(31.5mm)が丁度良かったです。
これを目分量で切って、ダイソーのホットボンド(200円)で蓋に接着。



そしてプラスチックの部分を、これまたダイソーのアクリル絵の具(銀色)で筆塗り。


どう見ても同じ素材には見えませんし、ケース上部のリブも再現できていませんが、
どうせリグに取り付ける時はビニルテープで巻き付けるのでほとんどテープで隠れてしまい、
下の部分がちょっと見えるだけなので、僕的にはこの程度で十分です。

以上、『ダイソーから始まったのだからダイソーで終わらせる』と半分意地になりながら作ったミニスモーク制作記でした。


  


2020年07月11日

シルク織りパッチ改造

 すでに数年前にはほとんどのインシグニアを作成、縫い付け終わっていたのに、1枚だけ手に入らないパッチがあり作成途中になっていた服がありました。目標としている服の設定は、1967~1968年頃のベトナム陸軍第5マイクフォースです。
 第5マイクフォースのパッチはレプリカが沢山販売されているのですが、僕が欲しいのは上側に"MIKE FORCE / AIR BORNE"のタブが付いていないシンプルな細身タイプのシルク織りパッチであり、この仕様は何年も探しましたが、いまだにレプリカが製造された事はない模様です。

市販のタブ付きタイプのレプリカ(左)とシンプルタイプの実物(右)

※その他のマイクフォースの部隊章については過去記事『続・マイクフォースのパッチについて』参照

恐らく今後もシンプルタイプのレプリカが発売される見込みは無いので、自分で作る事にしました。
とは言え、シルク織りパッチを業者に頼む場合、数百枚単位で作る事になりますが、そんなに作ったところで誰も買わないのは目に見えているので、あくまで自分用として、市販のタブ付きタイプのレプリカをベースに改造しました。

最初は余分な部分をマジックで塗ろうとしましたが、思った以上にインクが滲んだので却下。
次に、必要な部分のみマスキングテープで覆って、その外側をスプレーのつや消しブラックで塗りました。
思い付きでやった割には上手くいったと思います。
さらに弩(石弓)の弦の部分もマスキングしてスプレー塗りし、あとはいつも通り裏地をあてて服に付いつけました。
なおシンプル細身タイプでは、米軍から授与されるAIR BORNEタブは後付けとなります。


今回の改造品(左)、実物(右)
ぱっと見、違和感なく仕上がったかと思います。
あくまでインチキな改造品ですが、無い物ねだりしてても始まらないので、とりあえずは形になって良かったです。



こうして念願の第5マイクフォース一式が完成!
服はMASHのシルバータイガー。ベレーはメーカー不明
胸の徽章は昔作った自作のCIDG階級章です。

 マイクフォースと言えばエアボーン、ヘリボーンによる強襲任務に特化した空中機動CIDG部隊として有名ですが、中でも第5マイクフォースは1967年4月のハーヴェスト・ムーン作戦、翌5月のブラックジャック作戦という二つの作戦において、計800名以上が戦闘空挺降下を行った実績を持つ、ベトナム戦争を代表する空挺部隊の一つでもあります。


▲降下訓練中の第5マイクフォース隊員(1967年頃)
最終的な目標はこのスタイルなので、残すはT-10パラシュートだけとなりました・・・
  


2020年06月15日

週末の工作

再度、70年代迷彩ヘルメットの再現にチャレンジ中。

以前『ヘルメット塗装の実験』で塗ったレンジャーのヘルメットは、スモークの効果を試す役割を終えたので、再度実験台になってもらいます。


ペイントリムーバーで塗装全落とし。水性の塗料はがしなのでお風呂場でやっちゃいました。

 
下地が結構強力で完全には落ちなかったけど、上から塗り直しするので問題ありません。


今回はプラモデル用の塗料ではなく、当時と同じようにペンキで塗っていきます。
さて、どうなる事やら。


さらに同時並行で、自分用にこんなのも作っています。

前々から温めていたAR-15モデル601再現計画を本格始動。
(上の写真はオリジナルのコルト製ではなく、Brownells社製の5.56mmNATO対応版リプロ実銃)
いろいろ自作しなくてはならない部品が多いですが、今の時代は無料の3D制作ソフトでデータを作って、DMMの3Dプリンターで出力できるそうなので、重い腰を上げて制作をスタートしました。
こういう外観上の部品だけでなく、既製品のフラッシュハイダーを取り付けるためのスペーサーなど細かいワンオフの部品も、自分で設計して1,000円以下で作れましたから、スクラッチの敷居がだいぶ低くなりましたね。
  


2020年06月13日

続・迷彩ヘルメット

※2020/6/24訂正

先日、『迷彩ヘルメット塗り直し』で塗った迷彩ヘルメットですが、仲間内での評価の結果、空挺部隊用としてはツヤがあり過ぎとしてボツになりました。

うん、確かにコントラストを下げるためにスプレーのスモークを使いまくったせいで、上からクリアーを塗った感が出過ぎています。
仕方ありません。また新しく作り直します。

けど、せっかく作った今回の迷彩ヘルメット。また塗装をはがして実験台にするのはもったいない。
実はこのように厚くクリアーを塗った迷彩ヘルメットは、当時も存在しました。

マウタン1968(テト攻勢)では、レンジャー隊員の多くが、迷彩模様の上にクリアーを吹いていると思しき光沢感のあるヘルメットを着用しています。
なので空挺用としてはボツになったこのヘルメットを、レンジャー部隊仕様に変える事にしました。

