2019年05月19日
草書との戦い
※2024年9月29日更新








③




⑤



先日、アメリカに住む知人から、この中国(中華民国)国旗に日本語らしき文字が書いてあるので、意味を訳してくれないかと依頼を受けました。

たしかに、下の図で⑤にある文字は平仮名の「お」に見えます。知人もそれに気づいて、中国人ではなく日本人の僕に翻訳を依頼してきました。

僕はこれまでも何度か彼から漢字(中国語・日本語・あるいは漢字交じりの朝鮮語)の翻訳を引き受けているので、今回も気軽に引き受けてしまいました。
しかし今回は思い切り草書体・崩し字で書かれているので、当初この中で僕が読めたのは④⑤⑦の3つの漢字とアラビア数字だけでした。
この時点で、少し気になった事がありました。「1945」という西暦による年代表記です。これが日本人によって書かれたものなら、可能性としてはおそらく日本軍が中国戦線で鹵獲した中国国旗に書いたのでしょうが、あの時代だったら普通は「昭和20年」と日本の元号で書くもので、わざわざ「1945年」と西暦で書くかな?と疑問に思いました。
また依頼者からの追加情報で、この旗は「アメリカ海軍のOSS作戦従事者に送られた物」との情報を頂きました。日本の敗戦後、中国領内に残り米国OSSの指揮下で諜報活動を行った日本軍人は複数いたと聞き及びますが、それだけではこの旗と文字については何とも言えません。
とにかく、ここに書かれている文字を判読しなければ話は始まらないので、素人の僕でもなんとかして草書体を読めないかとネットで検索してみたら、とても便利なサイトがありました。
OCR(光学文字認識)の古文版みたいなシステムです。まさに今回の解読作業にうってつけ!技術の進歩って凄いですね。
また確認のため、漢字ごとの書体・表記例一覧が掲載されている中国の漢字データベース 國學大師(http://www.guoxuedashi.com/)でも、同じような字体があるのか探しました。
いざ、調査開始!
①


木簡・くずし字解読システムでの解析の結果、「孫」という字が一番近そうです。

國學大師で確認したところ、やはり「孫」で間違いなさそうです。

この字はくずし字解読システムでは、それらしい物がヒットしませんでした。

ただ、僕から見て「蒋」という字に似ている気がしたので國學大師で確認してみましたが、なんか右下の辺りとかが違う気がします。

しょうが無いので、IMEパッドの手書き検索で、あてずっぽうにそれっぽい字を書いてみたら、候補に「葤」という見慣れない漢字が出てきました。

これかも!と思って「葤」の字を國學大師で検索したら、それっぽいのが出てきました。多分正解だと思います。


これが一番難航しました。くずし字解読システムでは「外」と「名」が似ている感じがします。

しかし國學大師の書体例に似た物はなく、くずし字解読システム内の書体の中にも、似てると言えば似てるかな・・・ 程度の物しかありませんでした。

「名」も同じく、國學大師の書体例に似た物はなく、くずし字解読システム内の書体の例の中にも微妙な物しかありませんでした。
なのでこの字は「外」か「名」っぽいですが、まだ結論は出せていません。
④


この漢字は「1945」という西暦と思しき数字の後ろにある為、「年」だろうなと察しは付きますが、見慣れない書体なので一応國學大師で調べました。やはり「年」で間違いありません。


