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2015年09月26日

タイの思い出 チェンマイ編その3

チェンマイ滞在3日目

僕、ナット、オットの3人で、チェンマイ郊外の山の上にあるメオ族(モン族)の村に行く。
※『メオ(Meo, 苗)』という呼称は異民族がつけたもので、当人達は長年自分達の自称である『モン(Hmong)』を使うよう求めている。

山の方に行くバスはなんか不便らしいので、チェンマイ市街でソンテウのおっちゃんと交渉し、本来乗り合いタクシーであるソンテウをチャーターして送り迎えしてもらえる事になった。
そして峠道をけっこうな標高までず~と登って行く。

タイの思い出 チェンマイ編その3

僕の目的地はモンの村だけど、その手前に「チェンマイに来たら絶対見なきゃ」という有名なお寺ドイ・ステープがあるらしいので、そこで途中下車。
さすがに有名なお寺だけあって、平日でも参拝者が多いです。

タイの思い出 チェンマイ編その3

タイの思い出 チェンマイ編その3

タイの思い出 チェンマイ編その3
タイのお寺はどこでもそうですが、お寺が単に豪華なだけでなく、そこに参拝する人々がちゃんと信心を持ってお釈迦様を敬っているところが素晴らしいですし、とても羨ましく思います。
一方、我が国にも観光客が集まる寺社は沢山ありますが、そこが何のためにある施設なのかをちゃんと理解して参拝している人は、はたしてどれくらい居るんでしょうね。
自身の欲の為に仏に合掌し、宗教法人の税制優遇を妬んで親の葬式の時ですら僧侶の陰口を言い、仏教世界有数の歴史有る寺院を『遺跡』、『パワースポット』、『観光施設』にしてしまったのは、我々日本人自身ですよ。


境内を見学してたら突如豪雨に見舞われる。
雨だけならまだしも、標高が高いので雷の音がメチャ近いのが怖い。

タイの思い出 チェンマイ編その3


30分くらい雨宿りしたら雨止んだので、来た階段を下って帰っていると、モン族の民族衣装来た女の子たちと遭遇。

タイの思い出 チェンマイ編その3
詳しくは過去記事『山ガール』参照


そしてドイ・ステープを後にし、ソンテウでさらに山を登っていくと、ついに念願のモン村に到着です。

タイの思い出 チェンマイ編その3

初めに断わっておかなければならないのですが、ここはモン村という名前の、少数民族文化を紹介するために整備された観光施設です。
確かにモン族の集落もあり皆さんそこで生活しているのですが、若い人は民族衣装なんて着ないですし、チェンマイが近いために働き口もあるので、普通のタイ人と何ら変わらない生活をしています。
と言うか、タイ王国は民族に関らずタイ国籍を持つ人を全員タイ人とみなす他民族国家なので、彼らもまた列記としたタイ人なんですよね。

タイの思い出 チェンマイ編その3
年配者の女性はまだ民族衣装を着ている人がいますが、男性や若者は街に働きに行ってるので村では見かけませんでした。


あとこの村、ややこしいのですが、言語学上の分類で言うミャオ・ヤオ語系の『モン(Hmong)』だけでなく、モン・クメール語系の『モン(Mon)』の人たちも住んでるそうです。