レンジャー部隊の象徴である黒豹黒虎マークを、タミヤのアクリル塗料で筆塗り。 
なお、上の使用例写真のように、60年代末になると黒豹黒虎の背景にある白い星は省略されている事も多いので、今回はそれに倣って星は描いていません。


当時、レンジャー隊員候補生たちは、ドゥックミー レンジャー訓練センターでのレンジャー訓練課程を開始する際にヘルメットの黒豹黒虎の左目に黒目を塗り、その後辛い訓練を耐え抜きレンジャー課程を修了すると、部隊配属を祝して右目を塗ったそうです。(嘘です)


最期に、上書きした黒豹黒虎マークだけが浮き上がらないよう、トップコート(光沢)で仕上げ。
思い付きでやった割には、上手くいきました。
  


2020年06月08日

リュックのコキ交換

今日は空気がからっとした初夏の晴天
こんな気持ちの良い日は、ラックサックの改造がしたくなりますよね。

僕が高校生の頃に買った、UENS☆DAY製リプロのインディジナスラックサック(当時は「インディジナス」なんて呼び名は知られておらず、「LRRPリュック」で通っていた)
生地がトラックの幌用の帆布で出来ているので、硬さがあってとても雰囲気がいいです。

しかしこのリプロを企画した当時、ベルトを留めるコキ(アジャスターバックル)だけはどうしてもオリジナルと同形状の物(板コキ/角板送り)手に入らなかったらしく、一般に流通している線コキが使われています。
このコキは、いつかリアルなものに交換しようと考えてはいたのですが、コキを交換するためには一度リュック本体に縫い付けられたベルトを取り外し、再度縫い直す作業をしなければならず、それを面倒くさがっているうちに、あれよあれよと15年が経ってしまいました

しかし最近の僕は何かに憑りつかれたように、今まで後回しにしてきた軍装品改造を片付けているので、この勢いでインディジナスラックサックのコキ交換もやってしまいます。

材料となる板コキ(角板送り)はネット通販で簡単に買えました。ニッケル仕上げだったので、サンドペーパーで艶消ししてからスプレーブラッセンで黒染め。


今回は硬い帆布に分厚い織ベルトを縫い付けるので、家庭用ミシンでは歯が立ちません。
レザー用のロウ引き糸と、ごん太縫い針で手縫いしていきます。


一旦ベルトを外して、新しいコキに替えてまた縫い付け。
バッグが縫えるような工業用ミシンがあれば他愛のない作業なのですが、これが手縫いとなると話は別です。生地やベルトが硬いのなんの。指ぬきを使っても、指先が痛くなります。この作業を計7カ所やらなければなりませんでした。
昔NSドイツのコスプレやってた頃、LSSAH儀仗隊の白革装備を手縫いで自作した事がありますが、縫い穴を開けてから糸を通すレザークラフトの方がまだ楽でした。


肩ひもは分厚くて幅も広いので、この2個だけ大きいサイズの板コキを使っています。


こうして指の痛みと戦いながら、なんとか7個全てのコキの交換を完了。俺は満足だった。


今のきもち

  


2020年06月06日

迷彩ヘルメット塗り直し

以前、『迷彩ヘルメット塗装』にて、迷彩の塗り方をいろいろ試行錯誤したものの、やっぱり気に入らないので、塗り直す事にしました。




ペイントリムーバーで塗装をドロドロに溶かして剥離


防さび+下地処理のためメタルプライマーを塗布


今回も下地はMr.カラーの『艦底色』をスプレーで塗布

これから迷彩部分を塗っていくわけですが、今回はただ塗り直すだけでなく、リエナクトで使う際に仲間内で迷彩柄を統一できるよう、この迷彩ヘルメットを量産する事を目標とし、その方法を見出す実験も兼ねています。

しかし考えれば考えるほど、迷彩ヘルメットの量産は容易い事ではありませんでした。なにせヘルメットは全体が曲面で構成されていますから、単純にステンシルを使う事が出来ないのです。
マスキングテープを使うにしても、多数の形状の迷彩模様をいちいち切り出し、塗っては剥がし、使い捨てにするのは、非常に手間がかかるし効率も悪いので、とてもやる気になりません。
効率と仕上がりの点で最も望ましいのは、パソコンで描いた迷彩柄をプリントして水圧転写することなのですが、自分でやるにはA4サイズのシートでは小さすぎる上に、上手くやるには慣れも必要で、大して手間の削減にはならなそう。また業者に頼むとコストが高すぎて量産は難しい。
という訳で、自宅で出来るもっと手軽な方法を考えた末、思いついたのがゴムシートによるステンシルです。

 
ホームセンターで1mm厚のゴムシートを買ってきて、迷彩模様の穴を開け、針金ハンガーに取り付けています。
ゴムシートなら曲面にピタッと押し当てて密着させる事が出来るし、ハンガーを曲げて形を合わす事も出来る。我ながら名案じゃ!
・・・と思ったんです。


しかし結果はこの通り、大きい穴では全然密着させる事が出来ません。
また小さい穴なら密着させる事ができたものの、残念ながらヘルメットは完全な球体ではなく、リム部分が出っ張っているため、その部分に密着させることは不可能でした。
もう、これ以上なにも思いつきません・・・

という訳で、結局ステンシルは諦めて、素直に筆で手書きする事にしました。
色は、前回のように複雑に調色してしまうと量産する際に再現できないので、市販の『よもぎ色』をそのまま使用しました。


『よもぎ色』の上に『ブラック』を重ね塗り。この手の手書き迷彩に正解なんて無いので、当時の画像を見ながらフィーリングで塗っていきます。


迷彩を描き終わったら、『ヘルメット塗装の実験』の際に発見した秘密道具、タミヤの『スモーク』をスプレーして明度・彩度を下げていきます。
重ね塗りする度に良い感じになってはいるのですが、4回噴いてもまだ僕が求めている「くすみ具合」には辿り着かず、ここでスプレーの中身が空になりました。結構消費するなぁ。スプレー1本分くらい使う必要があるかも知れません。


