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2014年05月10日

続・世界残酷物語

1963年制作のイタリア映画に『続・世界残酷物語(Mondo cane 2)』という作品があります。
この中には、南ベトナムにおいて仏教徒の暴動と政府軍(ジェム政権)による凄惨な弾圧が行われた1963年の仏教徒危機を撮った(とされる)シーンもあります。



特に僧侶ティック・クアン・ドックが抗議のため自らガソリンを浴びて焼身自殺したシーンは、世界中の人々に衝撃を与えました。
このシーンはドック師の死の瞬間として、今もベトナムの人々の間で、当時の情勢を伝える記録フィルムとして知られています。

※焼身自殺の瞬間(とされている)映像なので、苦手な方はご注意下さい。

しかしこの映画は、モンド映画と呼ばれる"観客の見世物的好奇心に訴える猟奇系ドキュメンタリー・モキュメンタリー映画"で、ぶっちゃけやらせ映像が多い事でも有名です。
僕もこの"仏教徒危機"とされる映像に、違和感を感じる個所がいくつもあったので、ちょっと検証してみます。

まず南ベトナムのシーンが始まり、戒厳令下のサイゴンの街並みと兵士、そしてチャン・レ・スアン(マダム・ヌー)が映し出される2分間は、確かに当時の映像だと思います。問題なのはその次の、暴動のシーン以降です。

※2014年5月12日訂正・追記
00:52くらいに映るサイゴン市内の進入禁止の看板がおかしいとご指摘いただきました。

続・世界残酷物語

確かに変です。子音のGに補助記号付く時点で、それはもうベトナム語ではありません。
また、音節も区切ってないので、読む事が不可能な文章です。
さらにベトナムの第二公用語はフランス語であり、ほとんどのベトナム人は英語を読む事ができません。
米軍が本格的に駐留を開始した1965年以降であれば『米兵向けに』英語が書かれる事もありますが、1963年当時はわざわざ誰も読めない英語で書く意味がありません。
よって、自動車の車内からの街並みも、かなり"作られた"ものの可能性があります。
(ただし軍人や警察官の服装から、撮影場所は南ベトナムである可能性が高いと思います)

さらに暴動のシーン以降は、南ベトナムで撮影されたかも怪しくなります。


続・世界残酷物語

南ベトナム政府軍(とされている)兵士が、全員日本軍の三八式歩兵銃を持っています。
第二次大戦終戦直前の1945年に日本軍はベトナム帝国を支援し、三八式歩兵銃を供与したそうなのでそれが残っていた可能性が全く無いわけではないですが、少なくともその後の第1次インドシナ戦争やベトナム戦争で政府軍がこの銃を使用した事実は一度も確認されていません。
(この時点で「あ~あの国で撮ったのね」と気付く人もいらっしゃるはずw)


続・世界残酷物語

そして謎の階級章。こんなデザインは当時の南ベトナムには存在しません。
強いて言えば、フランス植民地軍時代の階級章に似ていますが、それも1954年に廃止されています。


続・世界残酷物語

お巡りさんの制帽・制服も謎。どこの国だよ。
ちなみに1963年当時の南ベトナムの警察官の制服はこちら↓

続・世界残酷物語


そして決定的なのが、ベトナムの仏教寺院として映し出された寺と仏像。

続・世界残酷物語

はい、タイ王国の有名な寺院ワット・プラパトムチェーディーでした。
そもそもベトナム仏教は日本と同じ中国経由の北伝仏教なので、こういうインドから来た南伝仏教とは寺も仏像もぜんぜん違うし。
ま、イタリア人には区別つかないよな~

そしてもちろん、タイ国内で、僧侶が南ベトナム政府に抗議して自殺した事実はありません。
また、看板や標識もわざわざベトナム語に変えて、南ベトナムの街並みを再現しているくらいなのですから、これがタイ国内で実際にあった何らかの事件の映像という事もないでしょう。

つまり、これら一連の映像は、(好意的に見れば)ものすごく手間隙掛けて作られた再現VTRと言えるでしょう。
上記のように、撮影に協力した現地の軍や警察(タイの軍装には疎いので、そこがタイであるという確証はありませんが)の服装に関しては再現が及ばなかったようですが、あのエキストラの数やロケの規模を考えると、単に「やらせ」と呼ぶのは惜しいくらい、よく出来てます。
ドック師のシーンも、ちゃんと背後にガソリンスタンドのEssoが写ってるんですよ。(実際に自殺が行われた場所もEssoの前だった)
またドック師のクルマ"オースチンA95"も同じ車種が用意されています。(色に関しては、おそらくモノクロ写真しか存在せず、カラーのものはそれに着色した物なので写真によってまちまち。現在フエの寺に展示されているA95が本物だと信じるなら色はブルーとなる)

そもそも世界残酷物語はモキュメンタリーなので、それにツッコミ入れるのは野暮な事なのかもしれませんが、当のベトナム人自身が(少なくともベトナムのネットユーザーは)これを歴史的な記録フィルムと誤解している人が居るので、そこの区別はちゃんとした方が良いんじゃないの?と思ってしまいます。



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この記事へのコメント
意外でした 僧侶も南伝仏教系でおかしいと思っていたのです
それにしても、私には52秒当たりの「撮影禁止 違反者は軍法により罰せらる」に相当する越南語がおかしい気がします
Posted by aaa at 2014年05月12日 01:14
>aaaさん
確かに!この看板おかしいですね。見逃していました。
子音のGに補助記号が付くとかありえないですし、音節も区切ってないので意味不明ですね。
また、第二公用語のフランス語ならまだしも、ほとんどのベトナム人が読む事のできない英語がメインに書いてあるのもおかしいです。まだ米軍が本格的に駐留する前の時代のはずですし。
ご指摘頂きありがとうございました!
Posted by タイガタイガ at 2014年05月12日 17:14
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