平仮名の「お」だと思っていた文字も念のため検索してみたら、なんとこれは平仮名ではなく「於」という漢字の草書体でした。


また、これは日本だけの崩し方ではなく、中国でも使われる草書でした。
http://shufa.guoxuedashi.com/65BC/3/
⑥


と言うか、元々は中国で作られた「於」の草書がそのまま日本で平仮名「お」として採用されたようです。へぇ~!知らなかった。


くずし字解読システムでは「洋」という字が一番近い気がしましたが、なんか微妙です。

しかし國學大師には、⑤とよく似た書体が載っていたので、これは「洋」でよさそうです。
⑦


これは一目瞭然ですが、一応検索しました。「口」で間違いありません。
こうしてほぼすべての文字の解読が完了しました。

孫葤外 (または孫葤名)
1945年於洋口
「孫葤外 (または孫葤名)」は明らかに中国人の人名ですね。
また「於」の後にある事から「洋口」は地名と考えるのが妥当で、可能性としては中国の江蘇省南通市にある洋口港の事ではないかと考えられます。
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コメントにて小野立様からご指摘いただきました。
正しくは
孫蔚如
1945年 於漢口
のようです。wikipediaの記事になるような、有名な中国の軍人でした。
情報提供ありがとうございました!
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これが中国人によって書かれたものなら、年代は昭和ではなく西暦表記である事も合点がいきます。
つまり、「於」の草書を日本語の「お」と勘違いした事から日本人が書いたものと誤解していましたが、実際には中国人が中国国旗に中国語で書いたものでした。
受け取ったのが米国OSS関係の米海軍軍人なので、これを書いた中国人はおそらくSACO (中美特种技术合作所)などの米国OSSと連携した中国(国民党)側の組織のメンバーだと思われます。
しっかし、草書を調べるのはけっこう骨が折れました。
依頼してきた彼はアメリカ人なので、日本人(あるいは中国人)は漢字が読めて当然と思ってるから、この苦労は分かってもらえないだろうなぁ。
結果的には依頼に応える事ができて良かったですが、・・・もう草書は勘弁して!!
この記事へのコメント
この記事を大変興味深く拝読させていただきました。
タイガ様の資料研究の熱意には感服いたします。
ところで、全然関係ない話で恐縮なのですが、ベトナム人はお風呂ってどうしてるんでしょうか。
あっちの国は暑いからか、浴場の小屋みたいなのに湯船がないですよね????
水浴びだけで済ますのでしょうか
タイガ様の資料研究の熱意には感服いたします。
ところで、全然関係ない話で恐縮なのですが、ベトナム人はお風呂ってどうしてるんでしょうか。
あっちの国は暑いからか、浴場の小屋みたいなのに湯船がないですよね????
水浴びだけで済ますのでしょうか
Posted by 連続射殺魔 at 2019年06月03日 00:09
連続射殺魔さん
アジアが好きだけど漢字が読めない欧米のマニアは多いので、その人たちに翻訳を頼まれているうちについ調子に乗って、こんな大変なものまで安請け合いしてしまいました。今更「読めません」では恰好がつかないので、必死で解読しましたよ(笑)
お風呂の件ですが、僕がベトナムで泊めてもらったビンロン(Vĩnh Long)郊外の友人の家は、いまだに桶で水浴びするだけで、暑かったら家の横の生活排水垂れ流しの川(メコン川の支流)で泳ぐワイルドな生活でした。
別の友人にこの事を話したら、「田舎だからね」と言われたので、都会や新しめの家ではシャワーが普通なようです。サイゴンの友人のマンションも、バスタブ無しのトイレ付シャワールームでした。
別の日泊ったホテルはバスタブのあるユニットバスでしたが、一般家庭で湯船にお湯はって浸かる人はほとんど居ないんじゃないでしょうか。
アジアが好きだけど漢字が読めない欧米のマニアは多いので、その人たちに翻訳を頼まれているうちについ調子に乗って、こんな大変なものまで安請け合いしてしまいました。今更「読めません」では恰好がつかないので、必死で解読しましたよ(笑)
お風呂の件ですが、僕がベトナムで泊めてもらったビンロン(Vĩnh Long)郊外の友人の家は、いまだに桶で水浴びするだけで、暑かったら家の横の生活排水垂れ流しの川(メコン川の支流)で泳ぐワイルドな生活でした。
別の友人にこの事を話したら、「田舎だからね」と言われたので、都会や新しめの家ではシャワーが普通なようです。サイゴンの友人のマンションも、バスタブ無しのトイレ付シャワールームでした。
別の日泊ったホテルはバスタブのあるユニットバスでしたが、一般家庭で湯船にお湯はって浸かる人はほとんど居ないんじゃないでしょうか。
Posted by 森泉大河
at 2019年06月12日 00:49

きっ、と欧米のマニアの間でタイガさんの評価は高まったことだろうと思いますw
風呂、やっぱりそんな感じでしたか。
バンコク近郊のムエタイジムもカメに貯めた雨水を手桶ですくって水浴びしてたと聞いたもんですから、ハァ。
暑い国はいいですね。
風呂、やっぱりそんな感じでしたか。
バンコク近郊のムエタイジムもカメに貯めた雨水を手桶ですくって水浴びしてたと聞いたもんですから、ハァ。
暑い国はいいですね。
Posted by 連続射殺魔 at 2019年06月23日 13:12
多分、
孫蔚如
1945年 於漢口
ですね。
孫蔚如
1945年 於漢口
ですね。
Posted by 小野 立 at 2020年09月09日 19:45
ブログ、拝見しました。
問題の署名の主は、中華民国の軍人で後に中華人民共和国で「中国国民党革命委員会」(中国共産党の衛星政党。現存)に加わって活動した孫蔚如で間違いなさそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/孫蔚如
↓↓のページに、孫の署名の画像がありますが、明らかに同筆です。
https://read01.com/OakOJ4.html#.X1i8Hi1Uuf0
全文は、
「孫蔚如
1945年 於漢口」
です。
漢口は今の武漢の一部で、交通の要衝として欧米にも知られた都市でした(当時はHankowと綴りました。日本語ではハンコウ又は現地音でハンカオとも称しました)。
孫は昭和20年、日本軍の降伏を受けて、国府軍側の受降官を務めていたとありますので、この揮毫は、その時のもの思われます。
ちなみに作家の故・阿川弘之さんも漢口で捕虜となっていますので、阿川さんも、この時の孫に会っているかも知れません。
問題の署名の主は、中華民国の軍人で後に中華人民共和国で「中国国民党革命委員会」(中国共産党の衛星政党。現存)に加わって活動した孫蔚如で間違いなさそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/孫蔚如
↓↓のページに、孫の署名の画像がありますが、明らかに同筆です。
https://read01.com/OakOJ4.html#.X1i8Hi1Uuf0
全文は、
「孫蔚如
1945年 於漢口」
です。
漢口は今の武漢の一部で、交通の要衝として欧米にも知られた都市でした(当時はHankowと綴りました。日本語ではハンコウ又は現地音でハンカオとも称しました)。
孫は昭和20年、日本軍の降伏を受けて、国府軍側の受降官を務めていたとありますので、この揮毫は、その時のもの思われます。
ちなみに作家の故・阿川弘之さんも漢口で捕虜となっていますので、阿川さんも、この時の孫に会っているかも知れません。
Posted by 小野 立 at 2020年09月09日 20:50
小野様
返信が遅くなり大変申し訳ございませんでした。
そのような歴史に名の残っている人物の書だったとは驚きです。
さっそく持ち主にこの事を伝えます。きっと彼も驚く事と思います。
情報を提供していただき、まことにありがとうございます!
返信が遅くなり大変申し訳ございませんでした。
そのような歴史に名の残っている人物の書だったとは驚きです。
さっそく持ち主にこの事を伝えます。きっと彼も驚く事と思います。
情報を提供していただき、まことにありがとうございます!
Posted by 森泉大河
at 2020年10月10日 12:19

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