しかも最後まで使ったらスプレー内の溶剤がプシュッと飛び散り、無残な事に。やっちまった・・・
まぁこのヘルメットは自分用の実験台だし、どの道後で泥で汚してリアル・ウェザリングするつもりだったので、そのままにしちゃいます。
次に他の人の分を作る時は気を付けます


2020年6月7日追記

さらにスモークを重ね塗りして、ここまでツヤと色のくすみを出したら完成。


スモークを吹く前と比べてみると、その効果は一目瞭然。
すでに塗装済みのヘルメットを持っている方も、スモークを吹くだけでグッと雰囲気が良くなるので是非(自己責任で)お試しあれ。
  


2020年05月23日

ステホ14

今日はモシャハットを作ります。

生贄になるのはセスラー製リプロの米軍グリーンリーフ迷彩ジャングルハット


擬装用のナイロンテープの真ん中をハサミでチョッキン


そしてナイロンテープを織っている横糸を引き抜いてモシャモシャにほぐす


6cmあったブリムを4cmに切り詰める


完成!!

この改造は米軍ジャングルハットがベトナム軍に支給され始めた1960年代末から多数見られるもので、見ての通りナイロンテープをモシャモシャにほぐしているので、僕はこの改造ハットを「モシャハット」と呼んでいます。

【当時の改造例】


なおベトナム軍に供与された米軍ジャングルハットはリーフ迷彩に限らず、OG-107(オリーブグリーン色)も一般部隊や特殊部隊で多数使用されており、OG-107のハットにも同様の改造が施されている例がたくさんあります。

また現在ベトナムに住んでいる元共和国軍人の中には、昔を懐かしんで現代製の米軍風ハットをモシャハット化しているおじさんもいるようです。

 
Photo: Thắng Lê
  


2020年05月22日

ステホ13

もはや軍装ですらない、ただの手芸おじさんになってきました。

普段履いているユニクロのジーパンが、いつもお尻のポケットに財布を入れているせいで穴が開いてボロボロになってしまいました。
趣味の軍装にはいくら金をつぎ込んでも平気ですが、普段着にはまったく金をかけない貧乏性の僕としては、自分でこれを補修する事にしました。MOTTAINAI精神は日本人の美徳でしょでしょ?


片方だけ直すと、いかにも補修した感が出そうで嫌だったので、ポケットは両方とも外して新しいものに付け替えます。


でも、ただのデニムじゃつまらないので、新しいポケットには、家にストックしている迷彩服の端切れを使用。
過去記事『おもいでのダクツタイガー』にて、タイガー・ストライプ・プロダクツ社の迷彩服をレストアする際に、生地取り用に買った同社のパンツの生地がまだまだ残っているので、ユニクロジーパンと合体させます。


完成。けっこう良いんじゃない?
僕は軍装品を身に着けるのはコスプレ・リエナクトの時だけで、普段着としてミリタリーものを着るのは趣味じゃないのですが、この程度なら普通のアパレルにもありそうなのでOKです。
  


Posted by 森泉大河 at 19:03Comments(0)自作グッズ

2020年05月17日

ステホ12

ステホ9にて、「気に入らない部分がある」と書いた初期ERDL迷彩ハンティングウェアー改造ベトナム軍作戦服ですが、その気に入らない部分と言うのがこれです。

服全体を縫製している糸が、かなり黄色が強めの黄緑色なのです。
付け替えたポケットは普通のオリーブグリーン色の色を使ったので、糸の色が合っていません。
なので、このオリジナルの黄緑色の糸をオリーブグリーンに塗っていきます。

まず初めに、オリーブ色の布用染色ペンという物を買って塗ってみたのですが・・・
う~ん、思ったよりインクの色が明るくて、ただの黄緑色にしかなりません。送料込みで400円くらいしたけど、失敗です。

次に思いついたのが、油性マーカー。探したところオリーブグリーン色というのはありませんでしたが、緑と茶色があるので、「この2色を重ねて塗ればオリーブグリーンになるんじゃね?」という思い付きで2本買ってみました。
結果は・・・なんか小汚い緑色か茶色になっただけ。大失敗です。

こうして、もう糸を塗るのは無理だと諦めたので、一度付けたポケットを取り外して、ポケットを縫う糸の方を服本体に合わせて黄色っぽい糸に変え、縫い直しました。

こうして見ると、違和感はあまりないので、これにて改造は完了としたいと思います。
最初はこの服を隠しボタンの「空挺型」に改造しようと構想していたので、そこから考えると妥協に妥協を重ねた末の産物ですが、なんとか着れる状態になっただけでも良しとしましょう。

なお前回載せた時点では、この服には赤地に黒文字のネームテープを付けていましたが、その後あらためてレンジャー部隊のネームテープについて検証したところ、逆によく分からなくなってきたので、ネームテープは外しました。

過去記事レンジャー大隊識別色』に載せたように、1960年代のレンジャー部隊の作戦服に付いているネームテープは、その色で大隊を示していたのは間違いないのですが、一方で当時の写真をよく観察すると、
・黄色は肩のタブでは見られるものの、ネームテープでの使用例は見られない
・この一覧には当てはまらない白色やオリーブグリーン色も前線では使用されている
・テープのみで名前が印字・刺繍されていない事が多い
など色々疑問が湧いてきてしまいした。
僕は、ベトナム軍装の考証間違いのほとんどは、よく分からないままインシグニアを余計に付けてしまう事によって起こると考えているので、そうならないよう、現段階では大隊色のテープは付けない事にしました。
今後も研究を続け、考証的に確信が持てるようになったら、改めて取り付けたいと思います。
  


