2025年01月06日
東洋漫遊記⑥ビエンチャン
さて、やってきましたビエンチャン。





巷では「世界一何もない首都」と言われており、僕も単にシエンクワンに行くための中継地点として立ち寄っただけなのですが、せっかく来たので何箇所か名所を周ってきました。
①アヌサーワリー(パトゥーサイ)
ビエンチャンと言ったら、やはりここ。
アヌサーワリーはラオス王国時代の1968年に完成した紀念碑で、第二次大戦から戦後の対仏独立闘争で散ったラオス人兵士を顕彰し、ラオス独立を記念する施設です。
当時ラオス王国はアメリカから多額の経済援助を受けていたのですが、何か記念碑を建設したかったラオス政府は、アメリカから空港建設の為として送られた資金とセメントを、黙ってこのアヌサーワリー建設に使ってしまったそうです(笑)

▲かつてラオス王国軍のパレードが行われたアヌサーワリー前のラーンサーン通り
1975年、共産軍が戦争に勝利すると、パテート・ラーオ(ラオス人民革命党)政権はアヌサーワリーを『パトゥーサイ(勝利の門)』へと改称、革命戦勝記念碑へと再制定して現在に至ります。
とは言え、パテート・ラーオは戦時中ほとんど最初から最後まで北ベトナムにおんぶにだっこで、北ベトナム軍に代わりに戦ってもらい、結果的に勝った側に居ただけのようなものです。
その結果ラオスは実質的にベトナムの保護国となり、ラオス人民革命党はベトナム共産党の代理人としてラオスを統治しているに過ぎません。
パテート・ラーオの言う「勝利」とは、一体誰にとっての勝利なのか。多分勝利の恩恵にあずかったのは、運転手付きのメルセデスに乗っている党のお偉いさん(ハノイの飼い犬)だけです。
②タート・ルアン
後は普通に観光です。
タート・ルアンはラオスを代表するお寺で、その仏塔は国章にも描かれています。

仏塔は立派ですが、思ったよりも敷地が狭いので、すぐ見終わりました。
仏塔のすぐ隣にある寺院の方が、いろいろ見る物があります。

③タート・ダム
訳あってパスポートのコピーを用意する必要があり、コピー屋に行ったついでに、近くにある古い仏塔に寄ってきました。

歴史がある感は伝わってくるのですが、観光地ではなく、住宅街の真ん中にある小さな公園状態なので、一瞬で見終わります。
とは言え、近所の住人が集まってお供え物をしている姿は、ここが遺構や遺跡ではなく現役の宗教施設である事を意味しており、ラオス人のリアルな信仰が目の前で見れたのは良かったです。
愚痴
ミリタリーマニアとしてはラオス人民軍歴史博物館に行ってみたかったのですが、現地に着くとなぜか門が閉まってます。
ネットで調べると昼前後は休み時間らしいので、午前と午後2回も足を運びましたが、やっぱり開いていません。
何の案内もないし、誰も居ない。
なお、その近くにある人民公安博物館も、曜日的に休館日でした。
ふざけんなー!クソッ!

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。