しかし今でこそタイ国民の一部となったモン族ですが、つい数十年前までは、モン族は山奥で民族服を着て作物を自給自足し、ケシ栽培で生計を立てる昔ながらの生活をしていたそうです
『昔ながらの生活』というと聞こえは良いですが、実際にはそれらは多数派民族から迫害を受け山間部に逃げ込まざるを得ず、経済的に外界と孤立して服も食料も自給自足せざるを得ず、生活費を稼ぐためのケシ栽培は周辺の犯罪組織や軍閥、ゲリラの資金源として利用するだけ利用されて、最後には使い捨てられるという、モン族の苦難の歴史そのものでした。
タイ政府はこうしたモン族の状況が国境地帯の不安定化に繋がることを恐れ、対策を講じます。それは周辺諸国のようにモン族を追放するのではなく、むしろ積極的に王国に迎え入れて経済・教育支援を行い、国王自ら出向いてモン族を説得し、ケシ畑をコーヒー農園に変える事でした。
この政策は大成功し、多くのモン族が反社会・反体制勢力とのつながりを絶ち、経済的な苦境からも抜け出すことが出来ました。古代から大国による迫害を受け続け、20世紀に入ってもなおベトナム共産党、ラオス共産党による大量虐殺に晒されるモン族にとって、タイ王国は有史以来初めて自分達を受け入れてくれた国家と言えます。
(ただしラオスから難民としてタイに押し寄せるモン族は後を絶たず、タイ側も受け入れには限界があるため、モン族難民をラオスに強制送還するなど決して全てが解決した訳ではない)

タイの思い出 チェンマイ編その3 
▲自らモン族集落に赴いて王国政府の庇護の下に入るよう促すタイ国王ラーマ9世陛下

タイの思い出 チェンマイ編その3
▲集落にタイ陸軍が駐屯する事で、モン族は犯罪組織との縁を切りケシ栽培を止めることができた


こうした経緯から、このモン族村の段々畑も、かつてはケシ畑だったところが今ではとても綺麗な庭園になっています。

タイの思い出 チェンマイ編その3
所々綺麗なケシの花が咲いてるんだけど、あれは大丈夫な種類なのか?(笑)

観光客向けにモン族の民族衣装(祭礼用の正装)をレンタルしてたので、迷わず着用。

タイの思い出 チェンマイ編その3
女性用の服は土産物屋でも売ってますが、男性用はなかなか見ないので貴重な体験ができました。
店のおばちゃんに「この服、売るとしたらいくら?」と訊いたら、日本円で5万円ほどの金額を言われたので、そもそも売る気は無いようです。

そのまま園内をお散歩します。

タイの思い出 チェンマイ編その3

弩(クロスボウ)で射的して遊ぶ

タイの思い出 チェンマイ編その3

タイの思い出 チェンマイ編その3
的の瓜を撃つ。小動物なら余裕で撃ち取れる威力でした。
ただし照準器が無いので実用性は皆無。武器や狩猟用ではなく、子供の玩具です。まぁ射的屋だしね。

また、ここにはモン族をはじめとするタイ各地の山岳民族の文化を展示している資料館があります。
それぞれの民族衣装や農具などに加えて、大昔から彼らが使っている手作りのマスケット銃など、面白いものが沢山見れました。

タイの思い出 チェンマイ編その3

解説は基本タイ語のみなので詳細はよく分からなかったんですが、途中で欧米のツアー客を連れたタイ人係員が英語で展示物を説明してたので、勝手に彼について回って解説を聞くことができました(笑)


ここには沢山の土産屋があるので、僕は日本でもモン族のコスプレをするために色々買っていこうと思ってたんですが、なかなかこれといった物が見つかりませんでした。
やはり有るのは観光客向けの刺繍の入ったバッグとか、女性向けのアクセサリーとかばかりで、本当の民族衣装的なものは無いんです。そりゃそうだよね、商売でやってるんだから、売れそうな物しか置かないよね。
唯一、男女問わずモン族が使う太い金属製ネックリングを見つけたので買うことが出来ました。ただしこれもお土産用のレプリカです。
本物は銀製なので売ってたとしてもとても高価なんですが、僕が買ったのはアルミ板をプレスしただけの安物。でもコスプレに使いたいだけなので、これで十分です。

タイの思い出 チェンマイ編その3
▲この丸いネックリング。左の人がしているのはスピリット・ロック(魂の鍵)というネックレスで、これも一般的なもの。
(写真は第一次インドシナ戦争期のフランス植民地軍GCMA(混成空挺コマンドクループ)所属のモン族兵)


つづく 




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