2020年05月09日

ステホ10

今回は、ちょっと気分を変えて小物作成。
でもその前に、まず何を作っているのかという前提の説明。

ベトナム空挺大隊(バオアン)とベレー章

 ベトナム陸軍空挺部隊の歴史は、サイゴンを首都とするコーチシナ自治共和国の治安維持部隊であるコーチシナ共和国衛兵隊(フランス軍の下部組織)内に、1947年に組織されたEPGRC (コーチシナ共和国衛兵隊空挺戦隊)に遡ります。翌1948年、バオダイ(保大帝)を国長とするベトナム国の成立に伴い、EPGRCはEPGVNS (南ベトナム衛兵隊空挺戦隊)へと改名され、ベトナム国政府の直轄地域であるベトナム南部で発展していきました。
 一方、ベトナム北部は形式上ベトナム国の領土ではあるものの、中国・ラオス国境に面しておりベトミンの活動が活発な地域であったため、その掃討作戦および施政はベトナム国政府・ベトナム国軍ではなく、フランス軍(極東フランス遠征軍団)北ベトナム方面軍が引き続き担っていました。しかしこの時期、フランス人兵士の人員不足やベトナマイゼーション(ベトナム国政府への権限移譲計画)に伴い、北ベトナムでもベトナム人部隊の需要が高まったため、北ベトナム方面軍は1950年に、北ベトナムで最初のベトナム国軍空挺部隊であるトンキンEP(空挺戦隊)を創設します。
 そして翌1951年、このトンキンEPはベトナム陸軍で最初の空挺大隊である第1ベトナム空挺大隊(ベトナム陸軍第1空挺大隊)へと改称・発展しました。第1空挺大隊の指揮官はトンキンEP隊長であったグエン・カーン大尉、副隊長ド・カオ・チ中尉が引き続き務め、この重大な役割を背負った両名は、その後20年近くに渡ってベトナム戦争の歴史に大きく関わる事となります。

▲国長バオダイの表彰を受ける第1空挺大隊副大隊長ド・カオ・チ(敬礼をしている人物) [1952年サイゴン]
チは後にベトナム共和国軍中将(死後大将に特進)・第3軍団司令官として、1970年のカンボジア進攻作戦を大成功させるなどし、ベトナム戦争で最も優秀な指揮官の一人と評価されています。その為、中将1971年のラムソン719作戦の際に乗機のヘリが撃墜され戦死しましたが、これは「ベトナムからの撤退を決定したアメリカが、南ベトナムから優秀な司令官を排除する事で戦争終結(南ベトナム敗戦)を早めるために、CIAがチ将軍を暗殺したもの」という陰謀説が、いまだにベトナム人の間で実しやかに語られています。

 また、この第1空挺大隊発足後も、ベトナム国軍にはフランス軍CIP(空挺インドシナ中隊)を編入・再編したベトナム空挺大隊が続々と編成され、1954年の第1次インドシナ戦争終結までに計5個の空挺大隊が組織されました。またベトナム国軍のモットーが「Bảo quốc An Dân (保国安民、略してBảo An:バオアン)」であった事から、これらベトナム空挺大隊はフランス人将兵からBawouan(バオアン)と呼ばれ、ベトミン軍との戦争が激化した戦争末期に、次々と激戦地に投入されていきました。

▲第1次インドシナ戦争期の5つのベトナム空挺大隊(バオアン)と部隊章

 さて、ここからが本題。これらベトナム空挺大隊では、フランス軍空挺部隊と同じくアマランス(赤)色のベレー帽が着用されました。またベレー章についても、フランス軍CIPが基となった第3, 5, 6, 7空挺大隊については、CIP時代から引き続き、フランス軍空挺部隊のベレー章(天使の翼)が用いられました。
 しかし第1空挺大隊だけは、トンキンEPという他の大隊とは異なる出自であったため、フランス軍とは異なる独自のベレー帽が採用されました。そのデザインは隊旗と共通の、パラシュートに星、翼、そしてベトナム国旗がデザインされた物でした。
 そして第1次インドシナ戦争終結後の1955年、南ベトナムに撤退した各空挺大隊を統合・再編したベトナム共和国軍空挺群(指揮官ド・カオ・チ)が発足すると、この第1空挺大隊ベレー章のデザインは空挺群共通のベレー章として採用されます。(同時にフランスベレー章は廃止されたものの、その「天使の翼」のデザインは新たにベトナム軍空挺部隊の部隊(兵科)徽章として継承されます) これ以降この第1空挺大隊式ベレー章は、1975年までベトナム軍の最精鋭部隊たる空挺部隊(および特殊工作機関NKT)の象徴として長きに渡って愛用されていきます。

▲ベトナム軍空挺部隊で用いられた三種のベレー章
国軍時代と共和国軍時代ではデザインは同一ですが、国軍時代はピンで留めるバッジ式で、共和国軍時代からはベレー帽に直接縫い付けとなります。

バッジ式のベレー章を着用する第1空挺大隊第3中隊の将兵 [1952年ハノイ]
この時期、ベトナム空挺大隊はフランス軍からベトナム国軍に編入されたばかりであったため、将校のほとんどはベトナム国軍に出向という形で、引き続きフランス人が務めていました。



第1空挺大隊ベレー章作成

 ここからようやく工作のお話です。

今回ベースとするレプリカのベレー章。(ベトナム製?)
1960年代以降は糸刺繍も多く見られますが、50年代はモール刺繍が主だと思うので、ちゃんとしたモール刺繍のレプリカを用意しました。
これに裏地の布を縫い付け、さらにベレーに取り付けるためのピンを取り付けます。
しかしベレー章用のピンは単体ではなかなか手に入りづらいので、自分で作る事にしました。

今回は初めての試みなので、試しに手芸ショップで売っていた真鍮製のピアスを使ってみました。
これをベレー章のピンっぽく曲げていきます。

 
なんとか形になりました。
でもやってるうちに、こんなにいろいろ曲げるなら、別にピアスとして売っている物じゃなくて、ただの細い真鍮線を買ってくれば十分だなと思いました。
そしてこのピンを縫い付けてベレー章が完成。

▲見本とした実物(コレクター所蔵品)

▲今回の僕の自作品
まるっきり同じとは行きませんが、ぱっと見悪くないと自分では思っています。
(翼の形は当時から個体差があるので、多少形が違くても間違いではありません)


第1空挺大隊セット完成!!服はTTA47"一般型"戦闘服です。
この時代、インシグニアはバッジが主で、服に縫い付ける物は少ないので、同じ服や帽子で色々な設定ができるのはお得ですね!


また靴は、1950年代のフランス連合軍空挺部隊の代表的なジャンプブーツであるTAP50(写真右)の代用品として諸先輩方にお勧めされた、イタリア軍のブーツ(写真左)を使うつもりです。
よく見ると踵にカップが無かったりホール数が違ったりするのですが、実物のTAP50はほぼ入手不可能な激レア品なので、安価で手に入り、実際に履いて使える代用品としては申し分ないですね。
  


2020年05月05日

ステホ9

部屋をあさってみたらボタン付け糸が出てきたので、サクッとインシグニアとボタンを付けちゃいました。

でもまだ気に入らない部分があるので、明日片付けます。


また、別の服に付けるための自家製パッチも続々作成中。

ただし僕のポリシーとして、自家製パッチを作るのは、当時シルクスクリーンプリント製パッチが存在していて、それをトレースして再現できる場合のみなので、プリント製パッチが存在していたか確認できない物については作る気はありません。「きっとあったはず」などと想像でやっちゃったら、それは再現ではなくファンタジーです。
なので上のベトナム空軍関係のパッチ(左の2つ)はプリント製が確認できるので自分で作りましたが、服に付けようと思っている別のもう2種類のパッチ(飛行隊と搭乗機種)は刺繍製しか確認できていないので、海外から刺繍製レプリカを取り寄せるつもりです。

右のラオス軍GM21のパッチは過去に1個作りましたが、かつてヴァン・パオ将軍の側近だったラオス軍中佐(モン族)のお孫さんがアメリカに住んでおり、ネットを通じて彼と知り合いになったので、記念に手持ちのGM21パッチをプレゼントしちゃいました。なので今回は自分のコスプレ用に再生産した物です。

アメリカで、僕の作ったパッチを身に着けてくれているジョニー君。
彼はまだ若くてお金無いし、軍装の知識も無いですが、祖父や親戚たちが戦ったラオス内戦の歴史についてはかなり詳しく知っているので、彼から沢山の事を学ばせてもらっています。
モン族に限らず、軍人の子孫であっても大半の人は歴史に興味など無いので、彼は歴史の伝承者として、また趣味の仲間としても貴重な存在です。
逆に軍装関係は僕の専門なので、正真正銘のモン族である彼に今から色々教育して、いずれ完璧なラオス軍コスプレをさせるのが僕の目標です(笑)
  


2020年05月04日

ステホ8

パンツがあるという事は、当然上着もあります。

上着も、改造ベースは民生品のハンティング用迷彩服です。
しかし上着はパンツほど一筋縄では行きません。
当時、ベトナム軍の初期ERDL迷彩服上衣の多くは、1962年頃にブラッドケーキ迷彩服の裁断として登場した隠しボタン2ポケット(名付けて空挺型)で生産されていました。

空挺型はその名の通り、ベトナム陸軍空挺部隊で始まった裁断ですが、初期ERDL迷彩の場合は空挺に限らず、レンジャー部隊でも空挺型が一般的でした。
しかしこの裁断をハンティング用迷彩服からの改造で再現するのは非常に困難なのです。
既にボタンホールが開いてしまっているので、これを隠そうと前合わせを内側に織り込んでも、今度は襟の形が変になってしまいます。
なので泣く泣く空挺型は諦めて、もっと作りやすい裁断の服を再現する事にしました。

割合的には少ないものの、レンジャー部隊ではカーキ作戦服と同じ2ポケット簡略型の初期ERDL迷彩服の使用例もちらほら見られるので、今回はこの裁断っぽく改造していきます。


はい、下側のポケットを外して形を小さくして胸に縫い付けてほぼ出来上がり。
別に、楽をしたかった訳ではないのです。作れるものなら空挺型を作りたかったです。でも今の僕の技術ではこれが限界でした。

あとはボタンとインシグニアを付けて、ちょいとした加工をすければ完成なのですが、実は前回パンツを作った時に、ボタン付け糸を使い果たしてしまいました。
無くなったからと買いに行っていたら、この数日間家に籠っていた意味が無くなるので、ボタン付けは後回しにして、先にインシグニアを付けていきたいと思います。
  


2020年05月04日

ステホ7

服いじりはまだまだ続きます。

 1948年に開発されたERDL迷彩は当時、軍に採用される事なくお蔵入りとなりました。しかし1960年代になると、アメリカの民間のハンティングウェアーメーカーが、この迷彩(後の改良型と区別して「初期ERDL迷彩」とでも呼びましょうか)を使ったハンティング用迷彩服を販売しだします。
 時を同じく、米国で大量に生産されていたこの初期ERDL迷彩の生地は、軍事支援物資として米軍からベトナムに供与され、この生地をベトナムで縫製した迷彩服が、1965年頃から空挺部隊・レンジャー部隊の標準迷彩として大々的に支給されていきました。

▲初期ERDL迷彩(空挺型)作戦服を使用するレンジャー部隊(1966年)
この初期ERDL迷彩はマニアの間では、軍よりも民間で先に普及したため、「シビリアン・リーフ」や「コマーシャル・リーフ」と呼ばれたり、また色落ちすると迷彩柄がかなり薄くて見えづらくなるため「インビジブル」とも呼ばれます。


さて、この服を再現すべく、米国で生産されていた同生地のハンティング用迷彩服を入手し、これをベトナム軍仕様に改造していきます。

改造箇所は比較的少なめなのですが、とにかく足が太くてダボダボだったので細くしていきます。
サイズの見本は、普段履いているユニクロのチノパン。

全体的に16cmくらい細くしました。
前側のポケットは、米軍ユーティリティやベトナム軍作戦服と同じベイカーポケットなので、そのままにしています。
なお、ベトナム軍の初期ERDL迷彩パンツには、カーゴポケット付きのタイプも多く見られますが、今回は生地に余裕が無いので、一般的な米軍ユーティリティ・スタイルにしています。


お尻部分も細くなったため、一度ポケットを外して、形状を修正して再度取り付けました。

とりあえずパンツはこんな感じで完成です。
  


2020年04月29日

STAY HOMEその4

4ポケット作戦服 再レストア

 過去記事『最近やった服いじり』に載せた実物ベトナム軍カーキ4ポケット作戦服のレストアを行った時、僕は下段のポケットを作り直すにあたって、服本体の袖を切って半袖化する事で必要な生地を確保しました。しかしその際、袖を分解した生地だけでは、本来4ポケット作戦服の下段ポケットに付いているはずのマチを作るには生地の大きさが十分ではなかった事と、単純に面倒くさかったことから、ポケットのマチを省略していました。
 あれから2年半、今更ですが、やっぱりマチは作るべきだと思い直し、再度ポケットを作り直しました。ただし、服と同じ生地でマチを作る事は出来ないので、今回は別の生地を使用しました。


 なのでマチ部分だけ色が違くなってしまいましたが、まぁ目立つ部分ではないし、実物でも違う色あいの生地がごちゃ混ぜで使われのはよくある事なので許容範囲内かなと。

インシグニアは、自家製の第18歩兵師団プリントパッチと、外注刺繍ネームテープ。
もうこの服は第18師団専用として、これ以上はいじらない事にします。



夏季勤務服

 友人がベトナム陸軍空挺部隊仕様のチノ勤務服を作っているので、僕も乗っかって一着用意する事にしました。服は実物の米陸軍チノシャツ(半袖)で代用しています。特に加工はしません。

徽章類は、保国勲章飾緒だけ実物で、他は全てレプリカです。
エポレットの上士(曹長)の階級章は、ぐえん商事さん謹製。空挺部隊パッチは例のごとく僕の自家製です。
略綬は写真撮影用に手元にあった物をとりあえず付けただけなので、これからちゃんとした物を作ります。

ちなみに現在、クラッシファイドさんで以下の2種類のフラジェール(部隊感状飾緒)のレプリカが販売中なので、お探しの方は早めにゲットする事をお勧めします。
・英雄章飾緒/Gallantry Cross (国軍級表彰2回)
・保国勲章飾緒/National Order (国軍級表彰6回)

画像引用:CLASSIFIED
  


2020年04月27日

STAY HOMEその3

上着だけじゃなく、パンツも改造します。

クラッシファイド製リプロは官給カーキ作戦服の中でも、1960年代に生産された最も手の込んだ作り(肩当・膝当付き)のタイプを再現しているのですが、今回はそこから膝当を取り払い、簡略化したタイプのパンツを再現しました。

上着から肩当を外す時と同様に、この改造は新品の時にやらないと、膝の部分だけ色が違くなってダサい事になるので、新品から改造しました。きれいに糸を解けば、縫い跡はほとんど分かりません。


簡略型を再現するため、腰に付いていたウエスト調整のストラップも撤去。
なお尻ポケットのボタンは実物に極めて酷似した戦後ベトナム製ボタンに交換しています。


ついでに、ちょっとばかし色気を出して、ベルトループも改造。



通常のベルトループではなく、ベイカーポケットの上部分をトンネル状にしてベルトを通す変則的な仕様に改造しました。
これは必ずしも一般的な仕様ではないのですが、一方で1960年代後半以降は結構な数の着用例が見られるので、個人的な改造やテラーメイドではなく、こういう仕様の官給品もあった模様です。

▲ベイカーポケットベルトループ(仮称)の例
  


2020年04月27日

STAY HOMEその2

引き続き、細々とした作業を片付けました。


①FANK(クメール国軍) 隠しボタン2ポケット・ジャケット

2年前に「そのうちやる」と言ったきり止まっていたクメール陸軍歩兵計画を再始動。

ロスコ製の米軍BDU風ジャケット(ポプリン生地)を素材に


下側のポケットと肘当て、カフスおよびウエストのストラップを外すだけの簡単なお仕事です。

部隊章はまだ作っていません。ただし、当時からインシグニアを付けていない兵士は大勢いたので、このままでも十分コスプレに使えます。
僕もクメール軍については勉強し始めたばかりなので、インシグニアを付けるのであれば、もうちょっと戦史などを調べた上で、服の設定を考えたいと思います。


②ベトナム海兵隊第1海兵大隊

以前作った第1海兵大隊仕様のグリーンリーフ迷彩服(東京ファントム製)は、自分で付けたインシグニアに誤りがあったので作り直しました。


・ネームテープ:✕青地に白文字→〇青地に黒文字
・部隊章:✕後期型(1971-1975)→〇前期型(1960-1971)

※ネームテープ色については過去記事『改訂版 ベトナム海兵隊のネームテープ色』参照


③ベトナム地方軍

昔、趣味の先輩が、米軍ユーティリティユニフォーム(OG-107)から改造して作ったベトナム軍カーキ2ポケット作戦服風シャツを、地方軍仕様にしました。

自家製パッチを付けると共に、ボタンはクラッシファイド製レプリカに交換しました。


  


2020年04月26日

STAY HOMEその1

 コロナが有ろうが無かろうが、元々根暗なので休みの日は家から出ないのですが、撮影会が出来なくなった事で急におあずけくらった気分になったせいで、むしろ数年前から放置していた服の改造をやる気が出てきました。

今回ベースとするのはYMCLKY製の米軍TCU(5thモデル)風ジャケット。
実際のTCUはポプリン/リップストップ生地ですが、こちらはファッション向けにコットン生地で出来ています。
それが今回の改造ベースにはうってつけなのです。


胸ポケットを外して、下膨れ状の形状を出来るだけ直線的に修正。そしてこれを服に水平に縫い付ければ完成。


ベトナム共和国軍が米軍TCUのデザインを模して1972年頃に導入したTCU型4ポケット作戦服を再現しました。
このTCU型ジャケットにはいくつものバリエーションがありますが、今回はカーキのTCU型で最もオーソドックスな(気がする)水平ポケット・隠しボタンのタイプを再現しました。
設定はベトナム戦争末期の1974年~1975年にかけて大きな活躍をした、第3騎兵旅団第22騎兵大隊(M48戦車大隊)の戦車兵です。

▲ベトナム軍TCU型(水平ポケット・隠しボタン)作戦服の使用例
(第2騎兵旅団第19騎兵大隊)


なお胸ポケットだけではなく、背面にもベトナム製4ポケット作戦服各種によく見られるウエスト調整ストラップを付けました。
(切り離した袖のカフスを移植)

すでにM24チャーフィー、M41ウォーカーブルドッグを使った戦車兵コスプレは撮影済みだから、次はこの服を着てM48パットン戦車で撮ってくるのが目標です。



ドイツ軍のヴィットマン風に撮ろうと思ったら、体の向きを間違えました。
  


2020年04月20日

HT-1Aウォーキートーキーのスリング自作

ヴィレッジ・ラジオ

 1960年代初頭、南ベトナム領内の共産ゲリラ(解放民族戦線)を掃討すべく米国CIAが主導した作戦の一つに『ヴィレッジ・ラジオ・プログラム』というものがありました。当時、通信インフラが未整備な地方の農村地帯ではベトナム政府の管理が行き届かず、ゲリラの活動が野放しになっていたため、CIAは地方の村役場や警察、NDTV(人民自衛団:軍の指揮下にある民兵組織)等に『ヴィレッジ・ラジオ』と呼ばれる米国製の各種無線機を配布して、現地住民にゲリラやゲリラ協力者の活動を監視、逐一報告させる事で、掃討作戦を効率的に実施する事を目指しました。
 そしてこのヴィレッジ・ラジオ・システムを構成する無線機のうち、ウォーキートーキー(携帯式送受信機)として使われたのがHT-1 (HT-1AおよびHT-1E)』そしてHT-1を航空無線対応の2バンド化した『HT-2(HT-2A)』です。

その他ヴィレッジ・ラジオを構成する各種無線機についてはこちらに詳しく載っています。



スリング自作

 僕は数年前に、HT-1A(中でもコントロールパネルがベトナム語のタイプ)の実物を買ったのですが、HT-1/HT-2はスリングベルトが脱着式のため紛失される事が多く、僕が買った最初からスリングが付いていませんでした。スリングが無いと持ち運びに不便なので、僕はこれを買って以来しまいっ放しで、屋外に持ち出した事がありませんでした。
 しかし、HT-1は警察や民兵の他にも、CIDGやPRUなどCIAの支援を受ける地方部隊全般で使用された特徴的なアイテムなので、もういい加減コスプレで使わないのはもったいないと思い、重い腰を上げてスリングを自作する事にしました。


 
今回は現物が手元に無いので、実物のスリングの画像をネットで集めて、形状やサイズを図ります。
大きさが分かっている亀の甲ホックを基準に、画像からベルトや縫い目の寸法を割り出しました。

ポンチ絵
ベルト全体の正確な長さは画像からでは分からなかったので、目分量でだいたい1.2~1.5mくらいとしました。


そして可能な限り実物と似た素材を探し購入。
・バックル:角型板送り 25mm


バックルはニッケル仕上げだったので、金属用塗料スプレーブラッセンで黒く塗装。(すでに剥がれてきてるけど)
これをナイロンテープに通し、ミシンで縫い付け。
テープは1m厚の薄手のものなので、家庭用ミシンでも楽に縫えました。


そしてハトメ打ちで穴を開け、亀の甲ホックを取り付けたら完成。
何年も面倒くさがってた割には、1時間足らずで作れちゃいました。


HT-1Aに取り付け。うん、我ながら満足のゆく出来栄えです。
ベルト長もちょうどいい感じです。


ヴィレッジ・ラジオと黒アオババの最強コーデでこの夏の流行を先取り。
  


2019年05月14日

はじめての家庭用ミシン

初めて自分でミシンを買いました。


実家に住んでいた時は親の工場にあるJUKIの工業用ミシンを使っていましたが、今は一人暮らしになったので、自分用のを買わざるを得なくなりました。
今回新調するにあたって、初めて使う家庭用ミシンとして選んだのは自動糸調子付きの電子ミシン、シンガー モニカピクシー DX 5720です。
の工業用ミシンにはこの自動糸調子が無く、生地の厚みが変わる度に糸調子(上糸の張り具合)を調整するのがずっと面倒でした。
今回初めてこの自動糸調子を試してみましたが、こりゃ便利っす。お金を出す価値は十分にありますね。

シワが寄ってしまいそうなペラペラの生地一枚を何の調整も無く綺麗に縫えています!

また家庭用ミシンなら当たり前の機能ですが、ボタンホールが自分で作れるのもうれしいです。
実は、僕が今まで使ってきた工業用ミシンには、家庭用ミシンのように便利な機能は全くついていませんでした。
工業用という名前の通り、あれは縫製工場で複数の職人が作業工程ごとに分業して、何百・何千着と縫製する為の物なので、自動糸調子はありませんし、うちには穴かがり(ボタンホール縫い)用のミシンはありませんでした
なので今までボタンホールを作る際は毎回、車で20分かけて穴かがり専門の業者に持ち込んでいました。

無論パワーや回転速度など、ミシンとしての基本スペックは工業用ミシンの方がはるかに上なんですが、僕のように趣味で自分用の軍服/コスプレ衣装を作るだけなら、むしろ家庭用ミシンの方がやれることが多くて便利なんだと改めて分かりました。


とはいえ、一口に「家庭用ミシン」と言っても機能・性能はピンキリなので、今回僕が自分用のミシンを選ぶにあたって考慮した条件をご紹介します。



【僕が欲しかった3つの装備・機能】

フットコントローラーフットペダル
ペダルを足で踏んでミシンを操作するコントローラーです。家庭用ミシンではオプション装備となっていますが、当然両手が使えた方が作業が捗ります。と言うか、僕は工業用(フットコントローラー付き)以外を使った事がないので、これ無しでどうやって縫うのか想像できません。

・自動糸調子
上でも書きましたが、糸調子とは上糸を縫い込む強さ・テンションの事であり、どのミシンでも布の種類・厚みに応じて調整する必要があります。糸調子が合っていないと糸が緩んでいたり、逆にきつ過ぎて糸が切れたりして、まともに縫う事が出来ません。
安価(数千~1万円台)な『電動ミシン』は単にモーターで駆動するだけなので、糸調子は手動となります。手動調整の場合、糸調子は布・厚みが変わる度に毎回合わせる必要があり、またうまく合わせるには経験が必要なので、面倒くさい部分でした。ただし単にパッチ・ワッペンを縫い付けるくらいならば、厚みはそんなに変わらないので、一度合わせてしまえば手動でも問題ないかと思います。ちなみに数百万円する工業用ミシンも、プロの縫製職人が使う前提で設計されているため手動です。
その面倒な糸調子を圧力センサー・電子回路で自動調整してくれるのが自動糸調子機能で、『電子ミシン』または『コンピュータミシン』に搭載されています。値段は2万円~となりますが、僕のように服をバラして改造したりする人には便利な機能です。ただしすべての電子ミシンに自動糸調子が備わっている訳ではなく、手動の物もあるので、注意して選んでください。

サイドカッターロックカッター
ロックミシンのように『かがり縫い』ができるアタッチメントです。かがり縫いとは生地の縁を解れ留めしながら縫う事で、服の内側の布のつなぎ目になどに使われます。ロックミシンとは生地を切断しながらかがり縫いを行う専用のミシンです。
僕のように服のサイズを縮小したりスリム化する際には、余分な布を切り落としかがり縫いをする必要がありますが、そのためだけに専用のロックミシンを用意するのはお財布に優しくありません。
そこで普通のミシンに装着してジグザグ縫いをするだけで、自動で生地を断ち切ってかがり縫いが出来てしまう便利アイテムがサイドカッターです。さすがにロックミシンのように細かく綺麗には仕上がりませんが、自分用の服なら実用上問題無いレベルの出来になるようです。

この三つの条件を楽天市場で検索してみると、こんな結果になります。
ただし、同じミシンでも検索に引っかからない場合がありますし、ショップによって付属品は異なるので、条件だけでなく製品名でもう一度検索し直した方がいいと思います。今回僕が買ったのも、最初の検索結果には表示されなかったお店でした。

また、同条件の複数の候補からシンガーDX 5720を選んだ理由としては、
・パワー・剛性の評判がいい
・重さ8kgと重量級のため、ミシン自体が安定して縫いやすい
・自動糸調子付きながら手動でも調整できる
の三点になります。


まとめ

要約しますと、本当にパッチを縫い付ける程度の軽い作業なら数千円の電動ミシンでも十分です。
ある程度服をバラして改造したりする場合は、自動糸調子機能のある電子ミシンまたはコンピュータミシンが便利です。
様々な可愛い縫い模様が搭載されているコンピュータミシンは、軍服趣味には不要かも知れませんが、所帯持ちの方でしたら「きっと子供が喜ぶ」と奥さんを言いくるめてミシンを新調する口実に使えるかもしれません(笑)




ミシンが来たので、さっそく第2海兵大隊仕様のこの服を、次のイベントの設定に合わせて第1海兵大隊仕様に変えていきます。


  


Posted by 森泉大河 at 00:35Comments(0)自作グッズ